第22集 避けられた真実
歩廊に出ていた
空霄の吹かす煙が宙に燻り消えていく。
「マジでソーラーフォーミングする気なんかねえ、グリファは」
「さあなー。でもその可能性はずっと前からあったし、時間の問題だったっしょ」
二人の間には静かな時間が流れる。お互いが何を考えているのかは分かる。何が気になっているのか、何を聞きたいのか、しかし聞きたくないから黙っている。
高台にいるからだろうか、強い風が後ろから吹き付け前へと吹き抜けていく。
風は気が付けばもうはるか彼方を進んでいるのだろう。
過去から未来へ、手の届かない先へ行ってしまうような感覚。
行ってしまえば、戻っては来ないと誰もが知っている。
「なー空霄」
「あ?」
「お前はもう分かってるんだろ。どうすればいいかなんてさ。てか、こっちがどうするかは必然的だろ」
煙草の吸い口を唇に近づける手をぴたりと止める。今吸う煙草はきっと美味くない。
「ああ。ああ、そうだな。俺らはもういいだろ。十分だ。あとはアイツらがどう受け入れるかだろうな」
煙草を吸えずにいると、天籟が「おし!」と気合を入れ伸びをする。
「久々に稽古しようぜー!
「おいおい、そこは一蓮托生だろうが。なに俺だけ負けるみてえに言ってんだよ」
「あーあ、結局おっさんの運命に巻き込まれるわけか、俺は」
冗談を言い合いながら笑う。ぼんやりとしていた日常が、掛け替えのないものとして輪郭を現していく。一番気付きたくなかった事を突きつけられる。気付かずいられれば良かったと、それはもう過去の願望だろうか。
「よっしゃ、行くかー」
「おい、ポイ捨て禁止」
「ガキがうるせえから灰皿持ち歩いたってるだろ」
「いや、常識。モラル。人として」
「うわ、うるさっ」
言い合う声が歩廊から消えていく。声がなくなった後の歩廊は寂しいくらいに静かだった。
炎威が道場で汗を流す。付き合わされた
そこへ空霄と天籟がやってくる。
「おお、やっぱやってんねー!」
炎威と手合わせしていた組員が「一旦休憩!」とへばりこんだとろこだった。
「あれ、空霄さんが道場来るの珍しくないっすか?」
まだまだ元気が有り余る炎威は腕をぶんぶんと振り回す。
「おっさんの体鈍ったら困るからさ、たまには相手してやってくれよ」
「え、空霄さん長物いけるんすか!?」
空霄がしぶしぶ上着を脱ぎ準備をする。ぽきぽきと関節を鳴らすと炎威の前に立ちはだかる。傍で座り込む火璇はぽやぽやと寝落ちしそうになりながら目の前の光景を眺める。
「長物!? そんなもん使わねえよ。男はこれだろ」
拳と手のひらを突き合わせパンパンと叩くと低く身構える。
「おお! 肉弾戦ひっさしぶりい」
その構えに炎威の目が輝く。持っていた長物を捨て去ると空霄の前で同じようにポーズを取った。
じりじりと足を滑らせ間合いを取る。相手の空気を感じる。思考を読み取る。
いつもは血の気が多く熱い男もここでは冷静になる。この張りつめた緊迫感が好きだった。
頭の中でシミュレーションをすればあとはそのパターンに持っていくのみ。先手を打ったのは炎威だった。
空霄に飛び込んでいくと肘を引き打撃を撃つ――と見せかけて回し蹴りを相手の頭目掛けて食らわす。正面からの攻撃に備えて構えていた防御姿勢のまま空霄がしゃがみ込み、炎威の蹴りを交わす。そのまま蹴り上げられた足を掴むと捩じり上げバランスを崩させる。
「おっと」
炎威の体が地面に倒れる寸前で手をつき、逆立ち状態のままフリーになっている足で空霄の顔面を蹴飛ばした。
思わず2、3歩よろめき後退する。
「おい、大事な顔面蹴んな」
今度は空霄が真正面から殴りかかる。受けるのは容易いが、なにせパワーのある拳は安易に受けるとダメージが大きい。炎威が左右に体を振り打撃を躱していく。隙を見て空霄の体へとタックルをかますとそのまま押し倒そうと踏ん張る足に力を入れる。
懐に入り込まれると相手を殴ることが困難になり、仕方なく空霄が炎威の体を掴み返し投げ倒そうと身を捩じる。空霄が力を入れるとふっと炎威の足が浮き体が宙を舞った。
地面に叩きつけられた体をすぐに起こすと、多い被さろうとせん空霄を躱し逃げる。
「まだまだっすよ! 先輩」
喜色満面の笑みで殴りかかると、こちらも面白いとそれを受ける。
本気なのか遊んでいるのか分からないほど楽しそうに繰り広げられているバトルを火璇が眠そうな目で見ていた。天籟がその横に腰を下ろす。
「やっぱおっさんの相手できんのは炎威だけかー」
後ろに手をつき体を逸らす。膝を抱えて座る火璇が横に目を遣った。
「どうしていきなり稽古なんて?」
「あ、いやなんつーか。体動かしてりゃいらん事考えんで済むだろ」
「いらん事……」
「そ、いらん事」
へへっと笑う天籟から視線をはずし、前を向く。まだ熱い男たちは決着のつかないバトルを続けていた。
ついには息を切らした男二人が大の字になり地べたに寝そべる。
「
はあはあと胸で息をしながら
「そりゃ南区域仕込みですから。やり合う回数はあっちの方が多いですよ」
「なるほど」とやっとパンツのポケットから見つけ出した煙草に火をつける。
「あのお、なんでこのタイミングなのかって思うと思うんすけど」
そう言うと仰向けになったまま
