聖なる空の天女たち

タカハシあん

序章

第1話 

「──うごっ!?」


 目覚めるとそこは……どこ?


 あたしは……なにしてんの……?


「おっ。やっと目覚めたか。どうだ気分は?」


 混乱する意識に男の声が入ってきた。


 反射的に見れば工作着を着た初老の男性が立っていた。


「はれ?」


 どこかで見たような見ないような、どうにもこうにも思い出せない。が、なぜかこの笑顔が腹立たしいぞ……。


「う~む。どうやら薬の分量を間違えたかのぉ?」


 くすり?


 クスリ?


 薬だとぉおぉッ!?


 混乱が怒気で吹き飛ばされる。


 そして、自分の置かれた立場を理解した。


 素っ裸にして魔封じの縄で簑虫化にし、呪文封じの猿ぐつわを噛ます。首の感触からして精霊封じ。あたしを包む立体魔法陣は召喚封じかよ。ならばあたしの命綱たる"機甲殻法衣"や"六騎団ろっきだん"も奪われているってことかい……。


 事実とともに沸いてくる殺意を押し殺し、邪悪な笑みを浮かべるクソおやじを睨みつけた。


「うごぉ~~っ!!」


「よしよし。障害はなさそうだな」


 ちょっと待てや! なんだその障害って!?


 あたしになんの薬を盛りやがったぁっ!?


 あたしになにをしたぁぁっ!!


「ふごおぉおぉぉッ!!」


 毎度毎度の"拉致"とはいえ、テメーの子供をなんだと思ってやがんだッ! 必要な度に商品にしてんじゃねーぞ、こん畜生がッ!


「……やれやれ。いつでもどこでも元気なやつだ……」


 あたしを見ろ!


 これを見ろっ!


 あたしは怒ってんのよっっ!


 心の底から激怒してんだよぉッ!!


「うがあああぁっ!!」


「まっ。それがロリーナの取り柄だしな」


 魂の叫びをあっさり無視。床を蹴る足をムギュっとつかむと、まるで物でも引っ張るかのように引きずり出した。


 こんな外道に流されるあたしではない。力の限り抵抗してやった──が、杖で殴られ撃沈してしまった。


 ううっ。最近なにもなかったから寝間着に着替えてくつろいでいたっていうのに、新しい毛布にくるまっていたのに、なんで幸せから不幸に突き落とすのよっ! そんなの惨すぎるよぉ~~っ!!


 ……畜生。今度はもっと強力にしてやるから覚えてろよ……。


 心に固く誓っていると、なにやら真っ暗な部屋……というか、倉庫らしきところに連れてこられた。


 と、光が灯る。


「さあ、見るがいい。ゲオル・ファイバリーが造りし鋼鉄の翼をなっ!」


 ふんぞり返る外道の背に銀色に輝く飛空船があった。


 ……随分と密封性のある飛空船ひくうせんだこと……。


「違う。よく見ろ」


 まるで心の声が聞こえたかのように過ちを指摘した。


 不自由な体を動かし、改めて飛空船を見た。


 ここからでは右舷側と船尾しか見れないが、よくよく見ればこれまでの飛空船とはまるで違った。


 先程思ったように密封型など初めて見たし、船体が全て金属製なんて重くて飛べないだろう。


 あ、いや、別に飛べないことはないが、魔力消費がハンパではない。そんなお金をかけるなら金属製の竜骨にアンプレットの木で外装を施し、魔術で硬質化したほうが安上がりだし、消費も少なくて済む。帝国飛翔艦隊だって船体丸ごと金属製なんてありえない。精々ヒビル合金板を魔力炉防御に使うか艦橋の守りを強化するくらいだ。


 船体を頑丈にするなら機動力とかりょくを充実させたほうが有益というものだ。


 ん? そういえばこの船、武装がないわね。どんな飛空船でも烈鋼砲れっこうほうの1つでも搭載してなければこの空は飛べないでしょう。


 この空には、烈火竜れっかりゅうや雷鳥といった凶悪な生物やら大小様々な浮遊石が漂っているため、飛空船が飛べる"空域"が限られているのだ。


 もちろん"空路"は日々開拓されてはいるが、敵は生物と自然。安全ということはないし、なにが起こるかわからない。武器の一つでも積んでなければ不安死してしまうというものだ。


 それに飛空船はある程度の広さとある程度の深さがなければ飛ばすことも下ろすこともできない。そんな船が万が一水のないところで故障して落ちるとなれば軽い方がいい。だいたい陸上を飛ぶ場合は低く飛ぶし、落下防止装置があるので突然魔力炉が停止しても降りる。


 まあ、性能より見た目が重要だという趣味人なんて掃いて捨てるほどいるからね。


 視線を船尾に向けた。


 風進機ふうしんきが見えた。大きさと噴射口からして出力は軍艦並の噴射力だろう──が、この重さで風進機二機では足りないだろう。それに、両舷に突きだしてるのも珍しい。これでは接舷するのに不便ではないか?


 と、外道が魔封じの縄をつかみ船尾へと引きずって行く。


 中央部に噴射口が二機。その間に扉があった。


 うん。四機搭載なら浮きもすれば飛びもする。まあ、納得だわ~。


 ──なんてするかよ、この外道がァッ!!


「ふっふっふっ。まったくもってその通り。"魔進機ましんき"だ」


 テメーも公国の魔導師なら十年前の悲劇を知らない訳じねーだろうがッ! 


「フフ。さすがはロリーナ。一目見ただけで魔進機と見抜くか」


 さすがじゃねーよ、このクソおやじがァッ!

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