追放された転生聖女、実は召喚士なので一人で生きられます ~ついでにハーフエルフの赤子も育てます~

楠富 つかさ

本編

 鼻をつく煙臭さに目を覚ます。飛び起きれば夜闇照らす勢いで炎が迫っている。


「おーい! ルミナ!! どこだー!!」


 遠くで私を呼ぶ声がする。その声の主はこのフィフォラッチェ王国の第一王子のものに違いない。

 ここはフィフォラッチェ王国王都にある屋敷、私の……屋敷。

 思った以上に火の手が早い。このままでは私はおろか、王子の身にも危険が及んでしまう。


「仕方がないか……。召喚士、ルミナ・レスカロンが汝の力を解放す。水脈の化身よその身をうねらせ、大いなる波を巻き起こせ。大海の覇者リヴァイアサン!!」


 私の召喚口上とともに青白い光が天へと上り、深い海の色をしたドラゴンがその姿を現す。リヴァイアサンのもたらす大量の水で火事はあっけなく鎮火となった。ずぶ濡れの私は、しぶしぶではあるが同じくずぶ濡れの王子と合流する。

 王子の第一声は私への心配……などではなく。


「この女をひっ捕らえろ!!! この者は聖女にあらず、妖しげな術でドラゴンを使役する魔女だ!!」


 王子の号令とともに兵士たちが私に槍を向ける。ここは一度おとなしく投降することにした。召喚直後、挙句にずぶ濡れの状態で兵士相手に大立ち回りなど、できるはずもないのだ。




 この世界がどういう世界かは知らないが、今の私は前世ではまっていたオンラインゲームのキャラクターの姿をしている。そのゲームでのジョブは召喚士で、サブジョブ的に白魔導師をしていた。そんな一オンラインゲーマーの私が気づけば異世界転生していて、しばらくは記憶喪失の治癒術師として過ごしていた。

 ところが二年前、この国の現国王が落馬で重傷を負ったのを完治させてしまって以来、私はこの国で聖女としてもてはやされている。聖女は神の子で、俗世とは別の理で生きる。そんな定めらしい。

 その定めの一つに婚姻の禁止がある。私自身はそんなことどうでもよかったんだけど、どうにもこの国の王子は私に惚れているらしくて……昨晩の火事もきっと自作自演で、火をものともせず私を救ったヒーローを演じようとしたのだろう。前は盗賊だったけど、似たようなことがあった。


「……なんで魔法はあるのに召喚はないのよ」


 王子の温情か、聖女を投獄という外聞の悪さを嫌ってか、王城の一室に軟禁されている。衣服も平民のそれだがある程度上等なものを着せられている。食事も出るし、トイレに行くときは男性の兵士ではなく女性の小間使いが同行する。そんな日々が数日続いて、


「お前の処分が決まった。出ろ」


 王子に連れられて向かったのは謁見の広間だった。その道中、王子が冷たい口調でこう言った。


「私はお前を処刑すべきだと進言した。だが父上が命の恩人は殺せない。命だけはというから、国外追放で手を打ってやった。きちんと感謝するんだな」


 フィフォラッチェ王と王妃は何も言わず、ただ私は二人に深々と頭を下げて謁見の広間を後にした。

 王城の裏手に馬車が用意されていた。御者と護衛というか監視役は昨夜、召喚獣を目にしている兵士たちだ。……国外に出る前に私を始末するつもりだろう。


「さらばだ、ルミナ」




 予想通りというか、小一時間ほど移動した深い森の中で馬車は止まった。


「降りろ、ここがお前の墓場だ!」


 出迎えてくれたのは明らかに堅気者ではない連中。斧やなたで武装しているあたり、山賊だろうか。いやぁ、王位継承権第一位の王子がこんな輩とつるんでいるなんて、フィフォラッチェ王国の未来は暗いなぁ。


