第12集 雪と琳

「お前の用心棒がないとは珍しい。部下を信用したか? しかしそれが仇となったな」

 ボスと思われる人物が雪蕾しゅえれいの横に立つ琳琳りんりんに目を向ける。琳琳は容姿に似合わず横柄な態度で腕を組み、ボスを睨みつける。

「おじょーちゃんみたいなか弱い子どもは不似合いだぜ?」

 ニヤニヤとした目つきに琳琳がはっと高飛車に笑う。その表情を見たボスが何かに勘付く。

「まさか、琳琳だってのか。どうしたその恰好は。あの妖艶な雰囲気に婀娜っぽい顔と体。相手の思考をひれ伏せ、肉弾戦や剣戟では敵わないと思わせるほどの魅力があった、あの琳琳なのか。そうか、これは滑稽」

 殺気立った琳琳が一歩前へ出ようとしたところで雪蕾が手を出しそれを制した。

「とりあえず要求通りの品はここに。ただし少しばかり差し引かせてもらった」

「ああ!? 足りねえんじゃ人質は返せねえよ」

「あまり手広く盗賊騒ぎを起こすな。この基地の構造配置共に漏れている。把握済みだ。市民の収容場所はすでに他の組員が張っている。私が剣を抜けばすぐに襲撃する」

 ぐぬぬとボスが黙り込む。

「よかったじゃないか、私が教えていなければいずれ他の野賊の奇襲を受けていた」

 それでも妥協は出来ないとボスが口を開く。

「最近シナルがやたらエデンに固執して攻めているときくが、狙いはなんだ?」

 雪蕾と琳琳の耳がぴくりと動く。

「資源? 人? 技術か? そりゃあどうだろうね。あんたらが護衛してるグリファってのも易々と手の内に入れていいもんかねえ」

 「どういうことだ」と雪蕾が問う。

「さあ、ここからが交渉だぜ、お嬢さん」

 その場にいた全員が一度外へと出された。炎威やんうぇいたちもしぶしぶとテントを後にする。


 半刻ほど過ぎた頃、雪蕾と琳琳がテントから出て来た。炎威がすぐに駆け寄る。

「どうだったんすか?」

「うん、いろいろと想定外だったけど。市民は無事に解放された」

 そのことではないと炎威の目が言っている。そうとは分かっていた雪蕾がなだめるように話す。

「場所を変えよう。とにかく市民は今すぐエデンに返す。炎威と火璇ふぉーしゅえんは私たちと同じ車で帰ってくれないか?」

 それはもちろんと炎威たちが頷いた。

 陽が傾くと太陽が赤く色を変える。平地に光を放てば、一面が赤に染まった。

 野賊の基地に入って以来、威勢の良かった琳琳は黙ったままだった。雪蕾が運転する車の助手席、ぼうっと外を眺めたまま言葉を発さない。車内で気まずさを感じていたのは炎威だけなのか、それは炎威には分からなかった。

 市民を乗せた車を先に行かせ、雪蕾が車を止める。廃墟となったその場所は昔は村や集落があったのだろうか。それとも野賊が一時的に住んでいたのだろうか。

「少し休もうか」

 そう言って雪蕾しゅえれいが車を降りる。炎威と火璇もそれにならって車外へと出た。

 夕日が寂れた廃墟を照らす。物悲しい風景の中を歩いていく。レンガが崩れた一角に腰を下ろした。

 炎威がキョロキョロと辺りを見回す。琳琳の姿がない。

「あれ、琳琳は?」

「ああ、きっと散歩だよ。そっとしておいてあげてくれ」

 「そっとしておく」という言い方がひっかかった。

 雪蕾が炎威たちに話し始める。

「さっき野賊のボスから聞いた話だけど。何も確証はない、一部の流れ者の間で噂されている程度だそうだが」

 もったいぶるような雪蕾の言葉に炎威が身を乗り出す。心なしか火璇もそわそわとしている。

「エデンにはカネになるクリーチャーが存在していると」

「カネになる?」

「最近のシナルの度重なる襲撃はそれを狙っているとも。またグリファがそれを嗅ぎまわっているとも。そういう噂があるらしい」

「そんなん聞いたことないっすよ」

 炎威が疑うような顔で話を聞く。しかし火璇は少し考え込み口を開いた。

「不明とされている星光体」

 驚き固まる炎威とは反対に、冷静に雪蕾が頷く。

「やっぱりそう考えるか」

「え、どういうことっすか? エデンの中に不明になってる星光体がいるんすか!?」

「それは分からない。だけどあの野賊集団はなかなか優秀でね。いかさまなネタで取引するとも考えにくい。あとの報復はリスクになるからね。だからこの件については光躍がんやおにも上げておく。何を信じるかはその後でだ」

 そう言って雪蕾が立ち上がると歩き出す。琳琳りんりんを迎えにいくのだろうか。慌てて炎威やんうぇいがその後を追った。その際にちらりと後ろに目を遣る。火璇ふぉーしゅえんが付いてこないことを確認した。

