第14集 再会、告白
「ステゴロで敵うと思うなよ!」
唖然と一部始終を見守っていた
「てめえ! あん時の!」
「
火璇が思わずその名前を呼ぶ。
「いででででで。離せってんだよこのクソ野郎!」
流涛が炎威の腕を払いのける。驚きのあまりよろよろっと後退する炎威に詰め寄ると胸ぐらを掴んだ。
「てんめえのせいで
炎威が黒焦げになって横たわる海燕の最後の姿を思い出す。忘れられるはずはなかった。
「すまん、すまん流涛。でも……」
「海燕を殺ったのは炎威じゃない」
火璇の言葉を聞いて尚、流涛は炎威の胸元をぎりぎりと握りながら睨み上げる。その瞳は濡れたまま赤く血走る。
「なんでお前がこんなとこにいんだよ」
「それは、なんというか、潜入……したかったんだけど見つかっちまったな」
あまりにも素直な物言いに火璇がため息を吐き、流涛が言葉を失った。
気まずそうに頬を搔く炎威に呆れたのか、流涛が襟元から手を離す。
「なんっだそれ、序盤で見つかってんじゃねえかよ」
流涛が炎威を責めることをやめると、路地に置かれている木箱に座り込み項垂れた。
「お前こそなんでこんなとこにいんだよ。戦闘中だろ?」
「……海燕が戻ってこねえんだよ」
悪態をつきながらぼそりと呟いた言葉は寂しさを帯びる。「クソっ」と小さく吐くと煙草に火をつけ、ひと息に吸い込んだ煙を吐き出した。もう攻撃する気も失せてしまったらしい流涛に炎威たちも警戒心を解く。二人もその辺りにあった木箱に腰掛けた。
ふうっと空に煙を吐いた流涛が火璇に視線を向ける。
「お前、確実にあの時死んだよな?」
確実に仕留めた感覚を思い出し、怪訝な目つきで火璇の体に向けた視線を上から下へと這わせる。
「同じ遺伝子の体がもう一体あった。双生児で産まれていたらしい」
「ふーん」と流涛が吐いた煙の行く先を眺める。
「それって、すぐに戻ってきたのと関係してんの?」
「そう、かもしれない」と自信なさげに返す火璇を恨めしい目で見る。
「
「なあ、あいつ戻ってきたくねえのかな」
「なあ、赤いドラゴンさんよ。異能が体に戻ってくる来ねえは自分の意思か?」
「さあ。たぶん宿るのに適した体はある。今回俺は全く同じ遺伝子の体だったから、だから戻るのが早かったんだと思う」
「そっかあ」と納得したようなしていないような上の空の返事をすると、投げ捨てた煙草を足で踏み消した。
「てか流涛、お前俺ら見つけといてそんな悠長でいいのかよ!?」
なぜか敵方の心配をする炎威を可笑しそうに流涛が笑う。
「別にー。命令されてねえことしてもカネになんねえし」
「カネ?」と炎威が聞き返す。
「エデンなんかで育ってきてりゃあ分かんねえか。この都市はさ、流れ者の溜まり場みたいなとこなんだよ。資源がなくなったり闘争で追われたり。そういうやつらがカネで雇われ軍として働く。器だってやつは高く買われる。そうやってウエの命令で他都市の侵略略奪して領土を増やす。傭兵や軍がらみの仕事で資金を増やす。そういう都市だかんね、ここは」
「じゃあ、領主のために都市を支えようとか、守ろうとか」
「ないねー!」と流涛が空を仰ぐ。
「今じゃあ首領も老いぼれちまって、実質上の実権握ってんのは
「流涛はなんでシナルなんかに。カネの為にそいつの言う事聞いてんのかよ」
「俺は食えればそれでいい。シナルが潰れりゃ他に行くまでだ。ただ」
「ただ?」と炎威がその先の言葉を訊く。
「ただ、海燕の為に今は意地でもここを離れるわけにはいかねえから」
炎威の中で流涛に対しての印象が少しずつ変わっていく。
「だったら流涛はなんでシナルがエデンに攻め込んでるのかも知らねえのか? 最近のシナルの攻め方は異常だろ」
