第15集 霧合戦

 濃い霧の中でも分かる。空を飛んでいるはずが、まるで水中を割くように水を纏い迫ってくる。あれは紛れもなく水晶すいちんが姿を変えたドラゴン。もちろん背中に乗っているのは湖光ふーがんだった。

「生き生きしてるねえ。あんな顔見せられちゃ気分悪くて寝れねえわ」

 空霄こんしゃおが歩廊がら飛び出すと落ちる体をドラゴンが拾い上げる。視界の悪い中突進していくと、ふと水晶の気配が止んだ。先ほどまで派手にまき散らしていた水しぶきもなくなり、目標が失われる。空霄が目を凝らし前後左右と視線を動かす。

『後ろ!』

 天籟てんらいの声に空霄が振り向くと鋭い音と共にクナイが飛び込んできた。しまったと思うヒマもなく空霄に向け突き刺してくるそれを天籟の尾が盾となり食い止める。

「おい! 天籟!」

『かすり傷!』

 すぐさま空霄の手に握られた銃から数発発砲される。霧の先を流れていく弾はただ音だけがこだました。

「てんめえ隠れてんじゃねーよ狡猾インテリが」

 罵声と同時に今度は右からクナイが飛んでくる。それを銃で受けると鎖が空霄の腕に巻き付いた。鎖に引き回され地面に体を叩きつけられる。背中に受けた衝撃で「かはッ」と口から空気を吐く。しかしすぐに巻きつけられた鎖を今度は空霄が掴み引きずり込む。ピンと張られた鎖は湖光の位地を示していた。間髪入れず今度はライフルで姿が見えない湖光に向け連射する。するとたちまち鎖が消え去り霧の奥に水しぶきが上がった。

『マズイ、来るぞ』

 天籟が空霄を掴み上げ回避しようとしたが、水旋風が襲い掛かりその渦に飲み込まれる。激しい渦の中天籟が必死に空霄を掴む。二人が離れ離れになった時、空霄は丸腰となる。湖光にとっての絶好の機会。それを与えるわけにはいかなかった。

 大量の水を飲み込んだ空霄がごぼごぼっと溺れる。

『空霄!』

 しかし空霄のその手はまだ戦えると天籟に告げる。銃を寄こせと訴える。

『この状況で無理だ! 撃てっこねえし、俺を手放したらお前は』

 いよいよ空高く突き上げた水旋風が空霄を宙へと放りだす。そこにはドラゴンの姿も空霄の手には銃もない。湖光の口角が上がる。無抵抗の空霄に向かいクナイが放たれる。その体を突き刺すギリギリの所で空霄が撃ち込んだ弾がクナイを弾き飛ばす。バレルの短い銃を脇に隠し持ち、湖光を油断させた。そして投げ込まれた鎖は湖光の位地を示す。すかさずもう一発銃を撃った。

「甘く見てもらっちゃあ困るねえ」

『たまたまキャッチ出来たからよかったけどな』

 軽口を叩き合うが明らかに天籟が疲弊している。水晶や海燕はいやんでなければドラゴンは水中戦に弱い。銃の姿のままならまだしも、相手がドラゴンで攻め込むならこちらもドラゴンで対抗するしか術がない。そうなれば水晶に利がある。

