第24集 開戦

「いいか、樹蓮しゅーりゃんがグリファに引き渡されれば必ずシナルからの奇襲が来る」

「やっぱグリファとシナルは手を組んでますかね」

 外郭の歩廊に上がると、空霄こんしゃおが辺りを見渡す。横に並んだ炎威やんうぇいが真似る様にキョロキョロと見回した。

「グリファにとって厄介なのはエデンの方だ。シナルは力と領土をモノに出来るなら乗らない手はない。利害一致だろ。今回はシナルとグリファの総力戦だ。しかもグリファに潜入した雪蕾しゅえれい、それに首領をなんとしても護衛しなければいけない光躍がんやおの二人が参戦できねえ。その上海燕はいやんも戻ったとの情報がある」

「主力戦で言えば3対2っすね」

 カチカチとライターを付ける音がする。なかなか火がつかなかったのだろうか。何度目かでようやく着火した。空霄が吐き出した煙が空を揺蕩う。

寛宇がんうが姿を見せれば何を置いてもヤツを叩きに行け。炎威の聞いた話が本当なら寛宇を倒せば実質上シナル軍は崩壊する。あとは首領と光躍がそのおいぼれ領主と停戦にもちこめればこっちの勝ちだ」

「あとは雪蕾さんが装置破壊に成功すれば」

 そう言葉にして二人が黙り込む。お互いが傍にいる火璇ふぉーしゅえん天籟てんらいの存在を気にした。

「まあ、お前が一番の大役しょってんだから頼むよお」

 肺いっぱいに吸い込んだ煙草の煙を吐き出し、空霄が歩廊を後にする。あとはサイレンが鳴れば戦闘が始まる。各々がその瞬間に備えるのみだった。


 空霄と天籟が姿を消すと、火璇もその場を立ち去ろうと見ていた景色に背を向ける。

「なあ火璇」

 呼び止められ振り返る。

「あのさ、考えたんだけど、やっぱりお前を庇ったんじゃないかって」

 何の話かと火璇が眉間にしわを寄せる。

「前の器、お前を囮にしたんじゃなくて庇ったんじゃないかって」

 なるほどと眉間に寄せたしわをほぐした。炎威はその誤解をずっと解きたかったのだろう。

「そうだな」

 あっさりとした返事に次は炎威が顔をしかめる。火璇の空返事が不満なのだろう。

「ちゃんと考えたんだって。だって誰かを犠牲にするなんて、そんな悪いヤツだと思えねえだろ」

「うん、俺もそうだと思う」

 火璇が同意しても炎威はしかめっ面のまま疑いの目を向ける。

 例えば誰かを励ますために背中を押す、慰めるために背中を押す、身代わりにするために背中を押す。行為は同じなのにそれぞれの思いを感じる事が出来る。触れられた場所から、相手の感情が流れ込んでくる。だから、間違いはない。あの人の手からは、裏切りを感じた。

 だからと言って恨んでいるわけでもないし、今となってはそうやって炎威が負の感情を払拭しようとしてくれている事が嬉しい。

 そう思っている事も、口に出して伝えた方がいいのだろうか。

「おい、何考えてんの?」

 視界いっぱいにどアップで映された炎威の顔が現れる。思わず火璇がのけぞった。

「別に」と答えると、ムっとむくれた炎威が身を引く。

「いつ襲撃があってもおかしくない。俺たちも備えておこう」

「おおよ!」とようやく炎威の元気な声が響く。腕をぐるぐるまわし気合いを入れる。

「寛宇はぜってー倒す。流涛るーたおもあっちに肩入れすんなら容赦はねえ」

「それじゃあ」と炎威が火璇の腕を掴みどこかへと連れて行く。

「飯食おう、飯! 美味いヤツ! なにがいい?」

 引きずられるようについていく火璇が、「蟹粥」と小さくリクエストする。「よっしゃあ」と炎威の左腕が突き上げられた。


 グリファへ向かう車の中、琳琳りんりん雪蕾しゅえれいの脇差に目を遣った。

「真剣など、久しぶりだが扱えるのか?」

「刀に嫉妬しているのかい?」

 穏やかに質問返しされると、「違う」とつい意地を張ってしまう。

「やはり真剣は重いな。稽古を怠ったことはないが、実戦で思うように振ることが出来るのか多少不安はある」

「ならばその様な物使わなければ良いじゃないか」

 拗ねるなど子どもっぽい事をしているのは分かっている。雪蕾は琳琳の異能を使い、人を斬って殺める事を最小限に留めているのは知っている。だが今回、いざとなれば斬らねばならない。その時に琳琳を使いたくはないのだろう。最後にパートナーを殺める道具にしたくない、そう考えている事くらい分かっていた。

