第13集 作戦開始

 城内の北側に位置する主楼とは逆側、南の外れた場所には平屋ながらに厳かに建てられた家があった。仰々しく看守を置いた門を通り抜けると池が広がり、その上を石畳の道が走る。植木は自然の形を残しつつ整えられ、脇に植えられた松はまるでドラゴンのように躍動的に空へと幹を伸ばす。

 中庭を眺めることが出来る部屋は開け広げで気持ちいい風が吹き抜けていた。

 机には光躍がんやお金瑞ちんるい、そしてエデンの首領である宋毅そんいーが座っていた。

 光躍が淹れた茶を口に運ぶと、一瞬その香りを嗅ぎ、茶を口に含む。

「相変わらず光躍の入れる茶は美味いな」

 満足げに宋毅が茶杯を机の上に置いた。茶を褒められると折り目正しく頭を下げる。

「して、今日はあの話だったかな」

「お時間を頂き恐縮です」

 頭を下げたままの光躍に宋毅が手をかざすと、面を上げるように促した。

「もうすでに隠し通すことは出来ないと、そこまで事態は進んでおるのだな」

「はい、これは私の不徳の致すところ。先日雪蕾しゅえれいにも事のしんを問われました。どうやら野賊の間でも樹蓮しゅーりゃんの事が噂となっているよう」

 宋毅が渋い顔に蓄えられた髭をなでながらふむと唸る。

「他都市の状況はどうだ」

「シナルはどこまで認知しているかは分かりませんが、再三に渡る襲撃は明らかに何かを狙っての事。土地や資源だけの事とは考えにくい」

「隠しておけるのは時間の問題、いや、もうしっぽは完全に見えちゃってるね」

 金瑞が肩をすくめる。

「先の野賊との交渉には炎威やんうぇい火璇ふぉーしゅえんも同行してたんでしょ。彼らがなかったことにしてくれるとは思えないね。特に炎威は好奇心旺盛そうだし」

 金瑞がにこりと目を細めると光躍が深く息を吐いた。

「さて光躍、お前ならどう出る」

 宋毅の問いに眉間にしわをよせ数秒考え込む。その横顔を金瑞も見守っていた。

「今は空霄こんしゃおにのみ密かに動いてもらっていますが、香頭しゃんとうのメンバーは信頼に値すると私は思う。隠し通すよりも彼らに協力を求めるのが得策かと」

 その提案に金瑞も納得の表情を見せる。

「いいね、僕もその意見に乗った」

 宋毅も光躍の決めたことに異論はないようだった。



 数日後の集会室には珍しく香頭の面々が勢ぞろいしていた。看守さえも遠ざける様子に、主楼内ではついに密儀室が動いたとの話で持ち切りになる。

「うわあ、なんかみんな集まると暑苦しいね」

 金瑞がにこやかに言葉を発すると、先ほどまで張りつめていた緊張が少し緩む。空霄が煙草の火をねじ消すと口を開いた。

「で、久々に大集合してなんの話だよ」

「最近シナルの襲撃が過剰だと感じている」

 光躍の言葉に他の全員の視線が集められる。

「もう香頭の全員が知ることとなったが、エデンには不明とされている星光体、樹蓮しゅーりゃんが極秘に保管されている」

 突然の告白に空霄が「おい」と焦りを見せ、天籟てんらいも目を丸くした。

 反対に冷静にそれを受け止め聞いていたのは雪蕾しゅえれいで、琳琳りんりんはむしろその場を楽しむように口角を上げる。

「この前野賊が言ってたことは本当だったんすか!?」

 身を乗り出す炎威やんうぇいの横では腕と足を組んだまま、その先の言葉を静かに待つ火璇ふぉーしゅえんがいた。

「そうだ。以前から空霄と天籟には協力してもらい動いていたのだが。野賊にまでこの噂が広まりつつある中、守ってばかりもいられんだろう。考えられる噂の流出源はグリファ。空霄たちにもグリファに探りを入れてもらっていたが尻尾を見せん」

「あの、グリファが情報を掴んだのにどうしてそれがシナルの襲撃に繋がるんすか?」

 きちんと挙手をし炎威が発言する。炎威の疑問に琳琳が満足げな笑みを見せた。

「よい所に気付いたな坊主。まあ、ここにおる者たちならみな同じ考えかと思うが」

 ならどうして褒めたのかと炎威がむくれる。琳琳が言葉を続ける。

「グリファらしい悪知恵だろう。一部の手の内を見せてシナルを突っついたのだろうな」

「その星光体を手に入れたいとか、そんな感じすか? でもシナルが手に入れて、グリファに何の利益が?」

 今まで秘匿だった話がつらつらと流れ出していく。諦めたように空霄が新しい煙草に火をつけた。

「それが分かんねえから天籟と探りを入れていた。まあ、まだ裏打ち出来るほどの情報は手に入れられてねえし、威張れることはねえがな」

「ということは、目星はあるのか?」

 雪蕾の問いに、空霄が「まあな」と短く返した。「面白くなってきた」と琳琳が目を細める。

「して、光躍はここに皆を集めてどうしようというのだ?」

 両手を顔の前で組み、難しい顔をしていた光躍が顔を上げる。

「あの件はどうだった、金瑞ちんるい

「あー、えっと、黒い牙気象部の話だと明後日」

 炎威が何の話かと首を傾げている。

「シナルが確実に攻めてくる日がある」

「……濃霧」

 ぽつりと火璇が呟くと光躍が頷く。なるほどと察しているのは炎威以外の香頭たち。

「あの、火璇サン、どういうことでしょう」

 炎威が小声で火璇に問いかける。

「シナルには水晶すいちん湖光ふーがん劉地りゅーでぃと水と地を懐柔するのに長ける異能が多い。まあ、湖光が戻っているかは不明だが。水分を含んだ空気も視界の悪い平野もシナルにとってはホームフィールドということだ」

