第18話

 スーパーで食料の買い物をしてマンションに帰った。

 

 十四時過ぎだ。


 部屋の中に、広がったままの布団があり、夏生が畳むとベッドの上に乗せた。


「布団は悠生が使った?」

「そうだよ」と夏生が答える。


 夏生のベッドに他の男が寝ることすら許せそうもない、と俺は思った。


 弟だとわかっていても、独占欲が湧いてくる。

 大人気ないなと自嘲する。

 

 ベッドに座った俺の隣に夏生も腰を下ろした。


 夏生が顔を寄せたため、目を閉じキスを受けた。

 俺は夏生の唇を啄む。


「健のこと大学の先輩って紹介してごめんな」

 

 昨日のことを、夏生は気にかけていたようだ。

 恋人と紹介してほしいが、夏生を責めるつもりはなかった。


「いいよ」


 俺の足の間に入った夏生が、床に膝をつく。

 

「まだ帰ってこないかな?」

「鍵、渡してないし、大丈夫」

 そう言った夏生は、気早に俺のデニムのフロントを外し、ジッパーを下げた。

 

 下着から取り出し、圧迫感がなくなる。

 すでに熱を持った器官に、夏生は唇をつけた。


 座ったままで身動きができない俺は、夏生に翻弄される。


「気持ちいい」


 夏生の腰が揺れだした。

 視覚的に興奮して、果てそうになる。 


 座っていられなくなり、夏生に合わせて腰が上がる。

 どんどん入り込んでしまいそうになる。

 

 血が集中するかのような感覚の後に、浮遊感に襲われた。






 午後六時に悠生が帰ってきた。


「遅かったな。道に迷わなかったか?」

 夏生が迎え入れる。

「疲れた」と悠生は座りこむと、ごろんと仰向けで転がった。

 

 電気鍋をローテーブルに用意した俺は、鍋つゆが沸騰してから切った食材を投入した。


「鍋だ」

 喜色を浮かべた悠生が寄ってくる。

 

 悠生のために野菜も肉も多めの味噌豚骨鍋だ。


 出来上がると、小皿と箸を悠生が運び、三人でテーブルを囲み「いただきます」と手を合わせた。


 悠生の食べっぷりを見て、電気鍋が空っぽになる前に、食材を追加する。


 缶ビールを開けた俺は、悠生が見学した大学の案内を眺めた。

 滑り止めらしき大学もあり、妥当な選択だった。


「地元は受けないの?」

「受けない。だって夏生も地元で就活しないでしょ?」

 夏生が頷く。


 悠生の大学選びは、夏生の近くが最優先らしい。

 いやな予感がする。

 

 肉を飲みこむと悠生が言った。

「俺が大学生になったら、こうやって、また夏生と一緒に住みたいから地元は受験しない」

 

 続く悠生の言葉は、俺の予感を裏切らなかった。

 昨日からの悠生の態度を見ていれば、予想外ではないのだ。


 夏生は驚いている。

「一緒に住むなんて話、聞いたの初めてだけど」


「なんで?当然、二人で住むでしょ。ここは流石に狭いから、引っ越しになるよね」


 悠生は明らかに夏生に執着している。

 俺は、このまま二人の会話を聞いていてもいいのだろうか。


「…母さんにそうしろって言われたのか?」

 

「違う。俺が一緒がいいの…夏生は俺と住みたくない?」

 甘い声音で悠生は訊く。


「そういう問題じゃなくて」と夏生が返した。


「俺がこっちで大学受験するって言ったら、応援してくれたじゃん。二人で住むことは全然考えてくれなかった?」


 夏生は俺との同棲を考えていたから、そこに頭は回らなかっただろう。


「考えなかった」

 夏生の正直な返事に、悠生は顔を曇らせる。


「じゃあ、これから考えてくれればいい。デメリットなんて一つもないはずだから」


 ただの大学の先輩の俺では、弟の希望を断る理由にはなれない。 

 俺と夏生が一緒に暮らし始めたら、悠生は納得しないだろう。


 俺との同棲を辞めると、夏生は言うのだろうか。

 そして、弟との生活を始めてしまえば、悠生が卒業する四年後まで俺との同棲はなくなってしまうのではないのか。


 長い四年になりそうだ。


 俺は夏生が決めたなら、従うしかない。


 俺は落胆している様子など見せないで、笑って言えた。 

「悠生くん、明日いつ帰る?午後からでよければ、車で送ってやろうか?」


「ありがと。でも、雨宮さん、彼女ほっといていいの?今日だって、ずっと夏生といたんでしょ?」


 悠生のお節介な助言は的外れだった。


「ご心配なく」

 素っ気なく言って、俺は鍋に肉と野菜を追加した。


「ふぅん。夏生は雨宮さんの彼女に会ったことある?」


「え…」と狼狽える夏生は、俺の架空の彼女を想像したのか、浮かない表情だ。


「彼女じゃない」

 我慢できなくなり遮った。


「彼女じゃないって、結婚してるってこと?」

 

 そんな解釈があるのかと、ビールを吹き出しそうになったが、悠生の端正な顔が恐怖で歪むのを見て、納得した。


 悠生は、俺と夏生の関係を疑っている。

 もう薄々感じとっているが認めたくないだけかもしれない。


 夏生が同居を躊躇う理由も俺が原因だと察したから、彼女の話を持ち出したのではないか。


「結婚もしてない。実は俺も夏生と一緒に住みたくて、悠生より前に同居しようって誘ってるんだよ」


 悠生は口には出さないが、眼で俺を罵倒していた。

 射抜くような視線を受けた。


 夏生を好きな悠生の感情が弟の域を越えているのかは、俺にはわからない。

 悠生にもわからないのかもしれない。


「もし、夏生が俺じゃなくて悠生との同居を選んだら、今は諦めようと思ってる。だから、夏生が決めた通りにしたらいいよ」


 夏生と目を合わせる。


 本当は四年後なんて、嫌だった。

 嫉妬もするだろう。

 俺を選んでほしい。

 でも、悠生も同じ気持ちに違いない。


「悠生もそれでいいよな」


 悠生は頷くしかない。

「わかった。夏生が決めて」


 二人の男から、一緒に住もうと求められた夏生は、瞬きを繰り返し「え?今すぐ?」と呟いた。


「よく考えて」と悠生が言う。

「ゆっくりでいいよ」と俺は言った。

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