「犯された後に殺されてぇか? 殺されてから犯されてぇか? 選ばせてやるよ」


 親玉と思しき男のがさつな発言に、プツンと何かが切れた。


「血祭にしてやらぁ。召喚士、ルミナ・レスカロンが汝の力を解放す。|疾≪と≫く駆け巡れ爪牙、咆哮は天地をもとどろかす。月下の神狼マーナガルム!!」


 女性の尊厳を何とも思わないような無礼な男なんて、皆殺しだよ。

 月の光のような色合いの毛並みが神々しい大きな狼、その爪が、その牙が、兵士と山賊を切り裂いていく。思ったより人数が多く、二十人近くいたがマーナガルムにとってみれば一瞬で蹴散らせる人数だった。あっという間に死体の山が出来上がった。

 治療することで血や生傷は見慣れたが、悪人といえど殺すのはまだまだ不慣れだ。……日本人的な感覚が抜けきらないのだろう。まぁ、それでいいけど。


『カルラを呼んで焼き払うといい。火葬だ』

「うーん……山火事になっちゃうよ?」


 召喚獣と意思疎通ができるのは召喚士にとって当たり前の技術だ。まぁ、この世界に私以外の召喚士はいないらしいが。種族はけっこうゲームでよくみる種族がわりといるのに、なんの差なのやら。


『骨も残らなければ誰が死んだか分かるまい』

「なるほど。私も死んだってことにできるか。じゃあ……召喚士、ルミナ・レスカロンが汝の力を解放す。灼熱とともに舞い上がり、猛き炎で焼き尽くせ。朱光の双翼カルラ!!」


 森とともに賊が焼けていく。いるか分からないけど、森の所有者には本当に悪いと思っている。木々が良質の炭になるので、それで許してほしい。

 山一つ焼き尽くす勢いの火葬を終えると、私はマーナガルムの背にまたがってとにかく遠くを目指した。




「ちょうどいい小屋があるわね」


 王国から離れてしばらく走った。ここがどこかももう分からないが、深い森のなかに小屋を見つけた。

 人が住んでいるのかいないのか、えぇいままよとノックする。


「よかったぁ、誰もいない」


 今いないだけか完全に空き家なのか判明するまでは周辺への警戒を怠らず、マーナガルムも召喚したままにする。

陽が傾いても誰かが帰ってくる気配はなかった。室内は埃っぽいし、しばらく無人で間違いなさそうだ。避暑地として使っている可能性もあるが、夏も終わったばかりの今ならば、しばらく人も来ないだろう。

 本格的にここを拠点にする決意をしながら、マーナガルムのもふもふに包まれて眠ることにした。警戒し続けたこともあって疲れている。見張りはマーナガルムに任せて、寝よう。


「おやすみ、マーナ……」


 翌朝からはリヴァイアサンやパルピュイアにも手伝ってもらいつつ、徹底的に掃除をする。

 水はリヴァイアサンのおかげで安定して得られるし、マーナガルムが野生動物を、パルピュイアが木の実などを持ってきてくれるので苦労していない。調理はカルラの出番だ。

 こうして二か月ほどのんびりと暮らしながら、季節はすっかり秋で、食べた野生動物の毛皮で防寒具をひとしきり作り、残った分は近くの町で売ろうという考えに至った。

 幸い、マーナガルムの足なら辛うじて日帰りできる距離に人が住んでいる村を発見した。


「へぇ、嬢ちゃんなかなかいい狩りの腕前だな」


 よそ者への抵抗感もとくになく、商人は毛皮を買い取ってくれた。聖女のことも知らないらしい。王国から結構離れたからなぁ。生活雑貨や堅パン、乾麺、あとは野菜の種なんかを買いつつ、王国の現状について尋ねてみる。


「うーん、ここは一応ディークス王国の田舎だから、あんまり知らないが……半月ほど前に来た旅商人が、近くの国で第二王子が第一王子を排斥して王位に就いたって聞いたから、それがフィフォラッチェ王国のことかもな」

