10.あの笑顔に惹かれてたんだ
『今度デートしませんか』
七月某日、
本屋さんで出会い、「
たまに進路相談を受けていたが、理系の遊佐くんでは文系の私のアドバイスは正直あまり参考にならないと思う。
遊佐くんからバレンタインにチョコをもらってからというもの、進路相談も含め、頻繁に連絡が来るようになった。デートの誘いが来たということは、いわゆるそういうことなのだろうか。でも受験もあるし、彼の意図はよくわからない。
「はぁ……どうしよ……」
思わずため息が漏れる。
もうこれは恋愛の先輩に聞くしかないか。
ベッドの上でゴロゴロしながらスマホに手を伸ばし、親友の名前をタップする。
「なにかあった!?」
急な大声に、私はスマホを耳から遠ざけた。私が返事をすぐにしなかったからなのか、紗穂はまた電話口で慌てた声を出す。
「
「……生きてる生きてる。うるさいよ、紗穂」
「なーんだ、良かった。佳奈美から電話かかってくるなんて初めてだから何か事故でもあったのかと思っちゃったよ」
たしかに私は電話が苦手だ。相手の表情がわからないから話しにくいし、こちらの言いたいことも伝わりにくい。思い返せば紗穂の言う通り、彼女と電話なんてしたことがなかった。
だけど最近は電話に抵抗がなくなっていたように思う。いつも
遊佐くんと出会ってからは、彼から電話がかかってくることが多かった。読んだ本の感想を電話口でアツく語る彼に慣れたことで、電話自体に抵抗感がなくなっていたのかもしれない。
私はふぅと小さく息を吐き出してから、本題に入った。
「あのさ……六つも年下の子からデートに誘われた場合はどうしたら良いと思う?」
回りくどいのはこっちが恥ずかしくなっていきそうなので、単刀直入に
「それってさ、あの高校生のこと?」
遊佐くんと出会ったとき、紗穂もその場にいた。紗穂の旦那さんである
「うん、高校三年生の遊佐
「なんか佳奈美は年下にモテモテだねー」
電話ごしにいじってくる紗穂を無視し、話を本題に戻す。
「それは置いといて。遊佐くんにデート誘われたんだけど、どうすれば良い?」
まああえて聞かなくても親友の答えはわかっているけど。
「もちろん受けるでしょー」
「でも高校生だよ? どこにデート行くの? 高校生と並んで歩ける服もわからないし。二人で何話せば良いのかもわからないし……あ、そうだ、紗穂たちも一緒に行かない?」
遊佐くんと二人でデートをしている姿が想像できず、勢いのままダブルデートの提案をしてしまった。
「まあわたしは構わないけど。相手次第じゃない?」
「遊佐くんに聞いてみる」
「おっけー。もしダブルデートすることになったら服でも見に行く?」
「頼みます、紗穂パイセン」
「ふふん、任せなさい」
◇
それからすぐ遊佐くんにダブルデートのことを話すと、ふたつ返事で了承してくれた。デート場所は遊園地に決まり、紗穂に服を選んでもらうこと数日、デート当日になった。
日曜日とあって園内は人で溢れかえっている。
紗穂の旦那さんである細美さんは、物珍しそうに辺りをきょろきょろ見回していた。きっとそんなに来たことがないのだろう。強面な彼と遊園地は結び付かない。
紗穂は園内マップを見ながらなにか細美さんに話しかけているが、ジェットコースターを無表情なまま目で追っている細美さんには彼女の声が届いていないようだ。紗穂は細美さんの脇腹をツンツンとつつき、にやにやしながら彼を見上げる。
「優大くん、珍しくわくわくしてるねー」
細美さんはちょっかいをかけてくる紗穂の手をさっと取り、流れるように彼女と手を繋いだ。
「遊園地なんて滅多に来ないからな。そりゃわくわくもする」
「「あれでわくわく……?」」
親友夫妻のやりとりを遊佐くんと眺めていたら、遊佐くんとセリフが丸被りした。私たちは思わず顔を見合わせ、笑ってしまう。
「ハモったね」
「ですね」
爽やかに笑う遊佐くんは再び紗穂たちに視線を戻し、細美さんに質問をした。
「細美さんって学生のころ何して遊んでたんですか?」
「バッセンばっか行ってたな」
そんな細美さんの返答に、遊佐くんは「ぽいですね」と納得した表情で頷いた。
「そろそろ移動しよっか」
紗穂の呼び掛けで私たちは園内を散策することにしたのだが、アクティブな紗穂と細美さんはどんどん先を歩いていき、あっという間に遊佐くんと私ははぐれてしまった。
二人きりだと緊張しそうだからダブルデートを提案したというのに、紗穂たちと離れてしまっては意味がない。
「佐倉先生は絶叫系得意ですか?」
一方、遊佐くんはマイペースに私に問いかける。
「乗れるけど、あんまり得意ではないかな。できればゆるいアトラクションが良いかも」
「じゃあ、こことかどうですか?」
遊佐くんが指さした園内マップをのぞく。そのアトラクションは、『潜水艦に乗って海を旅する』をテーマにしたものだった。これならのんびり楽しめそうだ。
「そうだね、行ってみよっか」
途中、チュロスを買って食べ歩きしながら目的地を目指す。インドア派な私は遊園地に来ることなんてほとんどない。私のことをよく知る紗穂は遊園地に誘わないし、遊佐くんに誘われなければ、こうして来ることもなかっただろう。
それに、紗穂には言っていないが、私は一度遊佐くんの部活の試合を見に行ったことがある。今までサッカーになんて興味がなかったのに、遊佐くんの試合を見てからサッカー中継まで見るようになってしまった。
サッカーをしているときの遊佐くんはすごくキラキラしていて私の目を奪った。青春真っ只中、という感じだ。
試合が終わると、遊佐くんは観覧席にいた私に気づき、爽やかな笑顔で手を振った。初めて会ったときも感じたことだが、私は彼の笑顔がとても好きなのである。
そんなことを考えながら歩いていたら、ふいに手首を掴まれ体を引っ張られた。
「佐倉先生、危ないですよ」
「あ、ごめん。ちゃんと前見てなかった」
人混みで考え事はいかん。私は首を横に振った。
遊佐くんを見ると、彼は掴んだ手首に視線を落とし、ゆっくりとその手をさげて控えめに私の手に触れる。ほんの少し赤くなった彼の耳を見て、私の体温も上がっている気がした。
視線を上げた遊佐くんは私の目を真っ直ぐに見る。
「……あの、手、繋いでも良いですか」
彼といると、新しい世界が広がる。高校生だからとちょっとだけ線を引いていたけど、「佐倉先生!」と笑顔で名を呼ぶ彼は、その線をあっさりと超えてくる。
私が遊佐くんの質問に「……ど、どうぞ」と色気のない返しをすると、彼はほっとしたように微笑み、私の手を握った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます