第10集 空と天

「いやあ、まさか巨大組織で有名な野賊様が詰めかけるとはね」

 前方には機甲群が布陣を張り、様々な武器を携えた武装集団が前線を固める。空霄こんしゃおが特大のロケットランチャーを構えた。

『こっちは非武装だか中立だかで大砲ひとつねえのによ。あいつら異能集団まで持ってやがる』

「それもでな」

 野賊などがクリーチャーを持つことは難しく、今でも人間の体に異能を宿し使役している。正統都市であれば今はもう倫理に反するとされるその行為も、野賊にとっては捨てることができない力だった。

「とりあえず一発ぶっ放す! 間髪入れず突っ込めよ!」

 空霄がランチャーのトリガーに指をかける。相手からの攻撃がない限り、グリファとしては武力を行使できない。空霄の発砲が突入の合図だった。

 じりじりと野賊が詰め寄る。静まる平野に耳を澄ませる。まるで空気を伝い盗聴器を聞いているかのように少しの音も漏らすまいと集中する。天籟てんらい変化へんげした武器を構えているからだろうか、いつもより五感が鋭くなる。空霄がゆっくりと息を吸い薄く吐いた。

 ――カチリ。

 金属同士が当たる微かな音が届いた。刹那、空霄がトリガーを思い切り引く。野賊の砲撃音が轟いたコンマ一秒後にランチャーが発射される。両者から煙が上がり爆撃音が鳴り渡ると、両方の異能部隊が相手陣目掛けて進撃を開始した。

「一発と思うなよ」

 空霄がニヤリと笑うとランチャーを空に向ける。続けて二発、三発、四発、合計六発の砲弾を撃ち込んだ。弾はまるで魂が宿っているかのように空を舞い、野賊の砲弾を次々と撃破していく。

『俺の手柄だ、忘れんな』

「いちいち煩いねえ、ガキは」

 そう言うと自らも野賊目掛けて突入する。

 襲い掛かってくる刃物や柄物を銃で受ける。はじき返すと瞬時に発砲し相手を倒していく。目標は機甲隊。これさえ潰せば野賊は撤退せざるを得ない。

「もうちょっとバレルのなげえヤツくれないかねえ」

『近距離戦考えてやってんだろ。防御は自分でなんとかしろ』

 はあと息を吐くと持ち替えたマシンガンを周辺目掛けて連射する。急襲する飛箭ひせんを全て撃ち落とすと、ひるんだ部隊の間を縫い後方へと攻め込む。

「特大の見舞ってやれ」

 地面に滑り込むと片膝を立て、肩に武器を担ぐ。瞬時に照準を合わせるとトリガーを引く。担がれたミサイルランチャーから9発のミサイルが次々と発射される。

「隊長車には当てんなよ」

 ミサイルが戦車砲に次から次へと着弾し爆破していく。ついには指揮隊車から信号弾が上がった。撤退しようとする野賊をエデンの組員たちが追撃する。ついには降参した野賊が両手をあげその場に膝まづいた。

「オッケーオッケー。一丁上がり」

 空霄こんしゃおが服に付いた埃を叩き落とすと身なりを整える。そこへ炎威やんうぇい火璇ふぉーしゅえんが駆けつけて来た。

「え、もう片付いたんすか? 全然出番なし」

「遅かったねえ諸君。事態には俊敏な動きが必要なのだよ」

 肩を落とす背中を自慢げな空霄が叩く。

「オッサンにしてはまあまあの判断力だったな」

「おいガキンチョ、てめえもみくちゃなってる時は防御力ある銃出せっつてるだろおが」

「くるくる銃変えてるんじゃ一瞬の判断ミスが仇になんだろ」

「そこは信頼しろや」

「だから、してるから――」

 そこまで天籟てんらいが反論するとぐぬぬと黙り込む。そのままいがみ合いながら二人がその場を離れていく。

 相変わらずの二人の背中を炎威があんぐりと口を開けたまま見送る。

「なあ火璇。あの二人すげえ強いけど、やっぱりすげえ仲悪いんな」

「あの人たちはああやって折り合いを付けようとしているんだろ」

 案の定炎威が意味が分からないと首をひねる。

「クリーチャーの体は老いないことは知ってるか?」

 「空霄さんに聞いた」と炎威が返す。

異能俺らはいつだって器の死を看取ってきた。戦いに敗れたり、寿命だったり。解放されたと喜ぶ事もあったが悲しい方が多かった。人間の老いはまるで別れを自覚させられるように感じる。そして人間は自分が老いていくことに、何にも縋ることが出来ない無常を感じる。異能も人間も、離れていく時間にまるで相手から取り残されていくような遣り切れなさを感じる。そんなほの暗い感情を紛らわすためにああやって言い合うフリをしてるんだろ」

