第7集 異能

 炎威やんうぇいにミサイル撃破を託したあと、空霄こんしゃお天籟てんらいが向かったのはシナル軍の異能部隊である湖光ふーがんの元だった。

 湖光が迫る空霄たちの気配に気付き、そちらに顔を向けた瞬間、目の前で何かが暴発する。瞬時に湖光の武器がそれを制した。鎖の先端にクナイのような両刃物が付いた分銅鎖。そして空霄が構えているのはランチャー。中接近戦に有利な鎖と遠隔戦に有利なランチャー。一見空霄が有利かと思えるが、弾丸さえ防いでしまえば接近戦に持ち込むことも容易い。湖光が空霄の懐に飛び込む。超接近した時にどちらが有利か。ニヤリと口角を上げた湖光がクナイを空霄に向けて振り上げた。

「やだねえ、ちょっと会わないうちにこっちの特性も忘れちゃった?」

 拗ねる様な口ぶりを真似しながら空霄がおちょける。湖光の脇腹には銃口が突きつけられていた。すぐに気づいた湖光が後ろへ飛び上がり距離を取る。

「この死にぞこないが」

 空霄に向けて唾を吐いた。

「うっせーこの奸悪インテリもどき」

 言い返すと次はライフルを構え発砲する。地上戦、空中戦、それぞれが退けを取らない中、空霄の手の中にある武器が様々に形を変えていく。それは距離、角度、体勢、すべて空霄が今欲しいものに変化へんげする。「息が合うとは」をまざまざと見せつけられる。それを炎威やんうぇいが息をのみ見つめていた。

 しかし突然湖光ふーがんが攻撃を止めると鎖が水しぶきを放ちドラゴンへと姿を変える。

光躍がんやおが間もなくエデンに帰る。空霄こんしゃおだけならまだしももいたんじゃ形勢は不利だな」

『残念だね、湖光。一人で手柄上げさせてあげたかったけど、僕の力が足りなかった』

「気にするな水晶すいちん。またチャンスはあるさ」

 最後にドラゴンが咆哮すると大量の水が降り注ぎ空霄たちの視界を遮る。湖光はシナルの布陣へと引き返していった。

 シナルの異能部隊、機甲部隊ともに撤退していく。それを追撃することなく眺める空霄の元に炎威が駆けて来た。


「すっげえカッケかったです!」

「おお、ぼうず」

炎威やんうぇいっす!」

「お前さんもと随分違ったわ」

 そう言って空霄が人の姿に戻っていた天籟てんらいをいらやしい目つきで見遣る。「聞いてたの?」と炎威が首を傾げると、咳ばらいをした天籟が話を逸らした。

「いや、オッサンがもっと動けたら今回こそ湖光を仕留められたけどな」

「おいおいおいおい! アイツと中距離詰めれたときはショットガン出せや。あれだと射程短けえわ」

「オッサンがまと絞んのに易いヤツ出してやったろうが! 年配に優しくしてやったのに感謝もねえのかよ」

「ガキに気にかけてもらわんでも構いません! 大人の経験値舐めんな」

 罵声を飛び交わさせる二人を炎威が交互に見る。その後ろでは火璇ふぉーしゅえんが我関せずと知らんふりを決め込む。先ほどの連携プレーを褒めたとたん喧嘩が始まる。気まずい雰囲気に炎威が顔を引きつらせる。

