第3話

「できることならやっておる。だが、わしも歳を取りすぎた。空を翔る元気はない。しかし、この熱い思いはなくなってはくれぬ。そこでわしは思った。できぬのならできる者にやってもらえば良いとな」


「だったらお姉様の誰かにやらせればいいでしょうっ! あたしみたいな技術屋にじゃなく戦いの本職にッ!」


 長女のクレアお姉様と次女のアリーナお姉様は、お母様の剣と盾。3女のリリアお姉様は、公国騎士団の団長。四女のシリエルお姉様は、帝国魔導研究院の才女。五女のイリスお姉様は、第五魔法戦士団の副団長。危険な冒険をさせるには申し分ないわ。


「駄目だ。あいつらは融通がきかん。強さだけでは冒険者はできん」


「だったらジュリアスにさせなさいよっ! 誰よりも冒険者に憧れているんだから!」


 ファイバリー家の長男は、十六歳にして魔導法士試験に合格し、剣術もリリアお姉様に匹敵する。


「ジュリアスを連れてきたらシアラにここを破壊されるだろうが」


 ……うんまあ、ジュリアスはお母様一番のお気に入り。黙って……じゃなくても連れてきた時点でお父様の命はない。それどころかこの一帯が焦土かす。怒ったお母様は、もはや天災だからね……。


「まあ、それにだ。育てるより育っている方がなにかと良いだろう。いわゆる時間の節約だ」


「変なところでケチるなッ! それなら冒険者組合に行けばいいでしょうっ! 世の中、冒険者なんて腐るほどいるんだからさっ!」


 必死で抵抗するあたしに、お父様が鼻で笑った。


「……お前、まだバレてないと思っているのか?」


 見えない剣があたしを突き刺し、よくわからないところが凍てついた。


 だが、顔には出さない。態度にも現さない。訝しげな顔でお父様を見返した。


「知っておるか? 二年前、僅か十七歳にして帝国魔術士試験を主席で合格した少女がいることを。もっともその数日後に起きた魔術士反乱でうやむやになり記録は抹消になったが、ジャン・クーという騎士がドロシー・ライザートとなる者が協力してくれたから解決できたといっておったよ。おお、そうだ。幻想作家にして幻法師げんぽうしにもドロシー・ライザートという者がおったな……」


 ニヤリといやらしい笑みを浮かべた。


 それでもあたしは訝しむ。それが身についた習性だから。


「フフ。さすが幻法師。ここまでいっても崩さぬか。だが、そんなもの無駄な努力でしかない。わしはなんでも知っておるぞ。なんなら語ってやろうか? 売れない作家をしながら技法師で生計を立てながらその裏で行われておる戦いの数々を。売るときは三流の"捕獲者"に売ったが、確実に三大悪に流れるように細工を施し、お前がどう逃げるのかを観察もしておったぞ……」


「…………」


 自分の顔から鉄面皮が剥がれ落ちて行くのがわかった。


「まったく、お前には驚かされてばかりだ。十九という身で五つもの称号を得るばかりか上伯爵に匹敵する財を築き上げ、それを上手く隠蔽する。裏では三大悪を狩り、一億タムという前代未聞の賞金首になる始末。シアラが知ったら団体で説得にくるぞ。ファイバリー家から大魔導師を。それが悲願だからのぉ」


 ……だから隠しているんじゃないのよ……!


 大魔導師の道ほど険しい道はない。ファイバリー家始まっての大天才(大天災)といわれたお母様ですら筆頭魔導師と呼ばれるのが精々。帝国の守護賢者と呼ばれる『七賢者』にも成れなかった。そんなお母様に及ばないあたしが挑むなんて時間の浪費でしかない。なによりあたしにはあたしの夢がある。他人の夢などに付き合っている暇はないのだ。


「シアラには黙っててやる。だからおとなしく、だが胸踊る冒険をしてくるが良い。ドロシーどの」


 冗談ではない。これ以上あたしの幸福を奪われてたまるかよッ!


「死ねぇえぇっ!」


 激痛と怒気で我を忘れそうになるが、根性で堪え腐れ外道に襲いかかった──が、あっけなく剣魔の杖で叩きの落とされてしまった。


「やれやれ。同じファイバリー家の子供として生まれたのに、なぜお前だけが逞しくなるのかのぉ~?」


 それはテメーが売るからだろうがっ! お陰で嫌ってほど世間を知らされたわ!


「ゴルディ──」


 ──ゴメシッ!


 またもや剣魔の杖が脳天に命中。世界をキラキラ星で散らばせた。

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