第19話
翌日。
昼過ぎ、悠生を送るつもりで、夏生のマンションまで車で行ったが、素気なく断られた。
俺達に「昨日の話は、まだ待って」と夏生は言い、保留のまま悠生は帰ることになってしまった。
夏生と俺は、悠生を駅まで送る。
何もなかったかのように振る舞っていた悠生は、夏生のバイト先のカフェ店の前で、
「アイスカフェラテ買ってきてよ。俺達、ここで待ってるから」
と夏生に頼んだ。
夏生が店に入り、二人だけになると、悠生の態度が変わった。
「夏生とずっと一緒にいるのは俺だ。俺は家族だからな。雨宮さんなんて、どうせすぐいなくなる存在だろ」
悠生が悪態をつく。
嫌味を言う顔も様になっている。
「酷いな。夏生とは家族になるつもりで一緒に暮らしたいのに」
安易な気持ちではなかったが、さらっとそう言った自分に内心驚く。
「なれねえよ。もし、夏生が雨宮さんと暮らすことになったとしても、一時的だ。諦めて、女と付き合えば」
「諦めないよ」
俺は否定した。
俺と付き合っていることを、夏生は悠生に告げていない。
悠生も聞きたくないらしく追及しないらしい。
だが、俺に対して、敵意剥き出しで知らないフリが崩れている。
「明日は、模試なんだろ。受験、頑張れよ」
「くそっ。言われなくても邪魔するために合格する」
戻ってきた夏生が、悠生にカフェラテを渡す。
悠生はカップを持った夏生の手ごと両手で握りしめた。
「ありがと」
「気をつけて帰れよ」
改札を通った悠生は、寂しそうに振り向いて手を振った。
夏生が手を振り返す。
悠生が帰り、残りの連休も終わる。
その後、夏生の就職活動は佳境に入った。
メッセージでは毎日連絡しているが、なかなか会える時間がない。
俺の経験では一次面接が始まり、不採用メールに落ち込む時期だ。
文系の学生は二十社以上にエントリーしても、内定がもらえるのは多くて三社程度だった。
夏生が体力的にも精神的にも疲れきっている間に、俺は柴のメールアドレスに連絡してみた。
伊野崎の家で柴に会ってから、一カ月が過ぎている。
白紙になるかもしれないが、同性カップルでも借りられるものなのかメールで相談したら、次の日に柴からの返信があった。
それによれば「同性カップルだと申告しても審査に通るようにできます」とあり、力強かった。
徐々に気温が上がってきた五月末、会えない日は続く。
待つ時間が長くなるほど、俺との同棲がなくなるようで不安になった。
もしかして断られる俺にだけ返事がなく、悠生には連絡しているのではないか。
夏生と同棲がなくなったとしても一人暮らしをしようと、俺は考え始めた。
一人暮らしの物件も探す。
そして、二人のマンションの近くに引っ越してやる。
そんなことを決心した俺に、六月初め、夏生から内定が決まったと連絡があった。
「あとは卒業だな。単位は大丈夫か?」
俺は、赤ワインのグラスを傾ける。
夏生の内定のお祝いに訪れたイタリアンレストランは、高級でもないがチープでもなく照明を落とした洒落た店だった。
客層もファミリーは見当たらない。
前菜から注文した料理が運ばれて、テーブルが見えなくなるほどになった。
「もう取れてるから、心配ない」
笑って答える夏生は、チキンの香草焼きを口に入れる。
夏生が内定したのは有名な化学メーカーだった。
これから夏生の環境は新たに変化し広がっていく。
俺は、それが少し怖かったりする。
だからこそ一緒に暮らし、俺から逃げられないようにしたいのだ。
「悠生に連絡した」
手を止めた夏生が、改まって背筋を伸ばす。
とうとう夏生は決めたようだ。
俺か悠生。
夏生は俺に言った。
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