 なるほどと炎威が感心する。

「しかしそれを逆手に取らん手はない。炎威」

「え、はい‼」

 いきなり光躍に名前を呼ばれると条件反射で大きな返事が飛び出る。

「そこで炎威に一つ頼みたいことがある」

 光躍直々の言いつけに、炎威がごくりと唾を飲み込んだ。



 それから2日後。気象部の予測した通り外郭の外には濃い霧が発生していた。それがどれほどまで伸びているかは分からないが、境界線である地割れ地帯も全く見えない。いつフォグを切り裂き攻め込んでくるとも限らない状況に外郭の歩廊には香頭の面々が控えていた。

 前線には空霄こんしゃお天籟てんらい、東は光躍がんやお金瑞ちんるいが見張る。その配置は、ドラゴンの中でも随一のスピードを持つ金瑞が襲撃と共に駆け付けられる常套作戦だった。移動手段が車である雪蕾しゅえれい琳琳りんりんが南側の門で待機する。そして炎威やんうぇいと言えば――。

「なあー、本当に大丈夫なのかよ」

「知らん。それは巻き込まれた俺のセリフだろうが」

「しゃーねーだろ。いつも二人一組だろ。それに何かあった時にお前いなけりゃ詰むだろが」

 はあと大きなため息が炎威の隣から聞こえて来た。

「戦闘のどさくさに紛れてシナルに潜入するなんて、ほんとに出来んのかね」

 小型装甲車の後部座席に乗り込んだ炎威が愚痴をこぼす。

 二人が着ているのはめずらしくかっちりと誂えられた軍服。聞けば雪蕾がどこかの伝手から手配してきたシナル製の車両にシナル軍の制服ということらしい。

「いいか炎威。危なくなればお前は逃げろ。俺は万が一何かあっても新しい体に戻って来れる」

「却下却下。そうならんように全力でやるんだろうが」

 手をひらひらさせながら火璇の言葉を追い払う。

「光躍さんは俺のこと買ってくれたんだと思ってんだよ。それは素直に嬉しいし力になりてえんだよ。あ、そこまで己惚れてねえからな。俺の顔が割れてねえってのも理由の一つだって事くらい分かってるよ」

「ああ、あと――」

 「ん?」と炎威が片眉をあげ、口を噤んだ火璇に目を遣る。

「いや、そろそろ来る予感がする」

「ああ」

 こちらも雪蕾から配給されたシナル軍のマントを目深にかぶった。


 装甲車で待機していた炎威の足元が小刻みに揺れ始める。小さな地震かと思ったがそうじゃない。

「来ますよ!」

 運転席でハンドルを握っていた組員が二人に声を掛ける。霧で何も見えないが、明らかに物々しい気配を感じ鳥肌が立った。瞬間、霧の影が一気に濃くなり靄の中から装甲車の大群が飛び出してきた。前線を走る装甲車の群れは異能部隊だろう。その後ろから機甲部隊、砲塔を積んだ戦闘車が続いて攻め込んでくる。

「行きます」

 組員がアクセルを踏み込みハンドルと切る。濃霧に隠れながらシナル軍の間をぬって走り出す。砲声が響き渡り、異能部隊が突撃する中、早々の一時撤退を演じ車を走らせる。霧と戦いの熱に紛れ上手く第一線を切り抜けた。

「マジでうまくいった」

 炎威が後ろを振り返り遠ざかっていく機甲部隊を見つめる。

「ここまではな」

 相変わらず腕を組んだまま冷静に火璇が呟く。

 エデンを離れていくと次第に霧が薄れ晴れていく。

「二人ともかがんでおいてくださいよ」

 幾刻か走り続けると目の前にはエデンのそれよりも荒々しくそびえ立つ城壁が見えた。

 粗削りの大きな一枚岩が壁となったような壮大な壁からは、暴虐性と共に硬派な威厳が伝わってくる。いよいよと城門の近くまでたどり着く。

「私はここまでとなります。ご武運を」

 門の前で車両を止めると組員に見送られ炎威と火璇が車から降りる。戦闘態勢に入っている城壁周辺は慌ただしく隊員が行き交い、シナルの軍服を纏う炎威たちのことを気にする者はいなかった。なるべく影をひそめて城内へと侵入する。目立つ髪色と瞳の色を隠すためマントを被ったまま城内を移動する。

 砲弾を次々と運び込む隊員や燃料の補充、早くも負傷者が送り返されてくると救護へと走り回っていた。

 殺伐とした城門付近を通り抜け公邸へと向かう。大体の町の構造は教えられていたものの、ごったがえす人と思ったよりも雑多に入り組んでいる道や建物に方向を見失う。

「おい、本当にこっちであってんのかよ」

「俺も初めて来たんだ。あっているかなんて分からない」

 二人が狭い路地から大通りへと顔を出す。相変わらずやかましく響く怒鳴り声や荷を引く音がうまく炎威たちの存在をかき消している。

「炎威、とりあえず俺があっち側を探る。お前はデカいし目立つから一先ずここで――」

 なぜか背後にいたはずの炎威の気配が消えた。振り向いた火璇が息をのむ。

 炎威は突然背後を取られると首筋に冷たい何かを感じた。動いてはいけないと気配で分かる。腕の自由を奪われ、首に当てられていたのはナイフ。

「炎威――!」

 振り向いた火璇の焦る顔が炎威の瞳にうつった。

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