第15話 大樹の本当の父


 亜美は色んな男たちを魅了し続けて来た魔性の女だったが、現在の暮らしぶりは警視監という優秀な夫にも恵まれて、さぞや幸せなものであろうと容易に想像がつく。


 それでは亜美は結婚して早15年、どのような生活を送って来たのか?

 

 結婚当初はそれはそれは亜美を大切にしてくれた夫稔だったが、時間と共に夫婦の形は変わって行った。


「あなた……私は本当に幸せ者よ。こんなこぶつきをこんなに大切にしてくれて……ありがとう。愛しているわ」


「何を言っているんだよ。俺は亜美を見た瞬間亜美しか考えられなくなった。こぶつきなんて関係ないさ。俺は亜美だけでいい他に何もいらないってね。そう思ったんだよ」


 だが結婚して1年後、妹沙羅が誕生して家族の生活は一変する。


 夫稔にすれば結婚当初は子宝に恵まれるかどうか分かったものではない。だから取り敢えず今目の前にいる子供は掛け替えのない宝物の筈だった。だが、自分の血を分けた我が子が誕生すれば大樹は、自分が命を懸けて愛した女亜美が正体不明の男と、それも……亜美がとことん愛して誕生した愛の証に決まっている。


 そうでなければ中絶という方法もあった筈。若気の至りで中絶の時期を逃してしまったとは考え難い。だって……亜美の祖父は製薬会社の社長だ。医学知識は豊富な一家だ。ましてや亜美は薬学部を目指している。だから十分すぎるくらい分かっていても敢えて生んだと言える。


 だから余程愛した男だったので、これからどんな荒波が待っていようと、そんな災難をも分かった上で、その男の子供大樹を産んだことになる。それか、産まなければならない状況に追いやられたか、なのだ。


 亜美を愛すれば愛するほど、亜美が見えない相手大樹の父を愛していた事が許せないのだ。これからの人生がいばらの道になる事が分かっていても……それでも…愛する男の子供大樹を敢えて生んだ。その男の顔が大樹を見る事によって彷彿とさせられる。それが稔にとって苦しいのだ。



 ★☆ 

 あんなに優しかった父が何故?

 大樹は余りの父の変わりように態度で感じ、言葉で感じ、肌で感じ、あんなに幸せだった家族が、沙羅が誕生してからというもの何故こんなに変わってしまったのか、只々口惜しい。


 あんなに優しかった父の冷たい眼差し、トゲの有る言葉に大樹は地獄の日々を送る事となる。


 父は大樹のやる事なす事が気に食わない。それはそうだろう。自分の命より大切な心から愛した女亜美が、愛する男と交わった証拠の塊が息をして自分の目の前で動いている。それも……亜美にそっくりならそれはそれで、自分の命を懸けて愛した女の分身のクローンが存在していると思い愛せるが、大樹は亜美とは対照的なハンサムボーイだった。


 こんな男に亜美は夢中になって、この塊が誕生したと思うと憎くて憎くて仕方がないのだ。


 ★☆


「大樹食べ方が汚いだろう。きちんと食べなさい!」


 ともかく稔は大樹が気に食わないので、5歳の男の子ならこれが普通なのに、氷のような冷たい眼差しで、大樹を責め立てる。


「あなた……大樹はまだ5歳だから仕方ないじゃないの……」


「嗚呼……お前の愛した男の結晶だから……ふっふっふっ……どうしても……ふっふっふっ……甘ちゃんになるわなぁ」


「あなた……いい加減にして下さい。子供の前で何てこと……何てこと……言うんですか!」


「僕もうご飯いらない」


「ダメじゃないか!残しては……」


「大樹全部食べましょうね。大きくなれないでしょう」


 大樹はこのような理不尽な父稔の仕打ちに心を痛めて行く。


 亜美は稔の大樹に対する態度に実家の祖父に相談しようにも入退院を繰り返す祖父に相談も出来ず苦しんでいる。だが、救いだった事は母洋子が都庁を早期退職して家にいたので、余りにも稔が大樹に辛く当たる時は大樹を母洋子の家で暫く預かってもらっていた。こんな事情もあって大樹は洋子の夫の口利きで都庁に入庁出来た。



 ★☆

 夫稔は義理の息子大樹にだけ辛く当たる訳ではなかった。亜美を一目見るなり夢中になってしまった稔は愛する妻亜美とひとつになった事で、その愛は一層の事大きくなってしまった。


 外見だけでなく亜美の全てを征服した今、亜美にいくら過去といえども男がいて子供まで授かるほど愛した男がいた事が許せず。2人だけの寝室でネチネチ過去の男の事を聞き出そうとするのだった。


「大樹の父親は大樹にそっくりなイケメンなのかい。お前も大した女だよなあ。どれだけ男を誑し込んだんだよ。すました顔して何人の男と寝たんだよ……」


「あなた……最近おかしいわ……特に沙羅が出来てからというもの。一体どうなさったの?」


「だって……大樹はお前に似ていないじゃないか。何か……大樹の……大樹の……後ろにお前が愛した男が浮かんで……大樹を見るのが辛いんだ」


「……あなた私達別れた方が良いかもしれないわね」


「亜美それは……それは駄目だ。俺は絶対にお前とも沙羅とも離れるつもりはない」


 ★☆

 こんな夫婦関係に耐えられなくなった亜美は、とうとう入退院を繰り返している大樹の父で祖父太蔵に相談した。


「本来ならば娘由美子が「日の丸製薬株式会社」の社長になるのが筋だが、ワシは本当は男の子である息子大樹に「日の丸製薬株式会社」を継いでほしい。妻美代子も仇の子由美子には絶対に会社を渡したくないと言ってうるさい。今は誠君が社長になっているが、行く行くは誠君と由美子の間に出来た子供が継ぐことになる筈だが、女の子だ。だから妻は何が何でも亜美の息子大樹を行く行くは社長にと望んでいる。今大樹君は中学生だろう。大学卒業したら暫く大手薬品会社で修行して「日の丸製薬株式会社」に来なさい」


 それでも…亜美が出産したことは、太蔵一家にはどのように伝えてあったのか?


