第25集 流涛

 平野を裂いて迫ってくるのは異能集団だけではなかった。

「おいおいおいおい、大砲積んでる戦車もいんじゃねえか」

寛宇がんうは異能とあれば操れる。俺たちが思っているよりも異能が宿っていた人間は多いのだろう。しかし機甲隊となれば操っているのはカネと権力かもしれない』

 人間に宿った異能。コラプサー化計画が成功すればみなを解放することに繋がるのだろうか。暴走する権力を淘汰できれば平和と自由が訪れるのだろうか。

 炎威やんうぇいが雑念を払うようにふるふると首を振る。

 今はあれこれ考えても仕方ない。成功しなければ意味はない。

火璇ふぉーしゅえん、寛宇がエデンの外郭を超える前に止める」

『寛宇の異能、劉地りゅうでぃの武器は俺も破ったことがない』 

「なるべくお前に負担はかけない」

『心配はいらない。気にするな』

 スピードを上げた火璇の背中から炎威が飛び出す。火璇が跳ね上げると相乗効果で炎威が空高く舞う。ギロチンを携えて寛宇へと急降下した。

 迫る寛宇の背中に刃を突き立てる。もう一歩のところで炎威の斬撃を阻止したのは劉地の胴体。

 胸から脇腹へと切り裂かれた劉地が血を流しながら落下していく。

「くそッ。胸糞わりいって」

 炎威がギロチンを振り上げ追撃する。

 今度こそ寛宇の姿を捕え、その体に刃を振り下ろした。確実に仕留めたはずが、切り裂く感覚の代わりに腕に強い衝撃が走った。ギロチンが固い何かと接触する。衝突する金属音が鳴り響くと、寛宇が円形に成形された輪刀りんとうで攻撃を防御していた。寛宇の体を覆う輪刀はまるで意思があるかのように斬撃を全て受け防ぐ。

 確かに攻撃性はない、しかしこれでは寛宇へ刃をあてることもままならない。

 炎威が後ろへ飛び上がると寛宇から距離を取った。

「なんだ、もう終わりか?」

 嘲るように歪ませた顔が笑っている。炎威がぐっと奥歯を噛みしめた。

「お前を殺るのは流涛るーたおに譲ってやってもいいかと思ったが、待つのは嫌いだ」

 再びオーカーのドラゴンの背に乗り浮かび上がるとさらに多くの機甲隊が集まり出してくる。

「そろそろ時間だ」

 寛宇を追いかけようと火璇がドラゴンに姿を変えた時、けたたましい砲撃音が鳴り響き、四方から砲弾が撃ち込まれた。瞬時にギロチンを手にした炎威が砲弾を斬り捨てていく。しかし躱しきれなかった砲弾が目の前で爆発すると突風に吹き飛ばされた。地面に叩きつけられながらも受け身を取り、すぐさま上体を起こす。