 「本当は誰よりもお互いを誇りに思っている」と火璇が付け足す。炎威が改めて二人の背中を眺める。そう聞いてしまえば、二人の間の絆に思いを馳せずにはいられなかった。



 空霄こんしゃお天籟てんらいが出会ったのは23年前。今の香頭しゃんとうの中では一番長くパートナーを組んでいる。

 空霄が15歳の時に出会ったクリーチャーは、まるで同い年のような見た目だった。お互いがそう感じたからか、仲を深めるのに無駄な策も時間もいらなかった。

「俺、空霄ってんだ。よろしくな」

 差し出された手に少しだけ戸惑いを感じた。いつも自分よりずっと大人の姿をした器ばかりだった。「子ども扱い」というヤツを受けて来た。それなのに、空霄は全く自分と対等に接してくる。鏡に映る二人の姿を見れば、背格好もまるで同じ。しかし性格は空霄の方が子供っぽかった。天籟とは生きている年月が違う。当たり前のことだが、しかしそれが嬉しかった。

「天籟だ。なんでも聞けよ相棒」

 そうやって手を取り、「黒い牙で一番強いパートナーになろうぜ」なんて、夢を語り約束をした。

 しかし初陣で天籟は脳天を撃ち抜かれた。

 空霄と天籟の戦闘は圧巻だった。お互いの思惑が手に取るように分かる。どう切り込み、どう攻め落とすか。天籟は楽しいと感じていた。空霄と戦う事に心が躍った。それなのに――。

「天籟。みんな死んだ。こいつらは俺が殺した。お゛れ゛か゛こ゛ろ゛し゛た゛」

 だくだくと流れる涙に顔を濡らし、その場に崩れる空霄に頭を殴られた感覚を覚えた。

「何言ってんだよ。俺らは黒い牙だぜ。敵を殺るのが仕事だろ!?」

 空霄の言葉に、ふるふると首を振る空霄に、ショックを受けたのだろう。

「こんなの、いつものことだろ。俺はいつもやってきた。こうやってエデンを守ってきた。一番になるって約束しただろ。二人で! 一番強くなるって!」

「でも俺が……みんなの命……これからも」

 文章にならない思いが溢れだす。

 天籟にとって当たり前になっていた事が間違いだと否定された気がした。

 今まではそれが正解だった。器は自分の功績をあげるため、当たり前のように異能を使い敵と呼ぶものを討ってきた。殲滅させられればお前のお陰だと褒められ、負ければお前のせいだと虐げられた。

 でも空霄は今までの器とは違う。これからこの苦しみに耐えて、慣れて、麻痺して、戦っていかなくてはいけないのだ。

 天籟が空霄の頭をぎゅっと抱くとその頭を乱雑に撫でまわす。

じゃない。だ。『赤がり、赤をう、罪と知りて紅楼の夢を見る――同流合汚トンリュウハウ』」

 天籟の言葉に空霄がはっと顔をあげる。

「お前の中にもあったか? 器に刻まれた言葉だ」

「頭の中に浮かんでた。不思議だと、ずっと思ってた」

 天籟が空霄の濡れた頬をごしごしとこすってやる。

「『共に罪を背負う』。異能と器はそういう関係だ。お前一人が背負うな。俺も一緒に背負ってやる」

 先ほどまでぐしゃぐしゃだった空霄の顔が少し和らいだ。それを見ると天籟もやっと安心する。

「人を殺すことは必ず必要となる。だからこそ、俺の存在を忘れるな」

 天籟がニカっと笑うと、こくこくと空霄が何度も頷いた。

 それから数年も経てば、空霄の背丈はみるみる高くなり、ガタイは大きくなった。顔つきもどんどんと大人っぽくなり、鏡に映る二人はまるで年の離れた兄弟のようだった。


「おい! 今日の立ち回りはどういうことだよ!」

 空霄こんしゃおが怒鳴る。

 その日もシナルの攻撃を迎え撃ち、見事に撃退した。前線で活躍したのは空霄と天籟てんらいだった。その頃にはもう先陣を切るほど無二のパートナーとなっていた。

 それなのにその日は天籟の機嫌が悪く、空霄の言葉を無視するように先を歩く。苛立った空霄が天籟の肩を掴み強引に振り向かせる。怒りで覆われた瞳が空霄を睨んだ。

「『どういうこと』だ!? テメエこそどういうつもりだよ。敵中に飛び込んだかと思えばバカスカ撃ちやがって。今日相手は何人死んだ!?」

「仕方ねえだろ。黒い牙こっちが手薄だった分半端にやるわけにはいかなかったろ。それとも手柔らかにやって、やられればよかったっていうのか!? 殺す必要もあるって言ってたのはテメエだろうが」

