第11集 孔雀、現る

 グリファでの野賊襲来は空霄こんしゃおたちの活躍で幕を閉じた。しかしそれを悔しがる男はさらに稽古に精を出す。炎威やんうぇいが今日も城内にある屋外演習場で得物を振り回す。

 この日は雲一つない晴天で、太陽の光がギラつき鋭く地を刺していた。周りの組員たちが暑さにへばり陰で休む中、さすがの炎威も手を止め汗を拭った。

 青い空を仰ぎ眩しさに目を細めると、離れたところから刃物がぶつかり合う音と組員であろう男の叫び声が聞こえて来た。だれかが建物伝いに擬戦ぎせんをしているのだろう。しかし、その悲鳴が一人二人、三人と増えていく。よほどの剣士がいるのかと、つい興味をそそられた。その時、建物の屋根から一つの影が飛び出した。空を飛ぶその影は太陽の光を集める。携えている武器が反射して強く光る。炎威が空を舞う影に目を凝らす。瞳に飛び込んできたのは想像したよりも華奢でしなやかな体。派手を好む黒い牙には珍しく、黒一色の衣服を纏う。何より目を引かれたのは品よく切りそろえられたショートカットヘア。ふわりと風を含み靡くそれは黒々と艶めく。陽光が当たると黒の中に緑や青、赤が反映する。それを表現するならば、そう、孔雀だ。まるで孔雀の羽のような光彩だった。

 炎威の目の前に降り立った孔雀は、すぐに囲んできた組員たちを一刀両断で斬り捨てる。もちろん演習用の刀なのだが、孔雀を囲んでいた組員たちはその場に崩れ落ちた。

「すげえ……」

 こんなにも太刀筋の美しい人は見たことがない。こんなもの誰だって見惚れずにはいられない。

 刀を鞘に納めた孔雀が炎威に気付いた。

「あ、あの! 俺に稽古つけてくれませんか!」

 初対面に臆することなく、直球で掛けられた声に驚いたのは孔雀の方だった。しかし丸くした目をすぐに細めると、この上なく上品に微笑んだ。その美麗さに思わず炎威の頬が染まる。

 背筋を伸ばしたまま炎威に歩み寄るとすっと手を差しだした。

「炎威だよね。はじめまして」

 凛と張った清々しい声に炎威の背筋も伸びる。

「あ、あの、はじめまして! あなたも黒い牙の」

「炎威と同じ香頭しゃんとうに所属している。雪蕾しゅえれいだ。よろしく」

 炎威がはっと気づく。と言うことは、残りの香頭のメンバー。異能は星光体ではないが、今の炎威では敵わないと空霄に教えてもらった器。そして何より驚いたことが、

「女性だったんすね!?」

「そうだ」

「てっきり男性かと。いや、すげえカッコよかったもんで」

 炎威が雪蕾の手を握り返す。雪蕾は炎威の勘違いにも気を悪くする事なく握手を交わした。しかし思わぬ方向から罵声が飛んできた。

「失礼な男だな!」

 声の方を見ると、天籟てんらいよりも幼く見える少女が炎威を睨んでいる。

「このような麗人をどうしたら見間違う。貴様の目は節穴か?」

 見た目の幼さからは想像もつかない程に上から物を言う。

「いや、だって、あんな人数相手に引けをとらねえからさ。単純にカッコいいって思ったんだよ」

「貴様が雪蕾と手合わせするなど百年早いわ。わきまえろ」

 炎威があまりの気迫にあたふたしていると雪蕾が少女を咎める。

琳琳りんりん、こちらが名乗る前からその様な態度ではいけない。炎威は仲間だ。礼を持って接するが儀」

 雪蕾の言葉に頬を膨らませながら少女が一歩下がる。嫌々に手を差しだした。

「雪蕾のパートナーでありクリーチャーの琳琳だ」

 手のひらを返したようにしおらしくなった琳琳に苦笑しながら炎威も手を握り返した。

「炎威です。雪蕾さんのクリーチャーだったのか」

「貴様も礼をもって接さんか。こちらの方が先輩で目上ぞ」

 「すんません」と頭を下げると頭を搔く。そう言われて尚、琳琳の外見はやはり可愛らしいと言う言葉が似あう。黙っていればの話だが。

「いやあ、琳琳……さんは幼くて可愛いっちゅうか、戦闘の仲間ってよりも妹が出来たみたいで――」

 パンッ――。乾いた音が響いた。差し出された炎威の手が琳琳にはたかれ、行き場をなくしている。炎威を見る瞳は再び冷たさを帯びている。何が起きたのか、何かがまずかったのか炎威には分からない。しかしこの時雪蕾が琳琳を咎めることはなかった。分からないほどにしかめた顔で、ただその様子を眺めていた。