 それはこのようなものだった。

 稔とは亜美が高校時代から知り合いで、高校卒業と同時に妊娠が発覚して出産したのだと話してある。どっちみち結婚したので誰もとやかくは言わなかった。

 また、稔は亜美と結婚したいばかりに全て言いなりになってくれた。


「亜美と結婚出来るのであれば、そのように口裏を合わせます」と承諾してくれた。


 だから……あの時は……稔が何が何でも亜美と結婚したいと、しぶとく粘った為に結婚となった。それなのに結婚して子供が出来たとたんに、変貌してしまった稔には本当に困ったものだ。

 ★☆

 

 だが、大樹が高校生の時に太蔵の容態が急変して今後の「日の丸製薬株式会社」の次期社長について揉めた事があった。


 由美子の娘香織に「日の丸製薬株式会社」を継がせたい愛人派と、亜美の息子大樹に「日の丸製薬株式会社」を継がせたい本妻美代子派に真っ二つに分かれた。


 ここで異を唱えたのが本妻美代子だった。今までくすぶり続けていた思いを一気に爆発させた。 


「私はね、ここで提案したいのです。由美子さんが誕生した頃DNA鑑定は出来なかったわよね。私と夫太蔵にはとうとう子供は出来ませんでした。それでね……私にも原因があるのか、あちこちの病院で診てもらいました。だが、私に異常は見つかりませんでした。そんな時に……登紀子さんあなたが太蔵の子を身籠ったと聞いて……ずっと疑問に感じておりました。だから……太蔵の子である事を立証するためにも一度DNA鑑定を要求します」


「美代子さん人を侮辱するのも大概にして下さいね。それって……まるで私が他の相手との間に由美子が生まれたのに、嘘をついて太蔵さんの子だと言っているという風におっしゃっているようにしか思えません。失礼な!絶対に太蔵の子です」


「そんなに自身がお有りならDNA鑑定を行って下さいよ。そうすれば疑念が晴れます」


「太蔵さん可愛い由美子を侮辱されて……何とか言って下さいよ」


 太蔵は大樹が自分の子だとは口が裂けても家族には言えない。


 だが、大樹だけは絶対に自分の子だという確証がある。それはそうだろう。高校生の純粋な亜美にそのようなハレンチな男がいるはずがない。


 妻美代子が大樹を次期社長にと切に願っているが、実は太蔵も大樹に次期社長の座を譲りたいと切に願っていた。


 それは由美子の子は女の子で、亜美の子は男の子という事も多分にあるが、愛人の子由美子には疑念が残っていた。愛人の登紀子はホステス時代太蔵の他にも男がいた。


 ★☆

 本妻美代子は夫を奪った憎い愛人に財産を絶対に譲りたくなかったので、由美子のDNA鑑定を要求した。今までくすぶり続けていた「本当に太蔵の子?」をこの際だから立証したくなった。


 美代子の身体は異常が見られなかったのに子供は誕生しなかった。だが、愛人には娘由美子が授かった。

 これは美代子にとってはず——っと疑問に思っていた出来事だった。

 これには愛人登紀子が随分反発したが、折れてDNA鑑定が行われた。


 すると……なんとその結果由美子は太蔵の娘では無い事が判明した。


 太蔵はショックで寝込んでしまった。そして絶対に大樹に社長の座を譲ると書面で一筆したためて急遽入院してしまった。今まで娘だと思い込んでいたのにそのショックたるや相当のものだった。


 こうして大樹が社長職を継ぐことになったが、黙っちゃいなかったのが愛人派だった。

 

「もう、あなた達さっさとこの家から出て行きなさいよ!」

 美代子がこの噓つき女登紀子一同を追い出しにかかっている。

 

 すると最後の一撃が由美子から返って来た。

「何よ!私たちばかり恥かかされて……じゃあ大樹もDNA鑑定しなさいよ」

 

「あなた達滅茶苦茶なこと言わないで、大樹のDNA鑑定の意味が分からない?大樹は亜美と結婚した稔さんの子供に決まっているわ。何で今更DNA鑑定しなくちゃいけないの」


「じゃあ言うけど……第一赤の他人亜美の子供に何で後を継がせる話が出るのよ。おかしいでしょう?ひょっとしたら……太蔵の子?」


「もう頭に来た。亜美ちゃん、大樹もDNA鑑定させて頂だい。もうこの際だからハッキリしましょう」

 こうして大樹もDNA鑑定が行われた。

 その結果、大樹の父は太蔵ではなく、何と亜美が恋焦がれていた先生清の子供である事が判明した。



 

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