「あの! もう一つ気になっていることが」

「なんだい?」

「その、野賊とか取引とか、そういうことじゃないんすけど」

 言いにくそうにする炎威に雪蕾が優しく促す。

「琳琳の事です」

 その質問に「ああ」と納得の表情で返した。

「琳琳は2年前、私の不手際でその体を失ってしまった。前の体は今とは違って、いわゆる成熟した身体からだで誰もが見惚れるほど美しかった」

 「今もとても可愛らしいけどね」と付け足す。

「琳琳も気に入ってたし、実際に交渉にもとても有利に働いてくれた。そんな存在でいられる事に自負があったのだろう。私の役に立てていると鼻が高かったようだ」

「戦闘中にやられたんですか?」

「私を庇ってね。すぐにクリーチャーとして戻ってきてくれたけど、異能は体を選べない。新しい体を見て相当落胆していてね。私は変わらず接したつもりだけど、本人からすれば私の態度は明らかに違って見えたのかもしれない」

 どれほどの年月その体とともに過ごしてきたのかは分からない。しかしパートナーとの信頼関係は自分への自尊心があってこそ。自分が役に立てない、向けられた表情に違和感を感じる、そんな状態では自負が保てなくなるのかもしれない。

「見るかい?」

 眉間にしわを寄せ考え込む炎威に、雪蕾が胸元から何かを取り出し差し出した。

 それは一枚の写真。今と変わらない風貌の雪蕾の横にはすらりとした長身の艶やかな女性が嬉しそうに寄り添っている。

「持っていることがバレたら機嫌を悪くするかもしれないのだけど。この時も今も、私には琳琳に違いないから」

 照れたように、嬉しそうに雪蕾がはにかむ。

 それと同時に炎威は一気に今までの琳琳への態度を後悔した。顔を両手でパンパンと叩き、自分を叱咤する。

「ああ、あんなところに」

 雪蕾が崩れた塀の上で夕日を眺める琳琳を見つける。近づいていく雪蕾の背中を、炎威は離れた場所から見守った。

「こんな体、やはり雪蕾しゅえれいには吊り合わないな」

 ぽそりと呟いた琳琳りんりんの言葉に雪蕾が眉をひそめ笑う。塀の上に座り込む琳琳に手を差しだした。

「そんなところにいては危ない。さあ、降りよう」

 琳琳が雪蕾の方に振り向くと、麗しい人が自分へ心配まじりの笑顔を向けている。

「琳琳、君は強くて勇敢で優しくて、とても綺麗な、唯一無二の私のパートナーだよ」

 ようやく琳琳が雪蕾の手を取ると塀から飛び降りた。離れた場所で心配そうに見守る炎威を見つける。

琳姉りんねえさん! これからもいろいろ教えてやってください!」

 炎威が深々と頭を下げる。

「なんだ。雪蕾のつまらん話に感化でもされたか。単純なヤツだな」

 それでもふっと緩んだ琳琳の顔に炎威の表情がぱっと明るくなる。嬉しそうに雪蕾たちに付いて元の場所に戻ってくると、退屈そうに火璇があくびをしながら待っていた。

「じゃあ、エデンに戻ろうか」

 「あ、そういえば」と炎威が思い出す。

「野賊から聞いた星光体の話の対価は?」

 炎威の問いに雪蕾が両手をあげてみせる。

「全部渡してきた」

 用意していた金の事だろう。不意な取引話とはいえ、光躍が許してくれるのだろうか。

 炎威が不安そうな顔をしていると、それを見た琳琳が口を開く。それは今までになく炎威にも対等な口ぶりだった。

「こちらにも質したい事があってな」

「光躍さんにですか?」

「そうだ。私が体を失ったのが2年前。それから新しい体へ戻り、少しばかりタンクの中で過ごしておった。その時にグリファの研究員が何やら話しておってな。まあ、まさか意識のあるクリーチャーがいるなど思っていなかったのだろう」

「それがあと一つの星光体の保管場所を探しているような内容だったらしい」

 琳琳の話に雪蕾が付け足す。

「それだけでない。光躍がんやお金瑞ちんるいもだ。あの研究室には奥に続く部屋がある。まるで隠し部屋だ。そこへこそこそと出入りしておった」

 始めて聞く話に炎威や火璇も驚きを隠せないでいる。

 グリファのみならず光躍も何かを隠している。それが本当に不明の星光体に関することなのだろうか。いや、そうでないにしても火璇や雪蕾たちにも隠し事をしているとはにわかに信じがたい。

「だから私は直接訊いてみようと思ってね」

 そういうと雪蕾が車の方へと歩き出す。雪蕾と琳琳の存在は、黒い牙内の正当性を維持させる役を担っているのかもしれない。疑う事ではない、信じる事でだ。

 炎威は二人の背中に武力とは違った強さを教えられる。


 今日一日だけでいろいろな事を知り、学んだ。黒い牙内部で何が起こっているのかはまだ炎威が首を突っ込めることではない。それよりも、今日一番頭の中をぐるぐると巡っていたのは――。

 火璇ふぉーしゅえんの横顔を見る。それはいつもと変わらぬ涼しい顔をしていた。しかしは不変とは違うのだ。

 雪蕾と琳琳が車に乗り込む。続いて車のドアに手をかけた火璇の腕を炎威が掴んだ。思わず振り向いた火璇の顔をじっと見つめる。

「いやあ、そうなんだけど、分かっちゃいるけど、でもなあ」

 わけの分からない独り言に火璇が怪訝な表情になる。

「やっぱお前がその顔ですげえ笑うとこ見るまでは手放せないよなあ」

 「うんうん」と一人納得して車に乗り込む炎威。

 「はあ!?」と火璇にしては珍しく張り上げた声が夕焼けの空に響いた。

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