「ありがとうね、おじさん。ひょっとしたら、また来るかも」


 村から離れてマーナガルムを召喚する。買ったものは一度すべてマーナガルムのお腹に保存する。鎮静化の力を持っているマーナガルムの中なら食品は腐らない。再びマーナガルムに騎乗して小屋を目指す道中、木の根元に何かが見えた。駆け寄ってもらうとそこには……。


『人のようだな。すでに息絶えているが……む?』


 マーナガルムを降りて近づいてみると、そこにいたのは幼い女の子を抱いた女性の亡骸だった。よく見れば子供の方はまだ僅かながら息がある。母親と思しき女性の亡骸も、まだ硬直しきっていない。行きがけに同じくここで見つけられれば、助かったかもしれない命だ。口惜しさを感じながらも、子供へ治癒の光をほどこす。次第に顔色もよくなり、私はその子を抱いてみることにした。


「……この子、ハーフエルフだ」


 エルフより小さく、ヒトと同じ大きさの尖った耳、銀色の髪と左右で異なる色の瞳、この世界におけるハーフエルフの特徴た。


「マーナ、決めたよ。私、この子を育てようと思う」

『できるのか?』

「やってみようと思う。手紙が入ってる……この子、リリーナっていうみたい」


 こうして、リリーナを家族に迎えた私の数奇な二人暮らしが始まった。





「ルミナー!! 朝ごはんできたよー!!」


 リリーナとの出会いから十五年、元々がゲームのアバターだったせいか、この身体は年を取らないらしい。最初の三年くらいは気づかなかったけど、四年、五年と過ごしていくうちに違和感を覚え、六年目からほぼ確信に変わった。いつか記憶の限界が来て精神がおかしくなりそうだけど、それまでにはリリーナも立派な大人になっているだろう。

 ハーフエルフの寿命はエルフの半分。だがエルフがそもそも数百年から千年生きると言われている。ハーフエルフはエルフの親がどれだけの魔法力を有しているかが寿命の振れ幅に影響を与えるらしい。私が不老でリリーナが長命でも……いつかは分かれが来るんだよね。


「おはよう、リリーナ」


 十五歳になったリリーナは美しく育った。赤と青の双眸が理知的でありながら人懐っこさも感じさせる。彼女のために、マーナガルムのお腹に蓄えておいた財宝類も少しずつ町で売り、書物を買いあさったものだ。それと同時に、この家も少しずつ改築して、廃墟同然だった古民家もなんということでしょう、今じゃすっかり石造りのお屋敷となったのです。召喚獣のみんなありがとう。


「今朝の獲物はリリーナが射抜いたんだよ。もう狩りならマーナにだって負けないよ」


 エルフの血によるものなのか、リリーナは狩人としての才能があった。最近ではマーナガルムに騎乗しながらでも正確に矢を放てるようになった。


「そっかそっか。リリーナももう立派な大人だね。いつでも独り立ちできる」

「ルミナはまたそうやって心にもないことを。わたし、どこにも行かないよ。ルミナのこと大好きだもん」


 リリーナの向ける視線が親愛のそれだけじゃなくて、狩人のそれな時があって……。

 銀髪から香る石鹸の匂いや、狩りを終えたばかりのちょっとした汗の匂い、彼女の熱に……くらくらしてしまう。ハーフエルフといえど、エルフ族は第二次成長期を過ぎれば加齢が急に緩やかになる。私の理性は……いつまでもつかな。




 結局理性がもたず、リリーナとイチャイチャ性活を送ることになるのだが、それもあってか後に我が家は白百合の魔女が住む館なんて呼ばれるようになるらしい。今はまだ知らないのだけれど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

追放された転生聖女、実は召喚士なので一人で生きられます ~ついでにハーフエルフの赤子も育てます~ 楠富 つかさ @tomitsukasa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