「あの、二人は仲悪いんすか? 仲いいんすか?」

 キッと二人が炎威を睨む。怯む炎威の背後から助け舟が出された。

「新しく黒い牙に入った炎威です。空霄さんは初めましてでしたよね?」

 冷静を保ったその声に空霄と天籟もようやく落ち着く。

「おお、そうだった。おめえと同じく香頭しゃんとうで戦闘部隊やってる、空霄こんしゃおだ」

 空霄のごつごつとした力強い手が差し出され、炎威がその手を握る。

「先の戦闘では大変だったみてえだな。俺らも騙されてあっち行ってたから。助けてやれなくてすまんだ」

「いえ、自分の力不足です」

 ふんふんと頷く空霄だったが、炎威を責める気はないようだ。

「話だけはいろいろ聞いた。なあ、火璇、ちょっとコイツ借りてもいいか?」

 怪訝に眉をひそめた火璇に空霄が大口を開けて笑う。

「そんな警戒しなさんな。器同士の話だよ。はしねえよ」

 空霄が炎威の肩に腕を回すと歩き出す。炎威に回された力強い腕といい体格といい、それは戦闘で鍛え上げられてきたものだとひしひしと感じる。ちらりと後ろを振り返ると、火璇は天籟に連れられ城内へ帰っていくようだった。


 空霄こんしゃお炎威やんうぇいを連れて来たのは今まさに戦闘が行われていた戦いの跡地だった。エデンとシナルの異能部隊がぶつかり合っていたその場所には、無数の遺体が眠っている。おおよそ20以上だろうか。炎威がきゅっと眉にしわを寄せる。

「ざっと見て、8割がクリーチャーってところだな」

 空霄がその場にしゃがみ込み辺りを見渡す。わずかに頭を下げ追悼の念を示した。

「やっぱり器よりクリーチャーを攻撃するものなんですか?」

 立ち上がった空霄は苦い顔のまま腕を組む。低く唸った顔は何かを悔やんでいるような、そんな表情に見えた。

「ここに斃れてるクリーチャーらはな、ほとんどがパートナーである器にやられてんだよ」

 パートナーにやられた? 殺されたの意味か? 言葉の意味が分からず、炎威は聞き間違えたのかと思う。空霄の横顔は苦しげなまま表情を変えることはない。

「すみません。どういう意味か分からないんすけど」

 「はあ」と空霄が息を吐く。

「体を負傷した、欠損したクリーチャーってのは武器の姿になってもその傷が残る。武器も損傷した状態になる。要は使んだよ」

「え、いや、だからって」

 使い物にならないから殺す? 信じられる話ではない。しかし都市を守る戦闘部隊としてその選択が間違いかと言えば、それは個人の価値観・信念の違いとなるのだろうか。何を一番に守るかによって何が一番大切なのかは変わってくる。それでも――

