第16集 交差する思い

「部下の心配より自分の心配をするべきじゃないのか?」

 寛宇がんうがドラゴンの背から光躍がんやおに叫ぶ。その声に構うことなく剣を振るうと稲光が寛宇を襲う。しかし雷撃を劉地りゅうでぃが体で受ける。電流に苦しみながらも態勢を立て直すと、その背から寛宇の高笑いが聞こえた。

 落ちていく光躍を金瑞ちんるいが受け止める。

『僕に構わないで。寛宇を仕留めるなら今だよ』

 再び舞い上がると光躍と寛宇が対峙する。寛宇は大げさに慈悲深い役を演じながら光躍を迎える。

「光躍、お前は強い。だが弱い。その剣ではもう人を貫くことは出来ない。お前が出来ないのだ。なぜなら。そうだろお?」

 卑しい目つきに光躍の表情が険しくなる。

『聞かなくていいよ、あんなヤツの声は』

 パートナーであるドラゴンでさえ簡単に盾にしてしまう男に虫唾が走る。金瑞が劉地に突進すると身を振るい劉地を突き飛ばす。バランスを崩し慌てて態勢を整える寛宇の頭上に影が落ちる。見上げた寛宇の視界にはつるぎを振りかざす光躍が映った。

「なんだ! お前も結局は俺と同じなんだろ? クリーチャーの体よりも勝利を選ぶ!」

 バリバリと剣が光熱を放つ。剣を振り上げる光躍を寛宇が愉快そうに見上げている。しかし振り下ろした剣は寛宇の眉間すれすれを掠り、風を起こす。そして斬撃の代わりに稲妻が寛宇を襲った。

「なんだと――」

 攻撃を避けた寛宇の体が宙に放り出される。逃すまいと再び光躍が剣を構える。しかし振り切る前に突撃してきたドラゴンに弾き飛ばされる。空中で体勢を崩しながらも光躍が剣を振り込むと数本の電流が空気を伝い、寛宇に迫ると爆発を起こした。

 爆煙ばくえんに包まれていたのはオーカーのドラゴン。劉地が体を張り寛宇を庇う。その時、西の空にも大きな爆発が起こった。それは炎威やんうぇいが起こした蒸気爆発。撤退していく水晶すいちんの姿が見えた。

「ほかの香頭しゃんとうも集まって来るぞ。まだやるか?」

 光躍の言葉に寛宇が地上を見遣る。引き連れていた異能部隊も壊滅状態だった。大きく舌打ちをすると寛宇も退散を命じる。


 シナルの信号弾が上がると金瑞が地上へと降り立つ。

 人の姿へと戻った金瑞は不満そうな顔をしている。

 歩み寄ってきた光躍を迎えるいつもの笑顔はない。

「そんなんじゃいつになっても敵を殺れないよ」

「殺さなくていい。エデンを守れれば」

?」

 金瑞ちんるいが疑うような視線を光躍がんやおに向ける。

「戦いが続けば犠牲が増えるだけだと思うけど」

「寛宇を倒したところでまた新しい器が現れる」

「器が変われば思想や状況も変わるかもしれないじゃない」

 金瑞が自身の左手首をぎゅっと握る。

「今日はやけに突っかかるな」

 困ったように光躍が笑う。

「分かった。正直に言う。エデンを守りたいんじゃない、お前を失くすのが怖い」

 その答えにも金瑞が納得する様子はない。

「……ウソ。エデンを守りたいんでしょ」

 「どちらもだ」と返すと納得いかないながらもようやく引き下がる姿勢を見せた。しかし不満そうな顔は光躍からそむけられたままだった。



 湖光ふーがんを追い散らした炎威やんうぇいが地上に降り立つ。すると凄まじい形相で空霄こんしゃおが近づいてきた。

 言い訳など考えていない。炎威がそれを真正面から受けた。

「てめえわざと逃がしただろ!」

 「すみません」とだけ炎威が静かに返す。

「ふざけてんのか、ああ!?」

「おい、分かるど落ち着け」

 天籟てんらいがなだめても空霄の怒りが収まらない。

「落ち着く!? 今日でアイツ殺れただろ。てめえシナルに行って寝返ったのか。そう取られてもおかしくねえだろ!」

 騒ぎを聞きつけ、雪蕾しゅえれい琳琳りんりんも駆け付ける。騒然とする中、火璇は口を挟むことなく炎威の背後についていた。

「炎威、シナルあっちで何見て来た? 話せ」

 天籟が諭すと炎威が頷く。

「んなことどうだっていいんだよ。アイツを撃つチャンスをお前は、お前はな」

「空霄、それは炎威こいつには関係ない」

「だからって、アイツのせいで、アイツのせいで金瑞ちんるいは左手失くして今だって義手のまま――」

「空霄」

 天籟が空霄の胸元をぽんぽんと叩く。

「金瑞さんが、義手――?」

「敵わんねえ、熱い男はさ。ちょっとおっさん連れて頭冷やしてくっから」

 驚く炎威を背に「後は頼む」と天籟が空霄を連れて行く。

 二人の後ろ姿を見つめながら炎威たちが静かに佇む。

 おそらく金瑞が義手だということは炎威以外の香頭メンバーは知っているのだろう。もちろん知らなかったことがショックだなんて思っていない。ただ炎威の頭に一つの場面が思い出された。

 始めて研究室に連れて行かれた日、炎威は光躍がんやおに質問した。

 ――体が変わっても、同じパートナーだと思えますか?