 しかし置かれている状況を把握すると息が止まった。

 無数の異能部隊が炎威を取り囲む。武器を向けじりじりと距離を詰める。奥には大砲を積んだ戦闘車の群れ。

 さらに他の部隊がエデンの方へと攻め込んでいくのが見えた。

「それだけと思うか? 今頃グリファへも別部隊が向かっている。どうせお前たちも守りを固めているんだろうが、グリファ共々叩けば一石二鳥よ」


「雪蕾さんは装置を第一優先に動く。組員だけじゃ迎撃する余裕ねえよ」

『まずはこいつらをやるしかない。後はみなに任せるしか』

 この場を片付けグリファに向かうにしても敵の数が多すぎる。焦りとプレッシャーでギロチンを握る炎威の手が震える。

 寛宇がニヤリと口角を上げた瞬間、空に発射音が轟く。その音に炎威の心臓が大きく波打った。

「ミサイル――!」

『行くぞ炎威やんうぇい! あれの着弾はマズい』

「まて火璇!」

 ドラゴンに姿を変えようとする火璇を制する。

 ドラゴンが飛び立てば囲んでいる砲撃が一気に火璇を襲うだろう。

『俺には構わなくていい!』

 そんな捨て身な言動に炎威が耳をかすはずはなかった。しかし飛来するミサイルが弧を描き落下を始める。

「余所見してんじゃねえよ!」

 囲んだ異能集団が炎威に襲い掛かる。

『炎威!』

 火璇の声でハッとする。奥歯をギリっと噛み締める。どちらにせよこの集団を倒さない限り動けない。しかしミサイルが――。


「オレ! 参上ーーーー‼」

 響いた声に炎威が空を見上げる。目に映ったのはスピードを上げ迫ってくるドラゴン。太陽の光が逆光となり最初はその姿を明確に捉えることが出来なかった。しかし近づいて来るに連れ正体があらわになる。

 見覚えのある濃い蒼色のドラゴン。聞き覚えのある威張り散らした声と権高な顔つき。

「「流涛るーたお!?」」

 このタイミングで流涛の参戦はかなりマズい。

『炎威、もういい。運否天賦! 腹くくれ!』

 辺り一面に炎が這うと赤いドラゴンが姿を現す。思わず襲い掛かっていた異能集団が一歩引く。戦闘車が一斉に大砲を構える。

 火璇ふぉーしゅえんが飛び上がらんと身をかがめた。

 その時、空に爆発音が轟く――。

 音に反応し空を見上げた炎威と赤いドラゴンが予想外の光景を目にする。

 鎌を振り上げた流涛が斬り捨てたのは1基のミサイル。爆風に身を任せ残り2基を両断していく。

「貴様何をしている」

 寛宇がんうの怒号が響く。真っ赤になったその顔に、流涛が裏切りの笑みを向けた。

 地を滑りながら着地した流涛が炎威の隣に並ぶ。

「うはー! あの顔見たかったんだよねー」

 寛宇を指さしケラケラと笑う。

「流涛、お前……」

「なぜだ」と言いたげな炎威と目が合った。

「てめえが言ったんだろが」と流涛が吐き捨てた。

 以前にシナルに潜入した時、去っていく流涛に向かい炎威が声をかけた。

海燕はいやんが戻ったらエデンに来い。カネのために戦いに身を投じる必要はない」と。

「エデンに来てくれたのか!?」

 炎威の弾んだ声に首を振る。流涛が鎌を肩に担ぐと重心を落とし構えた。

「いんや、はもう誰にも従わねえ。海燕と話した。カネはいらねえ。二人で自由に生きていきゃいいじゃんって。だから旅にでも出るかってな。だからよ、最後にあのジジイを一発殴っておきたくてな」

 炎威やんうぇいが嬉しそうに頷き、そして計画を思い出し苦悶に顔をしかめた。

「で? お前ら何しようとしてんの?」

「それは――」と炎威が言いかけたところで、『炎威!』と火璇が叫ぶ。一斉に飛び掛かってきた異能集団を躱すため火璇が炎威と流涛を掴み飛び上がる。発砲された砲弾を流涛が斬り捨てていく。

「流涛、今寛宇が操ってる部隊がグリファに向かってる。なんとしてでも止めなきゃなんねえ」

「ジジイが潰したがってお前らが止めようとする。やっぱ要はグリファだったか」

「お前が寛宇を討ちたいというなら、ここはお前に任せて――」

「オーケーオーケー。それでヤツの吠え面見れるなら乗るぜ。ただしエデンを守るなんてことはしねえ、俺がグリファへ向かう。俺がやるのはヤツの計画阻止だけだ」

「分かった。頼む」

 炎威が拳を差し出すと、流涛も拳を出し突き合せた。

「海燕! グリファだ」

 何もないはずの空間が歪み、そこから溢れるように水が沸き上がると碧いドラゴンが出現する。出発しようとする流涛の背中に叫んだ。

「流涛! 終わったら話したい。ちゃんと話すから」

 どうか怒らないで聞いてくれと炎威が祈る。

「なんか知らねえけど分かった。分かったから援護しろ」

 今度は炎威がギロチンを携えると流涛と共にドラゴンの背に乗る。追撃してくる砲弾を撃破すると流涛たちが飛び立っていくのを見送った。

「あとは前進のみ。いくぜ火璇」

『言われなくても』

 炎威がギロチンを振り上げ、まずは戦車へ向かい飛び込んだ。



 グリファへと向かう流涛るーたおが地上での争いを見下ろす。混戦状態となるその先に同じくグリファへ向かう異様な集団を見つけた。尋常ではない数の装甲車の群れは、シナルのものともエデンのそれとも雰囲気が異なっている。

