第9集 ソルシステム

 最近ではシナルの動向も大人しくなっていた。度重なる戦闘のため態勢を立て直しているのか、はたまた湖光ふーがんがまた別の策を考えているのかは分からない。しかし懸念はシナルだけではない。野賊やぞくの襲撃。炎威やんうぇいが市街に住んでいた時にはむしろこちらの方が身近な脅威であった。狙われるのは市街や市民だからだ。

 いつ誰が攻めてきてもいいようにと今日も炎威は稽古に励む。すると道場の入り口に火璇ふぉーしゅえんが現れた。

「火璇? 道場に顔を出すなんてめずらしいな」

 汗で濡れたタンクトップを脱ぎ捨てると、タオルで雑に顔や頭、体を拭いていく。最初に黒い牙に来たときよりも明らかに体つきが変わっていた。

空霄こんしゃおさんが呼んでる」

「俺を?」

を」

 そう伝えるとさっさと主楼に向けて歩き出す。炎威がその後を慌てて追った。

 香頭しゃんとうが集まる集会室に赴くと、部屋にはすでに空霄と天籟てんらいが待っていた。

「どしたんすか?」

 空霄に促され、炎威と火璇も席に着く。空霄が煙草を燻らせながら話し始めた。

「いやなに、身構える話じゃねえよ。知ってると思うが、エデン以東の非武装都市は黒い牙から組員を派遣して防衛組織を構築してるだろ。で、エデンとシナルと三点を結ぶように位置してるグリファも非武装都市であり中立国となってる」

 「それは知ってます」と炎威が相槌を打つ。

「で、グリファの防衛組織はエデンとシナルが交代で担ってるわけなんだが、明日から一週間俺と天籟が向かうことになった。それで炎威、お前も知っておいた方がいいから着いて来いってよ」

光躍がんやおからのお達しだかんな。ほぼ強制な」

 天籟がニヤっと二人を見る。

「驕ってるわけじゃないんすけど、香頭から四人も抜けていいんですか?」

 空霄が短くなった煙草の火を灰皿に捩じり消す。

「ああ、それなら今外に出てるヤツが戻ってくっから、まあ大丈夫だろ」

「四人目の星光体せいこうたいの方ですか?」

「なんだよ、その辺の事も教えてなかったわけ?」

 天籟が呆れたように火璇を見ると、「機会がなかっただけです」と気まずそうにそっぽを向く。天籟が空霄に視線を送ると、空霄は仕方ないと話し始めた。

炎威やんうぇいもなんとなく知っていると思うが、異能はエネルギー源であるソルと共に発生し存在している。中でも強力とされる星光体ってのは7体あると伝えられている。エデンが金瑞ちんるい天籟てんらい火璇ふぉーしゅえんを保有し、シナルが劉地りゅうでぃ水晶すいちん海燕はいやんを持つ」