 雪蕾は本当に、琳琳が誇れる剣士だった。

 グリファの城壁が見えてくる。近づいて来るそれに腹をくくる。

 グリファに到着すれば一君いーじゅん樹蓮しゅーりゃんを引き渡す。早速エネルギー注入が始まったところで都市の中から侵略を開始する。もちろん一君はそれを見越してシナル軍――いや、カネを渡した野賊や傭兵かもしれない――を送り込んでくるだろう。外で待機している黒い牙との戦闘が始まる。同時にシナルはエデンへの襲撃を開始する。一君の作戦が成功すれば一気にエデンを叩くことが出来る。あとはそのまま樹蓮を手の内に――。

 グリファ内で停まった車を一君が出迎えた。

「樹蓮、大丈夫か?」

 雪蕾が背後から声を掛ける。

「お気になさらず。貴方の為すべきことをなさってください。私の思いは、すでに叶えましたから」

 こんなにも柔らかく可愛らしい女性が、こんなにも強い意思を持つ。これが樹蓮として、ソルに次ぐ力の持ち主として生きて来た証。パラソルシステム崩壊の鍵として紡いできた人生の覚悟。

 雪蕾が連れられて行く樹蓮の背に敬を以て深く頭を下げた。



 エデンのサイレンが鳴り響く。

 蟹粥を胃に流し込んだ炎威やんうぇいが箸を置き、店の外へ駆け出す。後からついて来た火璇ふぉーしゅえんと共に西門へと走り出した。

 城内の庭の一角では、煙草をふかしていた空霄こんしゃお天籟てんらいを呼ぶ。日陰にある椅子で昼寝をしていた天籟が飛び起きた。

雪蕾しゅえれいが暴れ出したかねえ」

「こっちも忙しくなるぞ、空霄」

 組員が空霄たちの周りを慌ただしく走り回る。そんな中、大きな風を起こすとスカイブルーのドラゴンが舞い上がった。

「派手にいきたいねえ! 派手に!」

『祭じゃねえんだからちょっとは気い引き締めろって』

「てめえこそ心躍らせといて説得力ねえなあ」

『まあ、祭みたいなもんか。暴れたもん勝ちってね』

 翼を大きく羽ばたかせると外郭の外へと飛び出した。

 一方、主楼の窓から光躍がんやおが外を覗く。その傍には金瑞ちんるい、そして机には宋毅そんいーが腰掛けていた。

「上手くいくといいのだが」

 心配そうな宋毅の声が漏れる。光躍が落ち着かない様子の宋毅に振り返った。

「心配はいりません。皆、貴方をシナルへ送り届けるため尽力しているのです」

「嫌なプレッシャーをかけるね」

 宋毅が苦々しく笑う。

「それでも君たちが背負っているものと比べれば、私が出来ることなどは小さすぎる」

「どうか気負わず。我々はみな、覚悟は出来ているのです。器は器となった時から、異能ははるか昔から」

「そうか」と力のない声が吐き出される。

 きゅっと唇を結んだ金瑞が再び窓の外へと視線を移した。


 外郭の外へ出た空霄たちが境界線へと近づく。

「いつもだとエデンの近くを固めるが、出来るだけ近づけさせたくねえからな」

『出て来たヤツから潰せばいいっしょ』

 天籟の下に広がる平野をシナルの異能部隊や戦車が走り抜けていく。エデンにはすでにシナル軍が到達しているだろうか。それらは黒い牙の組員たちに任せるしかない。

 これに対応できるのは同じ星光体でしかないのだ。

 前方から迫ってくるのは薄翠うすみどりのドラゴン。水晶すいちん湖光ふーがんだった。相手を見据えた空霄の瞳に力が入る。瞬間、天籟が力強く咆哮する。その威嚇に水晶も反応を示した。