「なんだありゃ。シナルの軍でもねえな」

寛宇がんうが異能で集めた軍隊でしょうか?』

「操られてんのか? ジジイの能力は適応距離限られるはずだろ」

 流涛が集団の行く手を阻むように降り立つと仁王立ちで立ちはだかった。

 流涛に構うことなく一台の車が突進してくる。そのまま跳ねる気なのだろう。流涛が片方の眉を下げ顔を歪める。

 車が衝突する寸前で飛び上がるとルーフに鎌を突き刺す。そのまま鎌を振り切ると天井が避け、運転手が焦ってハンドルを切れば車体が横転した。

 地上に降り立った流涛の前にはぞろぞろと集団が集まり始める。それぞれが武器を手にしていたが、その様子に流涛が顔をしかめた。

「てめえら、全員が異能と器ってわけじゃねえな」

 流涛が吐き捨てると、前線にいた男が声を上げる。

「グリファにいる星光体を奪取したらカネもらえんだよ。あんたに迷惑かける話じゃねえだろ、歯向かうなんて無駄はやめとけや」

「カネ?」と流涛がつまらなそうに復唱する。

「そっか、なら暴れてもいいわけだ。なあ、海燕はいやん!」

『そうですね。寛宇に操られているなら気が退けたのですが。危険を承知とのことであれば、こちらの意地を通すのも許されるでしょう』

「ただ、まあ……」

 どんどんと集まり出す集団を流涛が見渡す。

「ざっと300人?」

『400じゃないですか?』

「マジか」

 流涛が重心を落とす。

「こんなハードモードなら言っとけよ、あいつ」

 愚痴を吐くとためらうことなく集団の中へと突っ込んでいく。鎌を横薙に振ると軌道から海波かいはが発生し集団を襲う。視界を奪われたところで次々と斬り込んでいく。しかし四方を囲まれた流涛を斬撃のみならず飛箭や飛び道具が襲う。360度緊張を張り巡らせ鎌を振るい続ける。そのうち集団の一部がグリファへと向かいだした。流涛がそれを見逃さない。

「海燕!」

 溢れる水からドラゴンが現れグリファへ向かう集団を追う。すると後方から厚く重なった矢音が聞こえた。

 ドラゴンの鱗が覆わない唯一の部位、腹にめがけて大量の矢が放たれ刺さっていく。海燕がもがくと、ニカっと集団の一人が口角を上げる。ふらつくまとに男が剣を投げつける。まるで意思を持ったように飛ぶ剣が海燕の足を貫通すると奇声が上がる。海燕がついには降下を始める。それでもグリファへ向かう集団まで追いつくと、集団を潰すように地に落下した。

 押しつぶされた装甲車や逃げる人で騒然となる中、大きな衝撃と共に地面に倒れたドラゴンは人の形へと戻っていく。

「大丈夫か!」

 駆け付けた流涛が海燕の足の傷を見て目を見開く。前からふんふんと鼻をならし、剣を振り回しながら男が一人近づいてくる。流涛が顔を上げ睨みつけた。

「チッ。異能かよ」

 ドラゴンへこれほどの傷を負わせられる力。男とその後ろからぞろぞろと現れる一味は異能集団だった。

「いくら星光体でもこの数相手じゃあねえ」

 男らが一斉に流涛に襲い掛かる。

「海燕――」

「なんですか、その情けない顔」

 額に汗を浮かび上がらせ、顔を引きつらせながらも海燕が笑ってみせる。そんな海燕に流涛の表情が引き締まった。

「ああ!? 誰がヘタレくそクズだって!?」

「言ってません」と海燕が手を差しだす。差し出された手を流涛が強く握った。

 鎌の刃が毀れている。それでも大きく振りかぶると集団へ向けて力強く振りかざした。


 いつもなら相手の武器が何であれ一振りで撃砕できるのに、何度も攻撃を受け流される。受けては追撃され追い込まれる。それでも何度も何度も振りかざし続ける。倒しても倒しても次の敵が襲ってくる。きりがない戦いに流涛るーたおの息も切れはじめる。

