第三章 雨宮

第14話

 中学生の時、同級生の仲の良い普通の男を好きになった。


 しかし、その男が好きだった女から、告白されて付き合うことにした。


 告白されれば付き合う。

 そして別れるを何度も繰り返した。


 高校に入学すると、求められるままキスもセックスもした。

 彼女達を好きだったかどうか、思し返してみるとわからない。


 小さな違和感はあった。

 その違和感は相手にも伝わるようで、長く続かない。


 その頃、男も女も好きになるバイセクシャルに分類されるのだと知った。


 俺がバイセクシャルだと告げても、彼女達は特に変わらなかった。

 俺の内面など、どうでも良かったのかもしれない。


 女にモテる顔に産まれても、好かれたい相手には羨ましがられるだけで終わってしまう。


 男に好意を持っても、気持ちを伝えようと思ったことはなかった。

 楽な方に逃げていた。


 ところが、大学四年になった時、新入生にやたらと好みの男がいた。

 リスみたいな小動物系で、豊かな表情は見ていて飽きない。


 でも、やっぱり男を好きになっても進展しない。

 特別扱いしても苦笑されるだけで、食事に誘ってみても二人だけで会えることはなかった。


 だが、それでも反応が可愛くて、好きな気持ちが溢れるばかりだった。


 大学卒業式、逃げてばかりだった俺は初めて告白した。


 緊張して震えそうになった。

「会えなくなるの寂しいな。だから」


 バイだと知られているから、同性同士でも意味は通じるはずだ。

夏生なつき、付き合おう」


 夏生が「うん…」と嬉しそうに恥ずかしそうに頷いた。


 あの時の自分を褒めたい。


 告白してなけらば、こんな風に、裸で抱き合うこともなかった。


 夏生の部屋のベットで、ぴったりと体を密着させ、後ろから抱きしめる。

 精を出したばかりの俺は、まだ夏生と繋がっていた。


 気持ちいい。

 このまま、ずっと中にいたい。


「どうした?」

 夏生は、掠れた声で言った。


「ん?卒業式で夏生に告白したのを思い出してた」

 俺は甘えるように、夏生の頸に唇を寄せる。


「…キスして」

 夏生の望み通り、顔を寄せる。


 うしろから夏生の胸をさぐり、半開きになった唇に唇を重ねる。

 夏生の反応は素直でわかりやすく、可愛いくて仕方がない。


「もうさ、俺以外の前で裸にならないでね」

「何?」

「誰にも見せたくない」

 と俺は訴えた。

 

 午後十一時を過ぎていた。

 月曜の朝は、夏生の部屋から出社できるよう泊まりの用意をした。


 シャワーを一緒に浴び、半裸のまま布団に潜り込むと、隣で寝る夏生の肩を抱く。


「おやすみ。好きだよ夏生」

 と言うと、夏生が笑った。

 瞼にキスし「好き」ともう一度言った。


「夏生は?」

 

 自分からこんな恥ずかしい要求をするなんて。

 でも、聞きたかった。


「好き」

 夏生からの返しに、体が熱くなる。


 こんな未来があるって知っていたら、誰とも付き合ったりしなかった。

 

 夏生だけでよかった。

 


 




 あれは、夏生と付き合って五ヶ月目ぐらいだった。

 元カノからメッセージで連絡があった。


「出版社に就職希望者五人がOB訪問を希望してます。改まったものではなく、飲みながら先輩の話を聞かせてください」


 美香に会いたくなかったが、大学の先輩として快諾の返信を送った。


 約束した店に行くと、メッセージ通り美香を含めた学部生五人がいて、自分の就活体験を教え、後輩達の疑問や不安に答える。


 隣に座る美香が、俺の足の上に手を置き続けるのが邪魔で、手で払った。


 一時間過ぎた頃、ビール二杯で眠くなってきた。

 うとうとする。


 酔い潰れたのか、目が覚めるとホテルのベットで寝ていた。

 部屋の中には美香だけだった。


「ここは?」

「店に隣接したホテルがあったでしょ。そこよ」

 美香が答えた。


 ぼんやりしていると、キスをされた。

 服を脱ぎ始める美香を「やめろ」と止める。


 靴と鞄を探し、迷いもなく帰ろうとした時。


「あんなのどこがいいの?」

 と、美香が吐き捨てた。


 俺は引き返し、醜い美香の顔を見た。

 キスされた唇を、我慢できなく袖で拭く。


「いいとこなしの馬鹿なお前にはわからない。もう連絡してくるな」

 唸るような低い声が出た。


 飲み物に何か入れられたのではないかとさえ思った。


 ホテルに行ったことを夏生に知られてしまい、自分の口から伝えなかったことを心底後悔した。


 美香の嫌がらせは終わってなかったのだ。

 後から説明しても、いいわけにしか聞こえない。


 興味のない女達と付き合い続けた罰なんだろうか、と思った。

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