「なんで」と復唱した流涛がはっと嘲るように笑う。
「ああ? そんな事も知らねえのか? そっちが当事者なのに?」
教えてくれとまっすぐに向けられた炎威の視線を、流涛がうっとおしそうにする。話を進める前にもう一本煙草に火をつけた。
「エデンが力を覆す何かを持ってんだろ? シナルはそれが欲しい。だがエデンはそれを隠し守ってる」
「だがな、厄介なのはグリファじゃねえのか? こっちにもそっちにもいい顔して簡単に都市に出入りしてやがる。グリファがエデンの研究に首をつっこみだしたのも、その隠してる力ってやつの噂が出てからだ」
「きな臭いねえ」と
「探ってみるなら
流涛が持っている煙草を指先で弄ぶ。つまらなそうなその態度は、各都市の思惑になど興味がない事への現れなのだろう。
「そんな事俺らに話してもいいのか?」
「てめえが聞いてきたんだろうが」
「まあ、それに」と薄い影を目元に浮かべた流涛が煙を薫らせる。
「俺なりのケジメだよ。だって、火璇の前の器殺したの、俺だしよ」
炎威の心臓がドクリと跳ね上がり、体がこわばった。「どういうことだ」と口から出そうになった言葉を無理やり押し込める。
――火璇の器を流涛が殺した。そうだ、どうして考えなかった。俺が新しい器になったってことは、前の器が亡くなったという事。「心の整理」とはこの事だったと、どうして気付かなかった。信頼した奴が殺されて、見ず知らずの新しい器が現れて、いきなり心を許すなんてできないとどうして――。
横で話を聞いている火璇はそれでも尚涼しい顔をしている。
流涛に「なぜ」だと聞くのは違う。それは火璇に聞かなければいけない、いや、火璇から聞くべき事だ。
「あれ? なに、知らなかったん?」
流涛が二人の様子を見て察する。
「でもまあ、これでおあいこっしょ」
最後まで煙草を吸いきると再び足で火を踏み消し、すくっと立ち上がった。
「この話をどう使おうが知ったこっちゃねえけどさ、俺が喋ったなんてバラすなよ?」
流涛にくぎを刺された炎威が「おう」と頷く。
「それに、今度会ったら俺がお前を殺すし。そしたら証拠も隠滅」
「そうだな、まあ負けねえけど」
「ああ!? なめんじゃねえよ」
そう言って流涛が背を向け歩き出す。しかし突然思い出したように振り返った。
「なあ、
流涛の遣り切れない視線が向けられる。その質問に答える火璇の声は穏やかだった。
「性格は変わらないし、経験してきたことも忘れない。見た目で多少の左右はすれど、海燕であることは変わらない。変わってしまうのは器が異能に向ける目じゃないのか?」
「そっか、そうか、そうだよな」
少しだけ嬉しそうな流涛の頬が紅潮する。
「じゃーなー」と流涛が大きく手を振り去っていく。
一先ずは見逃してくれたのかと炎威たちが胸をなでおろした。
「これだけの話聞ければこれ以上の長居は禁物だろ。話持って帰れなかったら意味ねえ」
火璇が頷くと歩き出した炎威についていく。「こっからどう抜け出すよ」と考えながら歩く炎威の後ろ姿を見つめた。
「なあ、さっきの話、訊かないのか?」
「ああ、後でなー」
「
相変わらず攻略法を考えている炎威の背中に向かい、
「殺されそうになった時、器は、アイツは俺の背中押したんだよ。俺を囮に、逃げようとした。分かってる、人は一度死ねば生き返らない。死が目の前に迫った時、死の恐怖が襲い掛かる。その恐怖から守れるのはクリーチャーだって、異能の宿命だって、ずっとずっとそうだったから、分かってる。でも消えなくて。アイツが俺の背中を押した感覚が、いつまでも消えなくて」
声が震えだしたのを感づかれただろうか。
