第6集 同流合汚
ドラゴンと化した
「マズい。また市街に向けてかよ」
『俺が受ける』
「いや、でも」と尻込む炎威をよそに火璇が迫りくる砲弾の前に立ちはだかった。次々と被弾する砲弾の衝撃に炎威が背に摑まり耐える。すべての
攻撃をものともせず振り切ったドラゴンがシナルの布陣に向けて威嚇するように甲高く咆哮した。その雄叫びは風を起こし地を振るわせ、腹を抉るように響く。まるで主人に従い、指一本触れさせまいと牙をむき牽制するかのような声。それは市街で聞いた思い焦がれた赤い声。強く、猛々しく、誇り高き赤い姿。炎威がごくりと唾を飲み込んだ。
『シナルの異能部隊が来る』
エデンの外郭に向かい迫る数十名の武装集団。
「こいつらも全員器なのか?」
『そうだろう。こちらの戦闘部隊が駆け付けるまで出来るだけ蹴散らせる』
「この中に
『星光体ならこんなに地味な登場はしない』
「なるほど。確かに」
ドラゴンが消えると炎威の体は床が抜けたように急降下する。手にひんやりとした鉄の感触を覚える。火璇が姿を変えた武器が握られる。
毎日のように鍛錬した。体を極限まで鍛えた。前回より格段に強くなっているはずだ。しかし炎威には自信と共に不安がよぎった。
この武器を扱えなければ火璇にとっても黒い牙にとってもただの役立たずのクズ。無用な存在。存在価値はない。でも証明したい。自分が火璇のパートナーだと胸を張れるようになりたい。
敵部隊の渦中へと降り立つ。衝撃で砂塵が舞う。囲んでいる異能部隊へとギロチンを横薙に振りかざした。
「うそだろ――!?」
振り上げたギロチンが羽根のように軽い。いや、軽いのではない。まるで自身と一体となっているような感覚。炎威が振り上げたい方向、斬り込むタイミング、すべて武器が読み取っているように体が動く。それどころか炎威の死角からの攻撃が手に取るように分かる。武器から形勢や状況が流れ込んでくる。それは誰かに背を託しているかのよう。それはまるで火璇と共に戦っているかのよう。
「おい! 赤い奴はこの前殺ったんじゃなかったのかよ」
「そう聞いているが……もう戻ったっていうのか!?」
シナルの敵兵たちが慌てだす。怯み、一歩下がった異能部隊に向けて風を切った。するとギロチンが熱を帯び、風に乗った炎が噴き出すと辺りに火柱が立ち上がり燃え上がる。炎の壁にシナル部隊は下がらざるを得ない。
『時間は稼げた。あとはうちの戦闘部隊に託す』
炎威たちの後方から黒い牙の組員たちが駆け付けて来た。全員が器で形成された戦闘部隊。
「俺らは?」
『あれだ』
空に大きな水しぶきが上がる。空なのに水泡とは妙なのかもしれない。しかしその中心にいるものを見れば不思議ではない。水を纏いながら空を泳ぐ
翠のドラゴンが天に向かい一吠えすると、水柱が立ち上がる。竜巻に似たそれは炎威が放った炎を一気に巻き込み消し去った。水流は炎威や黒い牙の組員をも呑み込むと勢いをつけ吹き飛ばす。炎威が数十メートル先に飛ばされ地面に体を打ち付け、そのまま勢い止まずゴロゴロと転がる。やっとのことで体と顔を起き上がらせると、頭上を翠のドラゴンが飛んでいく。エデンの方向だ。シナルの異能部隊も形勢を立て直し始めていた。
「しまった!」
炎威が追いかけようとした時、遠くの方で発射音が聞こえた。
「ここにきてミサイル!? マジかよ!」
阻止すべきものはどちらか。炎威の顎からぽたりと汗が滴り落ちた。
その一部始終を遠くから眺めていた人物が愉快そうに笑う。
「おお? もうおっぱじめてやがる」
炎威が放った火柱を見つめ楽しそうに零す。歳は30後半のガタイのよい男は、渋い見た目から自ら「イケオジ」と称する。その男もドラゴンの背に乗り悠々と戦場へと向かっていた。こちらのドラゴンは淡い水色に白色が混じり、晴れた空へ溶けていきそうな幻想的な姿。
「なーんか盛り上がってるみてえだけど、『アイツはまだ使いもんにならん』って言ってなかったか? なあ、