「あれ、あと一人は?」

「そうなんだよ、それがってことになっててな。60年以上姿を見せていない」

「でもどっかにいるんですよね?」

「そういう話だ」

 納得いかないように腕を組み考え込む炎威。

「じゃあソルってのもどっかに存在してるんすか?」

「それはグリファに行けば分かる」

 「百聞は一見に如かずだ」ともう一本の煙草に火をつけた。説明が面倒くさくなっただけだろうと天籟があきれ顔を向ける。

「あの、話戻すんですけど。てことは香頭のあと二人って」

「クリーチャーと器だが、星光体じゃあない」

「香頭って星光体で構成されてるんだと思ってました」

 炎威の言葉に空霄がニヤついた。

「普通はな。ただアイツは強えぞ。今のお前さんよりは確実にな」

 煙草の火口ほぐちで炎威を指すと豪快に笑う。

 また重要な事を話してくれていなかったと責めるように炎威が火璇を睨む。当の本人は悪びれる様子もなくそっぽを向いている。

 空霄が「出発までは準備など好きにしていればいい」と炎威たちに伝えると部屋から追い出す。炎威と火璇が部屋を出ていったところで大きく煙を吸い込み吐き出した。

「『あと一体の星光体は不明』ねえ。オッサンになると嘘も上手くなるもんだわ」

 天籟の言葉に苛立ちを抑えるようにヤニを吸う。

「うっせえ。ガキに喋らせたら口滑らすからな。それに手前が汚れ役押し付けて来たんだろおが」

 空霄が責めると、天籟は「知らないね」とこちらも知らんぷりをかました。



 翌日、空霄こんしゃおたちに引き連れられ100名あまりの組員と共にグリファに赴く。

 エデンとは違い壮大な緑に囲まれながら、山の麓には同じ形ばかりで色や装飾のない無機質な建物が軒を連ねる。大型の建物が点在しており、それらはほとんどが研究施設だと言う。自然と科学が共存する都市。グリファは昔からバイオ技術や医療などの研究で国を建て、付加価値産業を強みとしてきた。そして一切の武装をせず、中立国としてあり続けてきたのだ。

 前任の組員からの引継ぎを終えるとそれぞれが各地の駐在所に散らばった。しかし空霄や炎威やんうぇいら四人は単独で庁舎に招かれていた。迎賓館が備えられているその施設に案内されると、仰々しい客室に通される。テーブルランナーが一筋に敷かれた長テーブルに四人が座る。すると重々しい扉が開く音と共に一人の男が姿を現した。ひょろりとした体格と顔に、細い縁の眼鏡。黒い牙では見かけないほどか細い体つきだが、眼鏡からのぞく目は細長く吊り上がり、視線が刺さればぞくっと背筋が冷えるようだった。

「遠路はるばるご苦労だったね」

 馴れ馴れしく近づき手を差しだす男に空霄たちが席を立つ。不敵な表情を浮かべる男に、空霄は形式的に握手に応じた。

「そちらは?」

「ああ、新しい黒い牙の組員の炎威だ。炎威、こちらはグリファ領主補佐の一君いーじゅんだ」

 炎威がぺこりと会釈すると、その後ろで火璇ふぉーしゅえんが丁重に頭を下げた。一君が火璇に微笑むと、次に炎威には目を細め興味深そうな視線を向けた。それは関心というよりも奇異の色を示していた。

「火璇の器。意外と早く現れたもんだ。それにしてもなんというか、以前の――」

 ゴホンとわざとらしい空霄の咳払いが会話を遮る。

「グリファは中立国であり、クリーチャーの研究にも協力してくれている。もちろんシナルもグリファの技術に世話になってる。一君はソルシステム研究の第一人者なんだ」

 ほおっと炎威が純粋に尊敬の眼差しを向けると、一君がその視線をうざったようにする。

「クリーチャーが眠ってるタンクとかも、一君さんが関係してるんすか? でも武力を持たない都市なのになんで協力なんて」

「ただの興味ですよ。それにこれは対価でもある。戦争や争い事に巻き込まれるのはごめんです。私はグリファの平穏と繁栄を一番に望んでいるのですよ」

 ずれた眼鏡を中指で直しながら一君いーじゅんが答える。炎威を見る目がどうも刺々しい。空霄が割って入るように口を開いた。

「そういや炎威はソルが気になってたんだろ? 火璇、連れてってやれよ。別にいいだろ、一君?」

 どうぞと手のひらを上に向け扉の方を差し示す。空霄に急かされるように炎威と火璇が廊下へと出た。

「なあ、ソルって一体何なんだ?」

「空霄さんも言ってただろ。百聞は一見に如かず」

 慣れた様子で火璇が施設内を先導する。一階へ降り、扉をくぐると中庭のような場所に出た。様々な木や草花が植えられ、芝生が青々と茂る。石畳の道を歩いているととても気持ちよくなる。ここまで豊かな自然を体感したことがなかった炎威はキョロキョロと落ち着かない様子で歩く。

 広い庭を突っ切るとその先にも大きな扉が立ちはだかっていた。建物の中に入るとグリファの研究員数名に声を掛けられ訊問を受ける。火璇に対してではない、炎威にのみ行われた。