「おらおらおら! はやくくたばれや!」

 調子づく相手に流涛が小さく舌打ちをする。もう体はボロボロだった。

 こんな戦闘放り出せばいいのに、勝ったってカネにもならないのに、一つも得にならないのに、背負う事などないのに。

 ガラにもないのに。

 どうしてか戦線離脱できなかったのは、武器から流れ込んでくる海燕はいやんの思いのせいなのかもしれない。期待に答えろと。彼との約束を守れと。ここを誰一人通してはいけないと。そんな思いが体の中に入ってきたからかもしれない。

 再びぎゅっと鎌の柄を握ると流涛が目の前の敵を斬り伏せた。

 はあはあと息を荒げる流涛が背後に気配を感じた。脇腹が熱い。熱がじわじわと広がる。

 流涛が熱くなった辺りを見て目を見開いた。

『流涛!』

 背から腹に貫通した刃が血を滴らせる。息がどんどんと上がる。

 喉の奥で一度呻くと、無理やり背に刺さる刃を掴み体から引き抜いた。そのまま身を翻すと背後にいた敵を斬り捨てた。

「やっべえ、油断したあ」

 軽口は力なく、足元がふらつく。

 海燕がドラゴンとなり流涛に覆いかぶさる。もう二人に残された力は少ない。

 固い鱗でただ流涛を守る。鱗を突き破ろうと突き刺さってくる武器が次第に諦めを見せる。

「もういい、今のうちだ! グリファへ突入しろ!」

「行け行け行けー!」

 遠くに声が聞こえる。流涛が意識を手放さないように地面の砂をぎゅっと掴む。起き上がろとするのに体が言う事をきかない。

「なあー海燕」

『はい』

「旅、行けねえかも」

『はい』

 流涛が刺された脇腹を押さえ、ずるっと立ち上がる。いくら押さえても流れ出す血は止まらない。

「でもよ、最後まで付き合ってくれるか?」

『そのつもりですから、かっこ悪い姿見せないでください』

 満面の笑みになると再び鎌を携えた。胸を張り、前を行く敵を見据える。


「誰に背え向けてんだよ、あ゛あ!?」


 流涛の罵声が一帯に響き渡る。

 振り返る集団に向けて突っ込んでいくと、先ほどとは比べ物にならない勢いで鎌を振るう。ドラゴンが車両を潰していく。どれだけ体が傷つけられようと血を流そうと、二人が止まることはなかった。



 幾刻か過ぎ、辺りは惨状を残し静まり返っていた。集団はすでに壊滅していた。

 強い風が吹くと砂埃が舞う。

 生命の気配が消えた平野の中で、唯一か細い息の音が聞こえていた。

 大の字になり寝転がった流涛るーたおの傍に海燕はいやんが座り込む。

「なあ、オレかっこよかったか?」

「はい、いつも通りに」

 右目に流れ込んだ血のせいで目が開けられない。左目で海燕を見ると、その手を握る。

「なあ海燕。次の器が出てきても戦うんじゃねえぞ。どっか遠く、いろんなところに連れて行ってもらえ。そうだ、エデンに行くのもいいかもしれねえ。アイツもいる」

 その言葉に海燕は返事をすることなく口を噤む。

「オレみたいなバカじゃなくって、賢くて、優しくて、いいヤツだといいな」と繋いだ手に力を入れる。

「流涛、ボクは流涛が最後の器で、楽しかった。幸せでした」

「ははっ。最後ってなんだよ。でも、よかった――」

 海燕を握る手の力が消える。

 しばらく力のなくなった手を握っていた。

 流涛の顔の汚れを拭ってやる。目を閉じたその顔はとても安らかだった。

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