『若い奴は成長スピードが違うんだよ、オッサン』
「てめえ年寄り扱いしやがって。元気が取り柄のガキンチョならもっとスピード出しやがれ」
天籟にオッサンと呼ばれる男は名を
『オッサンがすぐ疲れっから出陣遅くなったんだろおが』
「ガキはおじ様を敬え。俺じゃなきゃ東での片付けももっと時間かかってんだよ」
『
「おい、何か言ったか!?」
『あー、ついに耳まで遠くなったかよ』
呆れた天籟がため息を付く。ドラゴンがため息を付く様子など類まれな光景なのだが、そんな天籟に言い返すべく空霄が口を開く。
すると二人の目の前に水柱が天高く上がる。遠くに悲鳴が聞こえる。それが誰の仕業かはすぐに分かった。さらに拍車をかけるようにミサイルの打ちあがる音が空に響いた。
「来たか、
ドラゴンの背に立ち、こちらに向かってくる男を
『光躍の留守中、しかも火璇がいないと踏んで奇襲をかけたか。相変わらず狡いヤツだぜ』
「ん? ってことはだ?」
『……。俺ら舐められてんぞ、オッサン』
「ガキをなめるのは仕方ねえが、イケオジをなめてもらっちゃ困るねえ」
『逆も然り』
天籟がスピードを上げ猛進する。外郭を超えると炎威の姿を見つけた。
「
焦る
『落ち着け。まだミサイル着弾までには時間がある。先にアレを――』
しかし煙を上げた兵器は目視できるまでに近づいていた。ギロチン越しに火璇の緊張が伝わる。
「おお、ぼうず! おめえか噂のヤツは」
空から聞こえた声に炎威が天を仰ぐ。天穹を従えるような青い塊が頭上を通過する。そのドラゴンの目が
「自己紹介は後でな、ぼうず。あのミサイルを一発たりともエデンに落とすんじゃねえぞ」
「火璇、ミサイルの軌道上まで運んでくれ」
地に風が起こると、深紅のドラゴンが一気に上昇する。
『俺がミサイルを受ける』
「いや違う。軌道まで来たらギロチンをくれ」
『まさか――!?』
「俺が斬る」
「出来るのか」と言いかけたが口にはしなかった。炎威が以前言った「やんなきゃ出来ねえし、出来るか分かんねえじゃん」という言葉を思い出す。今ならその言葉を信じることが出来た。いや、炎威なら出来るという確信しかなかった。
ミサイルを目の前にしたところで炎威が飛び出す。並列して迫るミサイルを見定めた。
「赤が
――
炎威がミサイル目掛けてギロチンを横薙に投げ込む。風を切るように放たれたギロチンが炎を纏い
爆破していくミサイルが煙に包まれる。全て落としきったかと思った矢先、煙から1発のミサイルが抜き出た。
「取りこぼした!」
舞い戻ってきたギロチンを掴み取り、空気を足場に炎威が飛び込む。ミサイルが体をかすめるギリギリの距離でギロチンを振り下ろす。見事に一刀両断したミサイルが進攻を止める。その代わりに炎威の目の前で轟発が起こる。炎と熱風が炎威を襲い、吹き飛ばされた体が落下し地面に叩きつけられた。さすがに至近距離で起きた爆発に無事でいられるはずがなかった。ミサイルを防げたのなら、エデンを守れたのなら手足の一本や二本、目や口、なかなかに気に入っている顔面が破損したとしても悪くない。ゆっくりと目を開けると、目の前が燃えるように赤かった。やはり視覚を失ってしまったのかと思った。しかしもぞもぞと動く赤に手を伸ばし、ひたっと触れたそれは固い鱗だった。だんだんと離れていく鱗が全貌を現す。どしどしと足音を立てそれが下がると、炎威の前に頭を垂れた。
「火璇、守ってくれたのか」
鼻先を撫でてやるとドラゴンが目を細める。光に包まれるとみるみると人の姿に変わっていった。炎威の前に腕を組み、いつものように冷たい態度の火璇が立っていた。
「無茶なヤツだな」
「俺の手足付いてるか?」
「残念ながらな」
相変わらずの憎まれ口に炎威がふにゃっと笑う。
「お前は無事か?」
「俺は炎属性だ。対火に関しては問題ない」
「
炎威にミサイル撃破を託したあと、
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