「なんだよ」と空霄が促した。
「火璇の前の器って、どんな人だったんすか?」
一瞬時が停まったように静かになったのは、あまりにも予想外の質問だったからだろう。
先ほどまで重い瞼に抗っていた火璇の目が見開かれる。
「なんで俺に訊くんだよ」
空霄が体を起こすと、炎威も起き上がりその場に胡坐をかいた。
「いやあ、ちょっと。こういうの本人に訊くのが筋なんだろうけど、二人きりだと聞きづらかった」
空霄が火璇を見る。口をきゅっと噤んでいたが、止める様子はなかった。
「なんだそりゃ、乙女かよ。そうだな、一言で言えば優男か?」
「確かに、それが一番しっくりくるな。いつもにこにこして、誰にでも優しくて、紳士的。品行方正っつうのか? 剣には真面目で、でもたまに冗談を言っちゃあ周りを明るくする」
天籟がつらつらと喋ると、火璇が膝に口元をうずめていく。
「うわあ、非の打ちどころがないって感じっすね」
「お前さんと全然違うだろ?」と空霄にいじられる、さすがに言い返す言葉がない。
「でも良かった。なんか、うん、良かった」
「でも……」と小さな声が聞こえた。声の方へ向くと火璇がもぞもぞと膝に口元をうずめたまま何かを言いたそうにしている。
「火璇」
炎威が呼ぶとゆっくりと口を開く。
「でも、きっと正しすぎたから、正しくあろうとしていたらか、被っていた仮面があった。本当は怖くても、逃げたくても、それを表には出してはいけないと我慢していた。だから咄嗟に、条件反射的に、本音が出た」
きっと
「おいー、悪い方に考えんなって。すげえじゃん、立派に振舞うって。俺には出来ねえから尊敬する」
火璇が目線を上げる。そこには粗削りでも高慢も卑下もせず、ただ底抜けに明るく笑う男がいた。
「だから単純バカは分かりやすくていい」
そう言うと完全に膝に顔をうずめる。火璇の言い草に炎威が立ち上がる。
「お前な! どさくさにまぎれてディスっただろ。なんか褒めた風に言ってディスってるだろ」
「ふふ」っと火璇の肩が震える。
「こら、笑ってんじゃねえか。俺結構気い使ってんだからな、聞いてんのか」
二人のやり取りを聞いていた
「今はこのままでいいか」と、きっとそう思っているのだろう。
グリファが何をしようとしているかは察しはついていた。しかしそれを確実にするには証拠が必要だった。皆が琳琳の言葉を息をのんで待つ。
「まあそんなに構えることもない。みなの予想通りだ。しかし実現するなどはまだ遠い空想の世界の話だと思っておったがな」
「それではやはりグリファはエネルギーの増幅を
「まことしやかにエネルギー増幅の装置が開発されている。ほぼ完成していると言っていいだろう」
「そのソル化ってやつにシナルが加担してるんすか? でも俺がシナルに潜入した時には樹蓮を手に入れることが目的っぽかったですけど」
「そうだな。開発について表向きはクリーチャーの損傷の回復、形成の助長、そんなところらしい。シナルはソーラーフォーミングについては知らされておらんのじゃないか?」
光躍は渋い顔のまま黙り込む。その横で
「グリファのことだから、新しいパラソルシステムを独り占めって考えてもおかしくないよね」
「え、でもグリファって中立っすよね!? 武器を持って争いに巻き込まれるなんてごめんだって
「炎威だって一君に会ってるなら分かるでしょ。言葉なんて吐くだけならなんとでも言えるよ」
「そうか」と炎威が黙り込む。言葉を素直に口にしてきた者にとっては、つらつらと並べられる虚言などは理解しがたかった。
「なんにせよ、グリファが新しいパラソルシステムを手に入れれば、どうなるか分かるよね」
「そこにシナルが手を組めば、エデンなど目じゃないな。いや、いずれはシナルさえも飲み込む魂胆かもな」
金瑞の意見に琳琳が同意する。
「どうにかならないんすか!? 装置を破壊するとか、シナルを止めるとか」
熱くなる男を
「装置を破壊したってまた作れるだろおよ。シナルを止める? 説得でもするか? 応じなきゃこちらが武力行使するか?」
「それは……」と炎威が言葉を詰まらせる。しょげる背中の隣で、
「そもそも異能がある限りいたちごっこ。この機を利用しようと思っていないはずはない」
火璇の言葉にその場の皆が黙り込む。ぐだぐだと話しているフリをして誰もが核心から逃げていた。それを知らないただ一人を除いて。
「異能が争いの根源みたいに言うなよ」
「実際そうだろ」
「だからどう解決しようって話だろ?」
「その答えが出てるって言ってる。みんなも知っている」
「分かんねえって。なんだよ答えって」
イラつく炎威の熱を、まるで無視するように火璇は冷静なままだった。
「根源を絶やせばいい」
「はあ? なんだよそれ、それじゃまるで」
「もう争いの道具にされるのはごめんだ。兵器も軍事利用も悪用も、俺たちは物じゃない」
「そんな事、分かってるだろ……」
これが炎威にとって一番効果のある言葉だと皆が分かっていた。一番最後まで反対するであろうこの男をねじ伏せる言葉。それは火璇の口から放たれて一層力を持つ。
残酷な役を買って出たのは火璇自身だった。
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