第21集 ソーラーフォーミング
茶と言うのは、茶葉や淹れ方は同じであっても淹れる人によって味が違う。
もっと言えば、淹れる人が同じでもその時の感情や環境によっても風味が変わる。
そんな気がするだけと言えばそうなのだが、その人の茶を飲めば心が揺らいでいるかどうかくらいは分かる。というのは思い上がりだろうか。
茶杯を右手で持ち上げ口に運ぶ。
茶を淹れるのが面倒なわけじゃない。むしろ心を落ち着かせることのできる貴重な時間だった。ただ、片手ではどうしても上手く出来なかった。だから
「今日も美味しいね」
光躍が淹れた茶の味はいつもと変わらず美味しかった。
「どうしていつも美味しいんだろ」
半分ほどになった茶杯の中を
「金瑞が教えてくれたからだろ」
視線をはずした光躍はまるで照れているように見えた。
「君はずっと、変わらないね」
先ほどから何が言いたいのかと光躍が怪訝そうにしている。
「僕はさ、強い君じゃないとと思ってたのに。みんなすごいね、君の事を良く見てる」
「金瑞もずっと見ていただろ。誰よりも、俺の事は」
はははと金瑞が楽しそうに笑う。
「本当にね。最初はこーんなに小さかったのに」
金瑞が胸のあたりに手をかざし、小さかった頃の光躍の背丈を示した。それには光躍も恥ずかしさを滲ませる。
「でも君は最初っからみんなの注目を集めてたよ。誰もが膝を屈するほどの才能とオーラ。この人に付いて行きたいと思わせる強い魅力と指導決断力」
「そこまで褒めるか」と光躍が眉をひそめ呆れる。
「それは圧倒的な強さ故だと思ってた。戦闘能力のね。だからそれを失うと分かったとき、僕は焦った。君の妨げとなるならこの身はいらない。でも違ったんだね」
金瑞が残った茶を飲み干すと「はー」と息を付く。
「
「だから僕は炎威には好感が持てる」と付け足した。
「炎威が許してくれるなら、お前は受け入れるか?」
金瑞が愛おしそうに義手を見つめる。それは奪われた希望ではない、与えられた愛なのだ。
「炎威だけじゃないよ。君たち器全員が許すだろうか。ねえ、光躍は
その問いに光躍は口を噤んだ。
「壊れないものなどこの世にない。いずれ来るんだよ。だって、もう300年も経ったんだもん」
質問に対しての返事がない事は分かっていた。誰しも望まない未来など、口にはしたくないものだから。
「
炎威が光躍の態度に疑問を抱く。
「
「俺はなあ、アイツがここに来たときから長年見て来た。あいつはあいつで異能を守りたいと思ってる。ただ、今回はちと話が違う」
その場にいた皆が空霄の発言に理解を示しているようだった。炎威以外の全員が何かを悟っている。
「私も光躍に嫌な印象は持たなかった。ただ、迷っているのですね。それを表に出さないところが、なんというか」
しょうがない人だと樹蓮が眉を下げる。
「リーダーらしくもあり、炎威を困惑させているのですね」
「光躍は炎威と一緒で、異能と在るべき道を探したいんだと思うぜ?」
「空霄さん、俺にも教えてください」
立ち止まった炎威が腹をくくる。
無鉄砲でも単純バカでもなんでもいい。知らずに動く事だけはしたくない。
「お前に教えたくないわけじゃねえよ。ただ俺もまだ信じられてねえし、全くの検討違いかもしれねえ」
「いや、当たってると思うぜ?」
口を挟み睨まれた天籟が「しまった」とその身をひっこめた。
「炎威はグリファで異能のエネルギー増幅がどうだとか聞いたと言ったな」
「はい」と炎威が頷く。
「恐れるのは樹蓮が奪われることじゃねえ。樹蓮を使ってのソーラーフォーミングだよ」
答えを待ち構えていた炎威が目を瞬かせる。初めてきく単語に戸惑う中、樹蓮が静かに目を伏せた。
「っんだよ、ソーラーフォーミングだ? なんっだそれ」
不機嫌な声が響いたのはシナルの公邸にある一室。
流涛が膝を屈するのは目の前の男を慕っているからではない。ただ、そういう契約だからだ。
「いつも口の利き方には気を付けろと言っているだろ」
「あ゛あ!? てめえに従ってるんじゃねえよ、俺はカネに従ってんだカネに」
その反抗的な態度に流涛を見下げる目に力が入る。
「貴様が戻ってこないから絶好の機会を逃したんだろ!」
寛宇が伏せた体に蹴りを入れると、衝撃で床に身が飛ばされ倒れる。ずさりと倒れ込んだ体が呻いた。
「
掴みかからんとする流涛を阻止したのが
「貴方、ご自身の立場を分かっていますか?」
「立場だ!? ああ!? カネもらう代わりに言う事聞いてやってるんだろうが、他に何がある」
「では、寛宇は雇い主です。立ち場は貴方より上です。わきまえなさい」
流涛が掴まれた腕を振り払う。そのまま海燕の元へ行きしゃがみ込むと、その体を起こしてやる。
「大丈夫か?」
「僕への心配は不要です。今はあの二人の言う事を聞いて」
小声で伝えると流涛もようやく大人しくなる。
「で、そーらーふぉーみんぐ? それがなんだって?」
その質問には湖光が答えた。