 その時光躍ははっきりと答えることはなかった。しかし金瑞に施された義手は、その問いに対する一つの答えではないのだろうか。

 自分がさっきしてしまったことは間違いだったのだろうかと、炎威が眉間にしわを寄せ肩を落とす。

 ぽんぽんと、その肩が叩かれた。

「お前は考えなしに突っ走るところがある。でもその行動にはお前の考えがある」

 火璇が慰めるように炎威を見つめている。

「それって矛盾してねえか?」

 力ない声に火璇がふっと吹きだす。

「本当、わけわからんヤツだな、炎威は」

 火璇が吹きだしたのには驚いた。でも火璇がその顔で「それでいい」と言ってくれるなら、炎威にとってそれほど心強い言葉はなかった。



 しかし笑っていられるわけもなく、集会室に戻った炎威と火璇に叱責が浴びせられる。

「潜入しろと言ったのに暴れて帰ってきてどうする」

 光躍は冷静に話せば話すほど怖い。集会室には香頭のメンバーが揃い、先の戦闘についての会議が行われていた。

「これについては火璇、お前に訊いている」

「……ちょっと暴れたくなった」

 いくら生きている年月がはるかに長いとは言え、光躍に口答えする火璇には関心すらする。そう他人事のように考えていると次は炎威に矢が向けられた。

「それで炎威、湖光をわざと逃したというのは本当か?」

「いや、逃すつもりじゃ。ただ、今は不利な状況だとは伝えました」

 にこにこと話を聞いている金瑞の顔が一番こわい。光躍が深いため息をついた。

「あの時――」火璇が口を開く。

「炎威も俺も、戦うことが最善なのかと迷ったのは確かだった」

 意外な発言で炎威の肩を持った火璇に一同が驚く。

 空霄は一人納得がいかない顔をしている。

 冷静に話を聞いていた雪蕾が責めるでもなく冷静に炎威に問いかけた。

「ヤツの話を聞こうとしたのか?」

「いや、話して分かる相手じゃないのも知ってるんすけど。すいません。なんか異能が器を失くすとか、器が異能を失くすとか、パートナーを失くすって単純に辛いじゃないすか」

 雪蕾が眉を下げる。その気持ちをここにいる誰だって知っている。

 光躍はそれ以上炎威を追及しなかった。

「それで、シナルでは何を聞いた」

「あ、それが、シナルはたぶん樹蓮しゅーりゃんを奪うことが目的みたいです。樹蓮がでかい力持ってるのも知ってるみたいで。でもそれよりヤバイのはグリファじゃないかって。密かに何か企んでるのはグリファだろうって言ってしました」

「確かな情報か?」

 炎威の頭に一瞬流涛るーたおの顔がよぎる。しかしこの時はあえて流涛の事を伏せた。

「うす。上層部の人たちが言ってたので」

 光躍が火璇に視線を遣る。「炎威の言っていることは本当だ」と火璇が頷いた。

「分かった。ではグリファの情報が必要だな」

 そう言って光躍が炎威の方を向く。その視線がすでに下命の意思表示となっていた。

「え、あの、俺が、いいんすか?」

「こういうのはお調子者が向いておるからな」

 琳琳りんりんがいたずらな顔で同意する。光躍の決定に異議する者はいなかった。


 香頭が解散すると、炎威やんうぇいが部屋を出ていく空霄こんしゃおを追いかける。

「あの、さっきはすいませんでした!」

 炎威が深く頭を下げる。振り向いたのは空霄と天籟。二人が肩を落とすと顔を見合わせる。頭を下げたままの炎威の肩を天籟が叩いた。

「このおっさんのことなら気にすんな。俺らの役目はエデンを守る事。敵を倒すことじゃない」

 情けない表情のまま炎威が顔を上げる。

湖光ふーがんのアレは、あれだ、おっさんの私恨」

「俺だけじゃねえよ」

 そう言って空霄がつかつかと炎威の目の前に立つ。

「確かに天籟の言う通り、殺せばいいってわけじゃねえ。俺も頭に血がのぼっちまったのはすまなかった」

 「いや」と炎威が目を伏せる。

「シナル軍であろうとパートナーを失くせば辛くなる者がいる。さっきの炎威の言葉はその通りだよ。嫌な宿命だな」

 炎威の頭をくしゃくしゃっと撫でると空霄が立ち去る。天籟は炎威の胸を小突くとニカっと笑い、空霄について去っていった。

 残された炎威が自分の頭をわしゃわしゃと搔きまわし俯く。

「誰もお前のことは責めていない」

 後ろから聞こえてきたのは火璇ふぉーしゅえんの声だった。ぼさぼさになった髪のまま後ろに振り向く。

「俺なんて適地でドラゴンになって暴れ倒したのに許された」

「『許された』は都合良く考えすぎじゃね?」

 「光躍さん許してねえぞ」と付け加える。炎威の言葉はスルーしたまま火璇が続ける。

「あんなこと言われたら、器であり異能である者なら誰も何も言い返せない」

 「だろ?」と火璇が眉をひそめ笑う。

 誰もがパートナーを失くす未来を悲しむ。なのにどうして異能を使った戦争が続く。それが守る為ならまだしも悪用する為ならば許せない。

「なあ火璇。行きたいところがある。でも次こそ責められるはめになるかもしれない。それでも一緒に来てくれないか」

「今更か。共に背負うと先に言ったのはどっちだ」

 やはり今の火璇の言葉は炎威にとって心強い以外の何物でもなかった。

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