 お互いが正面から衝突する。空霄の血走る目に嘲るような顔が映る。

「お一人様かよ!」

 空霄が空高く飛び上がるとランチャーをぶちかました。そのまま湖光の元に飛び込んでいくと銃口を向ける。しかしそれを制した鎖が銃に絡みつく。空霄の手から取り上げられそうになると再び天籟がドラゴンの姿になり空霄を空中で拾い上げた。

「あいにく一人ではありません」

 湖光が後方に目配せするとそこにはオーカーのドラゴンがこちらへ向かって来ていた。地上では無数の異能集団を従えている。その数はシナル軍のみならず野賊をも取り込んでいるとみていい。地上から大量の飛箭が襲う。さすがにライフルでも撃ち落とせない数。ドラゴンで受けるにも天籟の負傷のリスクが大きい。

 ――どうする!

 空霄が一か八かライフルを構えた時、目の前を炎の刃が通り抜ける。一瞬ですべての矢を焼き払った。

「すんません! 遅くなりました」

 赤いドラゴンの背に着地した炎威やんうぇいが叫ぶ。

「てんめえ! またいいとこ取りやがって。しかも遅えよ何してた」

 怒鳴る空霄の目の前にクナイが突き刺さる。それを砲弾一発で躱した。地上に落下しながら空霄が叫ぶ。

「お前はあれを追え」

 見るとオーカーのドラゴンが旋回しエデンの方へと飛んでいく。

「分かりました!」

 炎威がドラゴンの背に乗る寛宇がんうの後ろ姿を確認する。火璇ふぉーしゅえんも旋回するとその後を追いかけた。


「あの坊主はどうした」

 湖光の攻撃をかわしながら空霄が問う。

「ああ、流涛るーたおですか? もうじき来ますよ。グリファを壊滅させたらね」

「何」と空霄が顔をしかめる。

「安心してください。彼は赤いドラゴンと器の始末が任務。あなたは私が殺しますので」

 そう言うと振り回した鎖が勢いをつけ空霄を襲った。

 先端のクナイを躱すと鎖がぐるぐると空霄の腕に巻き付く。

「甘いですよ」

 もう一端のクナイを振り回すと空霄に向けて投げ放つ。

「あめえのはどっちだよ」

 空霄の盾になったドラゴンの脇に刃が刺さる。一度大きく奇声を放った天籟が湖光目掛けて突進していく。

「天籟!」

『……っ』

 湖光に体当たりをかますとその体が吹き飛ばされる。再び大きく浮上した天籟が湖光目掛けて急降下する。逃げようにも鎖は空霄がしっかりとつかみ逃さない。苦し気に顔を歪めると、とっさに鎖を引っ張り天籟に刺さったクナイを引き抜く。湖光の目に近くを走り抜ける装甲車がうつった。

 湖光を踏みつぶさんとする天籟に向けて再びそれを投げつける。天籟の首に鎖が巻き付くのを確認すると次は刃を装甲車に向けて投げつけた。

 クナイを絡めとった装甲車にひっぱられ鎖がぴんと張る。首に巻き付いた鎖が張り切ると、首を絞められたままドラゴンが地面に打ち付けられた。

「天籟!」

 思わず鎖を手放すと天籟へと駆け寄る。

 解放された水晶すいちんが再びドラゴンの姿になると空へ飛ぶ。

 ゲホゲホと咳をする天籟の首にくっきりと痣がついていた。

「あ、あー。よかったわ、折れてないし潰れてない」

「まだいけるか?」

 柄にもなく心配そうにする空霄を笑い飛ばす。

「祭は途中退散しない主義よ」

 天籟を引き起こすと前を向く。鎖を振り回した湖光がこちらへ向かってきていた。



 エデンへ向かう寛宇がんう炎威やんうぇいが追っていた。

火璇ふぉーしゅえん、寛宇は武器を持たねえのか?」

『いや、あるにはあるのだが、限りなく守備に徹した仕様だからほとんど見たことはない。それより、今回はさすがに本気らしいな』

 炎威が辺りの異様さに気付く。遠くの方から地鳴りが聞こえる。霧のような土埃が迫ってくる。その方へ目を凝らした炎威が驚いた。

「なんだ、あの集団は」

 遠くからまるでオーカーのドラゴンに吸い寄せられるように近づいて来る集団。それは各地に散らばる異能集団の群れだった。

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