「俺を盾にして逃げ出したのに、結局殺られたのはアイツで。何がショックだったのか分からないまま、お前が出てきて。話せなくて、お前を危険な目に合わせて。しょうもないだろ。こんなしょうもない理由でお前を――」
「ふっっっっっざけんなよ‼」
炎威の大きな声に火璇の体がビクリと跳ね上がる。
さきほどから震えを我慢していたのは火璇だけではなかった。
炎威が振り向きずかずかと火璇に向かってくると、がしっと火璇の肩を掴んだ。
「そんなもん、ショック受けるに決まってんだろおが! 信頼し合ってたパートナーだったんだろ!? 裏切られたみてえに感じてショックだったんだろおが。助けられなくてショックだったんだろおが。大切な人失くして、辛かったんだろおが!」
唾を飛び散らせながら叫ぶ炎威に目を丸くする。
「何百年も生きててなんで自分の気持ちも分かってねえんだよ」と炎威が俯く。
「そんな事会ってすぐの俺なんかに話せなくて当然だろ。だからって、そいつが怖くなって逃げ出した事を責められるかよ。俺だって最初すげえ怖くて、死を受け入れることで逃げた。じゃあ流涛が悪いかって、そういう話でもないだろ。あいつだって生きる為、海燕の為に戦ってんだろ? 誰かを責めれば解決する案件じゃねえだろ」
「クソッ」と小さく吐き捨てる。
言葉を発することのない火璇の顔を見て、炎威の表情が歪む。
「もーーーーーー! 俺はお前の笑った顔が見たいんであって泣かせたいわけじゃねえよ」
涙を溜め込む火璇の頭を抱き込むとぐしゃぐしゃと頭を撫でる。子供をよしよしとあやすには乱暴すぎるほどに撫でまわす。胸にうずまる火璇の顔がぐちゃぐちゃになっていることなど見なくても分かった。
「悪いけどガン泣きすんじゃねえぞ。一応俺らこっから脱出してる最中だかんな」
一通り撫でまわされると、すっと顔を上げた火璇がいきなり炎威の手首を掴み歩き出す。
「おい! いくら変装してるからってそんな大胆に……」
シナル兵の間をくぐってぐいぐいと引っ張ると城門までたどり着く。門の外では砲弾を積み込んだ戦車や積まれた砲弾箱の山が大量に並んでいる。
これが運ばれたんじゃ厄介だと炎威が思った刹那、大きな熱を感じると炎が立ち上がり赤いドラゴンが姿を現した。
「お、おい、ふぉーしゅ――!」
周りの隊員たちが一気に騒ぎ出す。
「エデンの、エデンのドラゴンだ!」
「どうしてここに」
「撃て! 撃てー!」
隊員たちが戦闘態勢に入る前に火璇が砲弾箱を踏みつぶし、戦車の砲塔をへし折っていく。そして武器を向ける隊員たちに向かい甲高い奇声を上げた。
ビリビリと戦車の窓や地面が震える中、隊員たちが耳を塞ぎうずくまる。ただ一人、炎威だけが耳を刺す音を感じる事なく立ち尽くしていた。
一通り武器や戦車を蹴散らすと炎威を背中に乗せた。やっとのことで起き上がることが出来た隊員たちを尻目に突風を放ち空へと飛び上がる。さらに威嚇するように一声叫びあげるとその場を飛び去った。
「うはっ。派手にやってくれるねえ」
その様子を流涛が楽しそうに眺める。空になったタバコの箱をくしゃっと握りつぶすとぽいっと放り捨てた。
エデンへのシナルによる襲撃が始まった頃、空霄と天籟は歩廊から待ち続けていた。シナルの異能部隊が攻め込んで来ても見向きもせず、食い入るように霧の中に何かを探す。
「
「来るだろ」
同じ方角を見たまま
「来ねえとぶっ倒せねえからな」
殺気立つ空霄に天籟が目を遣る。
「執着するねえ」
呆れたように前に向き直ると、遠くの方から霧の中をまるで水中を泳ぐかのように水を纏い、一体のドラゴンが迫ってきた。
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