 再び湖光を背に乗せたドラゴンが突っ込んでくる。空霄の表情が険しくなる。

「しぶといヤツだな湖光!」

「それはこっちのセリフです。この死にぞこない」

 「ああ!?」と空霄が睨み上げるとお互いのドラゴン同士がぶつかり合う。互いに咆哮し相手を威嚇する。

「てめえだけは許せねえんだよ!」

 空霄の叫び声に天籟が目を細める。

『私情は挟むなオッサン。集中しろ』

 またしても空中の水が集まり出すとぐるぐると渦を作り出す。

「状況はこちらが有利。分かっているでしょ」

 先ほどの攻撃で天籟の体力も落ちてきている。また水に飲まれれば天籟が危ない。かといって手に持てる大きさの銃ではドラゴンに太刀打ちできない。

 ぐるぐると思考を回転させる空霄を乗せ、天籟が出来る限り水旋風から遠ざかり逃げる。

 ついに十分に水を膨らませた渦が勢いをつけ天籟に襲い掛かった。

 もう少しで水渦が天籟の尻尾を飲み込もうとした時、渦が上下真っ二つに切り裂かれる。

 斬られたところから水の塊が解体され水しぶきとなり消えていく。思わず空霄と天籟が後ろを振り返った。

「すんません! 今戻りました」

 空霄こんしゃおが目を見張る。そこにはギロチンを携えた炎威やんうぇいが宙を飛んでいた。

「おまっ、手出ししてくんじゃねえよ!」

「え? あ、なんかピンチっぽかったんでつい」

「「ピンチだあ!?」」

 気まずそうに頬を搔く炎威に空霄と天籟てんらいが叫び返す。

 再び赤いドラゴンの背に乗った炎威が湖光へと追撃する。

『俺も水には弱い。お前が斬り込め』

「了解だぜ相棒」

 一気に湖光ふーがんの目の前まで迫るとギロチンをかざす。湖光が鎖で受け止めたところで撃ち合いになった。どんどんと湖光を追いやっていく炎威に空霄が唖然とする。

「おいおい、炎威のヤツ強くなってやしねえか?」

「……気のせいだろ」

 びしょびしょになった空霄と天籟が炎威の戦闘に釘付けになる。

「いやいやいや、湖光あいつを殺るのは俺だろおが」

「あー……はいはい。そうだった」

 天籟が体を震わせ水を弾き飛ばすとドラゴンへと変化する。追い越されまいと湖光へ向けて飛び立つ。

「いいところで撃ち込むぜ」

『狡いねえおっさん』

 空霄たちの気配を炎威が感じる。「俺を囮に撃つ気」だと作戦はすぐに理解した。しかし、になれなかったのは炎威だった。

「湖光、この状況は不利だ。分かってんだろ」

 炎威の言葉に反応したのは水晶だけではない。火璇の脳にも炎威の思考が流れ込んでくる。

「ああ!? 決めつけてんじゃねえよガキが。この状況で力発揮できんのはこっちなんだよ」

「空霄さんは遠距離で撃てる」

 バカにするなと湖光の顔が歪む。炎威は地上から雪蕾しゅえれいが率いる援軍が集まり出しているのを確認する。

「無理だ。今は退け」

 炎威が力いっぱいギロチンを振る。渾身の一振りで切り裂いた空間に高熱源が発生する。大きな衝撃波と共に爆発音が鳴り響く。水蒸気が爆発すると湖光と炎威が煙に飲まれる。

『湖光、彼の言う通りここは撤退するべきだ』

 薄翠のドラゴンが煙を裂くと湖光を乗せたまま境界線へと飛び去っていく。その後ろ姿を見た炎威が安堵の息を吐いた。



 炎威たちが戻ってきた頃、西門の防衛線を突破したシナルの異能部隊が北門へと攻めてきていた。応戦するのは雪蕾を筆頭に待ち構える黒い牙の組員たち。雪蕾が腰に差した刀を抜刀する。

『濃霧が有利だと? 笑わせる。なあ、雪蕾』

「ああ、私たちが眼中にないとは、少し癪に障るな」

 大群で迫る異能部隊に向け刀を構える。一人が飛び出し雪蕾に振りかざした大剣をいとも簡単に刀で弾き飛ばすと集団の中へ身を投じる。集団が雪蕾を囲むと一斉に飛び掛かる。瞬時に刀を鞘にしまい息を吐く。息はまるで氷点下の中にいる様に気霜となり吐き出される。辺りにパキパキと音が鳴り響く。飛び掛かった集団に向かい居合術で斬り込んだ。

 とたんに雪蕾を取り囲んだ集団の動きが封じられる。パキパキと鳴り続ける音が180度空間を伝い響き渡っていく。集団の動きを封じたもの、それは氷だった。

「空中に存在する水はこちらにも味方する。覚えておいてもらえたら嬉しい」

 雪蕾がもう一度横薙に刀を振り切ると瞬斬された異能部隊がバタバタと倒れた。

 しかしその後ろから更に多くの部隊が数をそろえ迫ってくる。

「この数、尋常じゃないな」

『ということはだ、姿を現したか、寛宇がんうが』

 雪蕾が集団を凍らしては斬り込み、または直接斬撃を与えシナル軍を圧倒していく。しかし雪蕾の圧倒的力を前にしても怯むことなく向かってくる異能部隊。それこそが寛宇の異能、劉地りゅうでぃの能力だった。

『幾万の異能をしもべとして服従させる。下劣な能力なこと』

「自らは傍観者となり見物けんぶつするのがヤツの戦術だったが。前線まで出てくるとは珍しいじゃないか」

『お、おったぞ』

 琳琳が雪蕾の視線を上へと誘う。その上空高くにオーカーのドラゴンが旋回している。

「しまったな。私は地を這う兵士を片していくことしかできない」

『それはアレに任せればよい』

 空気を割く音と、バリバリという放電音を従え黄金のドラゴンが劉地に突進する。空ではドラゴン同士の戦闘が始まっていた。

「雪蕾!」

 空から光躍がんやおの呼ぶ声が聞こえた。

「組員を率いて西門の援護へ向かえ。エデンの組員まで劉地の支配下に置かれては厄介だ」

「分かった。地上は私に任せておけ」

 そう言うと組員たちが装甲車に乗り込み走り出す。

「お前たちも早く――」

 残りの組員に声を掛けようとしたその時、一人の組員が雪蕾に向かい斬り込んできた。するとその後ろからぞろぞろと目を光らせ雪蕾を狙う組員たちが距離を詰めてくる。

「お前たち、よく私の能力が分かって刃向かう気になれるもんだな」

 雪蕾が洗脳された組員たちの間を縫い斬り込んでいく。皆武器を振り上げたまま固まり動けなくなる。もがく組員たちは、氷が張った下半身によって動きが封じられている。

「すまない、後で迎えに来るから今はそのままで」

 刀を鞘に戻した雪蕾も装甲車に乗り込みその場を後にした。

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