 ふんっと息を荒げ炎威やんうぇいに背を向けてしまった琳琳に戸惑っていると、雪蕾しゅえれいが「すまない」と代わりに謝辞を入れた。

「いえ、えっとお。あの、雪蕾さんはずっと外での任務に就いていると聞きました」

 気まずい空気に炎威が話題を変える。

「ああ、私は主に輸送団の護衛に就いている。だから城内にいる事の方が少ない」

「輸送団の護衛ですか」

 エデンの織物――もとより酒や武器やクスリ――は東区域から外へ出ると、以東の国々へと運ばれる。しかしそこで懸念されるのが野賊の襲撃だった。もちろんそこには物資の強奪という目的もあったのだが、こちらにとってはそれ以上に厄介な事があった。

「それより琳琳、ここへ来たのは何か用があったのか?」

「ああ、そうだった。今しがた輸送団より通達があった。ここより150kmほどの地点にて輸送団が野賊に拉致誘拐された。直ちに向かえとの達しだ」

「野賊に誘拐!?」

 驚き声をあげたのは炎威だけで、雪蕾は何事もないように表情を崩さない。

「市民が捕まってんすか!? 野賊にブツ渡したら見逃すのが暗黙の了解っしょ」

「わっぱ、あの世界はそんなに綺麗にはできておらん」

 炎威のことを少女の姿をしたクリーチャーがわっぱと呼ぶ。先ほどの件で完全に一戦を引かれたらしい。それでも炎威に引く気はない。

「じゃあ、はやく行って野賊ぶっ倒しましょう!」

 雪蕾が踵を返すと主楼へと歩き出す。その落ち着いた背中を炎威がそわそわしながら追いかける。

「なら炎威も共に来るか。これも経験だ」

「はい! 相手に異能がいようと、負けません」

 威勢のいい炎威を雪蕾と琳琳が横目にチラリとみる。雪蕾がその元気のよさにふっと笑んだ。

「炎威、今回拳は必要ない。しまっておけ」

 炎威の頭にはクエスチョンマークが浮かんでいたが、今はそれ以上の説明はされなかった。


 主楼の一階入り口にはめずらしく光躍がんやお金瑞ちんるいが待ち構えていた。雪蕾しゅえれいが姿を現すと、そのまま外郭の門へ向かう。横に並び歩きながら光躍が話す。

「すまないな、帰還してすぐに」

「いや、構わない。それで現状は」

「パーレイを宣言。金はすでに積ませた。全てを渡す気はないがな」

「まあ、いつも通りか」

「しかし今回はなぜか強気に出てきてるところがひっかかる。一応気にしておいてくれ」

 門の前に停められている数台の車に雪蕾たちが乗り込む。

「やはり雪蕾がついていないと心もとないな」

 乗り込む雪蕾に光躍が声を掛けた。

「みんなこうやって経験を積んでいく。私たちがそれを助けてやればいい」

 炎威がその言葉に目を輝かせる。雪蕾の人格にすっかり魅了された炎威がその後ろに止められた車のドアを開けた。

「うお! 火璇ふぉーしゅえん!?」

 後部座席には腕を組み、不機嫌そうな顔をした火璇が座っていた。不機嫌そうな顔というと、いつものことかと炎威が考える。

「なんだ、いたのか」

「いちゃ悪いか」

「いや、言ってねえだろ。火璇も行くのか?」

「お前が行くなら俺も行く。茶を飲んでいたらいきなり連れ出されてこれだ」

 「いい茶菓子が手に入ったのに」とぽそりと呟く。なるほど機嫌が悪い理由が分かった。


 一時間少し車を走らせると、平野に仮設テントや戦闘車両が並ぶ一帯に到着した。ここが一時的な野賊の拠点になっているらしい。

 車の中で地味なマントを目深に被せさせられる。威圧感の強すぎる見た目は都合が悪いらしい。火璇も赤い髪とフローライトの目を隠すためにマントを着込んだ。

「なあ、野賊をガチボコにするんじゃねーのかよ」

 声をひそめ、火璇の耳元でささやく。

「パーレイを宣言していると聞いてないのか?」

 「パーレイ?」と首を傾げる炎威に息を吐く。

「休戦協定。各々が条件を出し合い、お互いにのむ。こういうトップにブレーンがいるような組織化された野賊には交渉が効く。それも分からないバカ相手にはぶっ潰すのが一番だけどな」

 たまに火璇から漏れる物騒な言葉に炎威が苦い顔で笑う。

「雪蕾は外での顔が効く。俺たちがしゃしゃり出るより交渉も円滑に進む。他の香頭が出張ってきているなんて事実は分が悪い」

 なるほどと炎威が感心する。前方を歩く雪蕾に尊敬の眼差しを向けた。


 基地の一番奥にあるテントに到着すると入り口が開けられた。中に入ると、野賊にしては裕福そうな体型に上等な服を纏う人物が机に坐していた。

「おお、雪蕾、久しぶりだな」

 雪蕾が野賊相手に規律正しく、ぺこりと頭を下げた。

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