第2話
──レビスの悪夢──。
今から約三百前、
帆船から水進船になるまで五十年と早く、飛空船になるまで百年は費やしたが、その性能は日々向上している。
そして、三百年が過ぎた十年前。二人の天才技法師が"音速"を可能にした魔進機を世に生み出した。
星船せいせん型がた
「安心しろ。技術は日々進歩しておるのだ」
できるか、ド畜生がッ!
あたしの射抜くような睨みになぜか遠い目をする。頼むからあたしの怒気に気がつけやっ!
「この船の名は、ラ・シィルフィー。わかるか、その意味が?」
神語で『ラ』は暁の星。『シィルフィー』は聖なる空。つまり空の女神エルラーザを意味する。あたしは技法師である前に幻想作家。伝説伝記には精通してるわっ!
「風の女神エルラーザのようにラ・シィルフィー号も"悪魔の壁"を突き破り『神々の世界』へと羽ばたくのだ。ガッハッハッハッ!」
その翼を求めて何万人死んだことやら。テメーに良心があるなら悪魔の壁に激突して死んでしまえよ……。
「──おっと。嬉しさの余り話が飛んでしまったな。すまんすまん」
そのまま遠くへ飛んで行ってよ。あたしのためにも、世間のためにもさ……。
「ロリーナ。お前を呼んだのは他でもない。このラ・シィルフィー号を与えるためだ。さあ、遠慮なく喜べっ!」
この状況下で誰が喜べるかッ! あたしは怒りを抑えるので精一杯だよっ!
「どうした? ラ・シィルフィー号の船長にしてやるといっておるのだぞ」
「ふごふごふご」
「なにをいっておる?」
「ふごぉーっ! うごぉーっ!」
「おっ。そういえば逃げられんようにしておったの。ほれ──」
と、猿ぐつわだけ外された。
……この外道が、少しも油断しゃがらねーな……。
「あのねお父様。自分の子供とはいえこんなことしたら立派な犯罪なのよっ!」
「そうでもせんとこんだろう」
「当然でしょうがッ! 我が子を売る親のところなんか死んでもきたくないわッ!」
「なんだ、そんなことで怒ってたのか。お前なら逃れるから売ったのではないか。ほれ、現にわしの目の前におるではないか」
あたしはそーゆーことをいってんじゃないの。どこの世界に我が子を売る親がいるかっていってんだよッ!
しかも最低最悪の『三大悪』に売りやがって。お陰で毎日が戦い(この首には1億タムもかけられてるんだから)なんだからねっ!
「生きておるんだからよいではないか」
「いいわけないでしょうがッ!」
クズどもの前で裸にされ、商品扱いされるのがどんなに屈辱かッ! 言葉にできないから態度で表現しちゃったわ。
「まあ、そんなつまらん話はあとだ。ラ・シィルフィー号の船長と成り、聖なる空へと翔び立つがいいっ!」
「……あ、あのね、お父様。これでもあたしは作家なの。技法師として食べて行けるの。なのに、なんで危険なことしなくちゃならないのよっ!」
「そんな地味な仕事など辞めてしまえ」
「陰謀の天才なんかにいわれたくないわよっ! だいたい冒険で死ぬなら屋根裏で餓死する方が何倍もマシだわっ!」
「やれやれ。困った奴だ。わしはそんな腑抜けに育てた覚えはないぞ」
そうかいそうかい。あたしもテメーに育てられた覚えはねーよ、この外道がっ!
「世界は良いぞ。素晴らしいのだ。まだ見ぬ世界が広がっておると思うとわくわくするではないか!」
なに遠い目してんのよ。わくわくしたけりゃ自分がやれよ。関係ないあたしを巻き込むなっ!
「思い出すな~。冒険に憧れる少年時代を。冒険王ライゼルの物語に夢中になり、いつかライゼルを超えようと修行した時代。貧乏な村に生まれたわしは、学費無用、身分関係なしの聖ルベージュ学園へと進み、沢山の知識て多くの魔術を学んだ。……だが、いつの頃からかわしから好奇心がなくなり汚れた大人になっていたのだ……」
はいはい。汚れた大人ってのは賛成してあげますよ。まったく……。
あたし、物語は好きよ。でもね、大人の美化した過去などに興味はないの。しかも脳みそが腐ったお父様の話など聞くに耐えないわ!
──逃げよう。
お父様に売られること十七回。逃亡不可能といわれる『三大悪』から逃げ出したあたしに不可能はない。一つでも戒めが解ければそれで充分です。
髪に仕込んだ火線を口でつかみ取り、床へと落とす。そこに腹這いになる衝撃で着火。火線が燃え、魔封じの縄を焼き切った。
いかなる状況に置かれても逃げ出す手段を用意して置くもの。こんな"体"に生まれた者のたしなみですわっ。
更に戒めが一つ解ければあとは簡単。あっという間に全てを解き、腐れ話に夢中になるお父様から逃げ出した。
それにしても以前より更に工房が大きくなったわね。お母様が見たらまた悪夢の再現よ……。
庭園造りが唯一の趣味で、端正込めた作品を一夜にして工房へと変えてしまうんだもん、お母様、見るなり悶絶しちゃって、四日間も寝込んでしまった。
五日後、激怒色に染まったお母様は、どこ吹く風のお父様と家を吹き飛ばして、夕方には別邸へと去って行ったわ。
ガレンス公国の『知恵袋』と『懐刀』と呼ばれるお父様とお母様。公国中どころか帝都まで轟かせるんだから名門ファイバリー家も落ちたものよね。
……まあ、落ちこぼれのあたしには関係ないけどね……。
──ゴスッ!
突然、後頭部に激痛が走り、視界全てで光が乱舞した。
「やれやれ。堪え性がない子だ。親の話は最後まで聞くものだぞ」
激痛にのたうち回るあたしを見ながらほざいている。
……普通、岩をも砕く『剣魔の杖』で殴るか、この外道が……っ!!
畜生めっ! あたしとしたことが誤ったわ! 腐っても魔導師。それも12公国の魔導師になるくらいの化け物。簡単に逃がしてくれる訳ないじゃないのよッ!
「────」
あたしが攻撃する瞬間、再び剣魔の杖が頭に直撃した。
……こっ、殺す気か、この外道が……!
「馬鹿者め! 親に手を出すとはどういう了見だ!」
戦うからには勝つのみ。親であろうが恋人だろうが手加減するつもりはないわっ!
「……な、なんでよ。なんであたしにさせるのよ。あたしには仕事があるんだから帰してよ……」
「作家など辞めてしまえ。元気なロリーナには船長が良く似合う。それにお前、よくあちらこちらを冒険しているだろう」
「あたしはあっちこっち"旅"をするのが好きなのッ! そんなに冒険したければお父様がすればいいでしょうっ!」
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