「ソルシステムの中心にあるソルは、その巨大エネルギーによって引力を生み出しています。そしてその力により異能が引き寄せられていると考えます。しかしソルが引き寄せられる異能は限られている、と、これはグリファの研究結果です」
「だからなんだ」と流涛が楯突く。
「私たちは以前より貴方にエデンにある研究施設の突破をお願いしていました」
「未だ達成されてませんがね」と厭味ったらしく言うと、流涛が牙をむく。
「それは、そこに60年前より不明とされている最後の星光体が隠されていると考えていたからです。その星光体はソルに次ぐエネルギーを持っています」
「だからそいつをとっ捕まえてこっちの戦力にしようってのか?」
その質問を嘲るように笑うといよいよ流涛のイラつきも募っていく。
「昔はそう考えていたようですが、それだと面白さは半減です。近年グリファがその星光体のエネルギーを増幅させる実験を行っていたのです。そしてそれは完成しつつある! あとは星光体を手に入れるだけなのです」
つまらなそうに話を聞く流涛だったが、その目的は気になるところだった。
「そいつのエネルギーをさらにデカくして、最強の異能でも作るのか?」
「いいえ、もっと大きな力を手に入れます」
「もっと大きな?」
湖光がつかつかと流涛の目の前まで歩を進めるとしゃがみこみ、疑問でしかめた顔をのぞき込む。
「ソルにも近いその星光体にさらなるエネルギーを注ぎ込む。するとどうなるか。それはソルに相当するエネルギー源を得る。そう、ソル化するのです」
「……まさか。そいつが新たな異能を引き寄せるとでもいうのかよ」
「ご名答。貴方って意外と賢いですよね」
立ち上がった湖光が満足げに背を向け歩いていく。
「星光体をソル化する。それがソーラーフォーミング。古から考えられてきた可能性ですが今まで実現できたことがなかった」
「グリファがそれを可能にしたってのかよ」
にこりと微笑んだ顔が「YES」と伝えている。
「そこで流涛。カネに従うと言いましたね。ならば好きな額を提示して構いません。次こそ赤いドラゴンとその器を仕留めなさい」
「はあ?」と流涛の顔が歪む。
「貴方には一応嫌疑がかかっているのですよ。先の戦闘で
「んなわけねーだろ」と反発するが聞き入れられるはずもない。
「寛宇もそれでいいですよね」
ニカっと卑しい笑顔が流涛を蔑むように見下す。
「忠誠心がないヤツはいらん。もし裏切るようなら、
「人質とは悪趣味のクソ野郎だねえ」と聞こえないほどの小声でささやく。海燕が脇腹を小突き制した。
「言っとくけどな、
「もういいか」と吐き捨てると海燕を掴み流涛が部屋を後にする。
「クソ餓鬼が」
寛宇が唾を吐き捨てる。
「あやつもソーラーフォーミングが成功するまでの駒ですよ。少しの辛抱です」
そう言うと湖光もその場を去っていった。
「さて、そろそろエデンも気付いたはずだ。何を守るのか、見ものだな」
椅子に深く背を預けるとくくくと押し殺した寛宇の笑い声が高笑いへと変わっていった。
エデンの西の門では囚えていたグリファの研究員たちが連れられている。そしてそこには
「準備は出来たんすか?」
「ああ」と雪蕾が返す。
「こいつら返して本当に大丈夫なんすか?」
縮こまった研究員たちが車に乗せられ、衛兵たちもその後ろの車両に乗せられていた。
「元々数日の滞在予定だったらしいから、そろそろ返さないと逆に怪しまれる。衛兵の奴らはカネで雇われていただけだ。上回る報酬を支払えばすぐに寝返った」
信じられないと炎威が顔を引きつらせる。
「じゃあ研究員たちは」
「ちょっと脅したら大人しくなった。あと監視役もつけるから大丈夫だろう」
雪蕾の言う「脅す」がどの程度のものなのか、思った以上に冷徹な雪蕾を想像し身を震わせる。
「監視役ってのは? 雪蕾さんが付いていくわけじゃないっすよね」
「これだ」と雪蕾が手のひらを開けると突然真っ黒で小さなドラコンが飛び立した。
「うわ! なんですかこの可愛いドラゴン!」
ふふっと雪蕾が笑うと、ドラゴンがキーキーと甲高く吠える。
「『可愛いと言うな』だそうだ」
「もしかして」
「
「ええ!」と炎威が大きな声で驚く。
「ドラゴンって星光体しか姿を変えれないんじゃ」
「琳琳は特別だ。さすがは私のパートナー」
琳琳が雪蕾の周りを飛ぶとその肩にとまる。
「まさか、琳姉を潜入させるんですか!?」
「琳琳の十八番だからな」
「……
「琳琳の十八番だ」
なるほどと炎威が空を仰ぐ。そのサイズ感から、見つからないように忍び、秘密を収集する。雪蕾が様々な組織の情報に長けているわけが分かった。
「じゃあ琳琳、頼んだよ」
雪蕾が告げると琳琳が飛んでいき輸送車両へと潜り込んだ。
「これでグリファが企んでいることが分かるかもっすね」
「そうだな」
息巻く炎威に返って来た返事は、後から考えれば覇気がなかったかもしれない。しかし熱を帯びた炎威には気になるほどの事ではなかった。
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