「名前と所属を」

「えと、エデンの黒い牙から派出されて来た炎威です」

 警備にあたっているのも黒い牙の組員たちだ。どう見ても炎威が組員な事に違いはない。研究員たちが火璇の態度や、警備の組員が頷くのを見てその場を通した。きっと形式的な事なのだろう。

 建物の奥の扉を開ける。するとそこには再び庭が広がっていた。しかし今度は円形の壁に囲まれた庭。頭上にはガラス屋根が広がり、そこから日光が差し込んでくる。緑が手入れされたその庭の中央には、差し込む陽のように発光する何かがあった。

 地に浮かぶ直系2mほどの球状発光体。炎威が近づくと、目を細め凝視する。

「これが、ソル?」

「300年前突如として現れた。そしてこれに吸い寄せられるように異能が集まった」

 見ると球体の周りにも小さな光が浮遊している。

「この周りに浮いてるやつがそうなのか。特に大きい光が星光体?」

 火璇ふぉーしゅえんが頷く。

 青、金、赤、緑、黄、白。

「六つ? あと一つが空霄こんしゃおさんが言ってた不明の星光体?」

「いや、流涛るーたおの異能、海燕はいやんだ。まだ戻ってなかったのか」

 炎威が以前の戦闘で光躍がんやおが倒したクリーチャーを思い出す。大人しそうで、争い事より本を読む事が似合いそうな少年だった。

「こうやって今いる異能が形として現れるけわか」

 ということは、あと一つの星光体は存在しているのに行方が不明ということなのだろうか。炎威が目を凝らしソルを見つめる。

「塵のように光っているものも、すべて異能だと考えていい。これがソルシステムの全貌だ」

「これって中立国だからって理由でグリファが管理してるのか?」

「どうだか。たまたまグリファの領域内に現れたのか、ソルを管理するためこの都市が作られたのか。俺も生まれた時の事はよく分からない」

火璇ふぉーしゅえんは、生まれた時からずっと戦ってきたのか?」

 未だに吸い寄せられるようにソルを見つめる炎威の横顔は真剣な面持ちだった。

「どうだったかな。最初はドラゴンの姿で空を自由に飛んでいた気がする。しかし器が現れると奴隷のような扱いを受けたこともあった。神の様に崇められた事もあったし、気付けば異能は東西に離され争いが始まっていた」

 火璇が長い記憶を辿るように遠くを見つめる。

「辛くないか?」

 炎威の言葉に驚き目を見張った。まさかそんな事を訊かれるだなんて思ってもみなかった。今を生きる者にとって、異能は戦う為の手段、兵器。それは異能たち自身も当たり前に受け入れていた事だ。それなのに炎威こいつはそんなことを訊く。

「バカの面倒をみるのはそこそこ楽しい」

「おい、俺は真剣に――」

 ふざけた口調の火璇に声を荒げ振り向く。しかしその横顔に唖然とした。

「火璇、お前、笑ってるのか?」

 「はあ?」と顔を歪ませて不機嫌になる火璇。しかし確かにさっき炎威が見た横顔は、今までになく穏やかだったのだ。なだらかに下がった眉と優しい目元、緩んだ頬をソルの光が柔らかく照らしていたのだ。

 炎威が何も言えず固まっていると、突然扉が開き組員が駆け込んできた。

「野賊だ!」

 その言葉に炎威と火璇が顔を見合わせる。すぐに施設の外へと駆け出した。


 山を中心に城壁に囲まれたグリファの都市。10mほどそびえ立つその壁の上から空霄こんしゃお天籟てんらいが壁外を眺めていた。視線の先には巨大野賊の集団が迫る。

 天籟が額に手をかざし野賊を確認する。

「手ぶらで帰っちゃあ光躍がんやおに叱られるとこだったし丁度いい」

「ドラゴンはなしだ。星光体がいると分かればすぐに引くだろうからな」

「俺は火薬爆発に弱いから鼻からそのつもり。それに賊は確実にしとめなきゃ手柄になんない、だろ?」

炎威たちあいつらが来る前に終わらせたいねえ」

 空霄が壁から飛び降りる。他の組員たちも一斉に外へと飛び出し一気に布陣を張った。

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