「信じられません」

 そんな炎威を横目に見た空霄は感心もせず非難もしない。

「こういうやり方すんのはたいがいシナルの奴らだよ。あの都市は流れ者が多い。金の為に軍をやってる奴らはこんな戦い方も出来る」

 「黒い牙にももちろんいるけどな」と空霄こんしゃおが付け足せば、炎威やんうぇいが握っていた拳にぐっと力を入れる。

 やがて亡骸から光が溢れだしてくると、やはり血痕だけを残し体が消えていく。残ったのは人間の体だけ。それを炎威の悲しい目が見つめる。

「なら炎威、お前ならどうする。相棒が重度の外傷を負ったとする。回復不能、武器としては欠損。お前ならどうする」

 火璇ふぉーしゅえんが傷を負う。もう動くことができないほどの、もしくは手足が使えないほどの、共に戦えないほどの。

「俺は……」

「クリーチャーならスペアがあればまた新しい体に宿る。を早々に処分して新しい体を与える。それが合理的とは思わんか?」

 炎威が思い出したのは血だるまになった火璇。その生暖かい体を抱いた感覚。そしてタンクで眠る瓜二つの体を見た時に覚えた確かな感情。

 もう失くしたくないと強く思った。それは黒い牙だとか、香頭のメンバーだとか、自分が都市を守る存在だとか、そんなことはどうでも良くなるような感情だった。

「火璇を連れて、逃げ出すかも」

 自分の不甲斐なさにしょんぼりと肩を落とした炎威に、空霄が大きく笑いだす。

「そんなことしたら光躍がんやおが黙っちゃいねえだろうな」

 「笑いごとじゃないっすよ」と炎威が口を尖らせる。

「俺は助けてやんねえけど、その答えは嫌いじゃねえな」

 くるりと回れ右をするとエデンの外郭に向かい歩き出す。向こうからは遺体を引き上げに来たのか、数名の組員が向かって来ていた。

 炎威が空霄の後をついていく。その大きな背中を眺めていた。

「お前は異能の強さの秘訣が分かるか?」

 突然の空霄からの問いに、そんなものがあるのかと首をひねる。

「信頼だよ。信頼関係。それが強ければ強いほど、クリーチャーは力を発揮する」

 「え」と思わず心の声が漏れた。炎威に少し振り向いた空霄の口元が笑っている。

 もしかしてさっきの戦闘でギロチンが体と一体になった感覚も、すべてを見透かせるように動けたのも、前より強固な威力を放った力もドラゴンの体も、自分が火璇を信じ、そして火璇も自分を信じたことで引き起こされたという事なのか。炎威が戦いの感覚を思い出すように両手を見つめる。

 ならば、余計にパートナーであるクリーチャーを自ら手をかける意味が分からない。お互いに信頼を形成するのならば、なぜ。

「え、いやでもそれだったら空霄さんと天籟さんって、なんか喧嘩ばっかりで仲が悪そうに――って、すんません」

「いやー、よく言うだろ、喧嘩するほど仲がいいって」

 がははと笑う空霄に顔を引きつらせて苦笑する。

「でもまあ、二人は歳も離れてるっぽいんで、考え方も違いますよね」

 「喧嘩もしょうがない」と自分を納得させるように炎威が頷く。

「炎威はまだ知らなかったか? クリーチャーの体は歳取らねえよ」

 まるで空に放たれたような虚ろな言葉を上手く聞き取れなかった。さっさと行ってしまう空霄の背中は影がかかった様に見え、「どういうことか」と、どうしてか聞くことができなかった。


 一方火璇ふぉーしゅえん天籟てんらいに連れられて主楼へと帰る道すがら、天籟のたわいもない話を一方的に聞かされていた。別にそれが嫌なわけじゃない。明るい天籟の話は聞いていて飽きることはない。しかし人気が無くなった主楼の廊下に差し掛かると、天籟の声のトーンが一段重くなった。

「お前さ、なんで話さなかった?」

 その声色で何の話をしているのかは察しがついた。重いトーンのまま天籟が続ける。

「黒い牙に連れてこられて、右も左も分からないなりにアイツは頑張ったよ。でもさ、一歩間違えればアイツ、死んでたぜ?」

「……」

「話さなかった、話せなかった、話したくなかった。知らねえけどさ、お前殺す気なの、アイツのこと」

 火璇が唇をきゅっと噛む。そんな火璇の気持ちなど、天籟には分かっていた。しかし寄り添うことなどはしない。

「なにそれ、復讐でもしてんの? お前の気持ち勝手にぶつけて、気を晴らそうとか、そんなんにアイツ巻き込んでんの?」

「ちがっ――」

 振り返った天籟が火璇に詰め寄る。

手前てめえそっくりの体があったからよかったけどさ、もし他のクリーチャーと同じなら、あいつの心どうなってた? 泣きじゃくって離さなかったらしいぜ、お前の体」

 「満足か?」と最後に吐き捨てられれば、さすがの火璇も腹が抉られた。イラつく気持ちを天籟にぶつけるわけにはいかない。それくらの分別はついていた。

 苛立った熱い息を抑え込もうと呼吸を鎮める。そんな火璇にため息をつく。天籟が火璇の肩を軽く叩くと背を向け歩き出す。

「俺は炎威の事結構好きなんだよ」

 ムッとした火璇の顔を見ると、今度は天籟が満足そうな顔になる。天籟がひらひらと手を振りながら廊下の角を曲がると姿が見えなくなった。火璇はしばらくの間、天籟が去っていった角を見つめながら立ち尽くしていた。

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