 投げやりな言葉に天籟の我慢が限界を超えた。見上げるほど自分よりも大きくなった空霄の胸ぐらを掴み上げる。

「人間ってのは寿命が短い分記憶力も薄いのかよ、あぁ゛!? テメエが撃ち抜けと命じて俺をぶっ放す。テメエはトリガーを引くだけかもしれねえけどな、相手の体を貫通して致命傷を負わすのは俺なんだよ分かってんのか」

 「そんなことは分かっている」と空霄が困惑している。天籟が何に対して怒っているのか分からない。自分が何かを忘れているようでならない。

 話が通じないと天籟が空霄を離すとそのまま立ち去っていく。

 どうしたものかと主楼をうろついていると、同じく戦場から戻っていた金瑞ちんるいと鉢合わせた。金瑞には最近新しい器が現れ、パートナーを組みだした。器は13歳。史上最年少で金瑞の器として黒い牙に入り、圧倒的な強さを誇っている。空霄でさえ、これがカリスマかと一目置く存在だった。

 そんな金瑞は空霄にとっては入団当初からのよき相談相手でもあった。

「なんか今日はガキの機嫌が悪い」

 金瑞が先の空霄の戦闘ぶりを思い出して話す。

「早く片付けたいのは分かるけどね。君らしくないよ、今日の戦い方は」

「やっちまえそうだからやっただけだろ」

「うーん、そうじゃなくて」

「俺はいつも通りだったよ。戦いに慣れた俺が嫌なのか? 命に麻痺した俺に失望してるのか? そんなのとっくの昔に捨ててただろ」

 金瑞がふうと息を付くと困った様に笑う。

「異能にとっては10年前なんてつい最近のことみたいで、よく覚えてる。天籟が自慢げに話してくれたなあ。『今度の器は今までのヤツと全然違う。命の重みを誰よりも知っていて、自分と対等な立場で接する。あいつには俺の分まで背負わせられる』だったかな。僕は天籟の悦に入った嬉しそうな顔をよく覚えているよ。人間って10年ぽっちでそんな大事なことも忘れるんだ?」

 金瑞が哀れむような笑顔を空霄に向ける。

 金瑞の言葉で思い出した。いや、忘れていたわけじゃない。天籟が隣にいることに驕っていた。ぞんざいさがいつの間にか身に沁みついてしまっていた。自分に科された罪など忘れていた。

 気付けば金瑞に挨拶をすることなく来た道を引き返し走り出していた。廊下を歩く天籟の後ろ姿を見つけると腕を掴み引き留める。天籟の驚いた顔は、突然腕を掴まれたからではない。悲痛に歪んだ空霄の顔がそこにあったからだった。

「すまん」

「殺すなって言ってるんじゃない」

「分かってる。お前一人に全てを負わせた」

 息を切らした空霄が天籟の反応を待っている。

「人間ってのはすぐに変わっていく。見た目も考え方も、心の在り方も。戦闘を繰り返していれば一つ一つの重さも変わる。正直そんなことはどうでもいい」

 空霄が何度も頷く。

「でもな空霄、俺に対する思いだけは変えるな」

 始めて「共に罪を背負う」ことが出来ると思えた。他に対する命の重さが変われど、その誓いの重さだけは変わることが許せなかった。異能とは、そういう生き物なのかもしれない。

「すまん」

 そう謝る空霄の顔は情けなくて、15歳だったころの面影を感じた。それと同時に時間が離れていく感覚を強く覚えた。

「勝手にオッサンになってんじゃねえよ」

「てめえこそガキのまま止まってんじゃねえよ」

 泣きそうな顔はあの頃のままなのに、時間は無情に二人を最期へと誘っていく。だからせめて、最後まで。




 空霄こんしゃおが主楼の一角にある部屋をノックする。入室の許可が告げられるとドアを開けた。

 部屋の中で書類に目を通していたのは光躍がんやおだった。

「すまないな、空霄。いつも苦労をかける」

 光躍が書類に視線を落としたまま口を開いた。

「いいや、いいってことよ。あんたと金瑞ちんるいのお陰で未だ天籟てんらいとバカやってられる。俺の死に際はあいつに看取らせんといかんのでな」

 手にしていた書類を机に置くと、光躍が顔をあげる。その瞳が少しばかり悲しみを宿しているようにも見えた。

「ああ、この前グリファへ派出した際の調査報告だったな。安心しろ、もう一つの星光体のことは天籟以外、誰にも話してねえよ。ただ大した成果は得られんくてな」

 空霄が煙草に火をつける。「続けてくれ」と光躍が促した。

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