8.人生で一度だけだから
「
明日は中学のバドミントン部仲間との同窓会。早めに寝ようとベッドに寝転がったはいいけど、なにやら優大くんがわたしの手を
なんだろうと思って横を向くと、彼はバツの悪そうな表情を浮かべていた。
「なんでもない。早く寝ろ」
「気になって寝られないんだよ」
「それは悪い」
優大くんはそう言ってパッと手を離すが、一瞬視線をはずしたあと、わたしの手を握った。ちゃんと恋人繋ぎをしてくれるところに毎回ときめいてしまうわたしは相当単純だと思う。
大きな手をぎゅっと握り返すと、優大くんは小さく笑った。
◇
同窓会の場所は居酒屋さんだ。お酒を飲める年齢になったはいいけど、わたしはあまり強くない。みんなと会うと中学時代のノリが戻ってきてついつい飲んでしまうから気をつけないと。
仕事のことをはじめ、好きなアイドルやドラマのこと、色々な話で盛り上がった。そしてみんなのテンションが一番高くなるのが恋バナだ。
恋バナって何歳になっても楽しいんだよね、不思議。
当時副部長だった
彼女はどうもヒモ男に好かれやすいのだという。半年ほど前に別れたという彼氏は、ずっと家でごろごろしていたらしい。でも好みの顔だったからずるずる付き合っていたのだとか。
柚葉は赤ら顔でわたしの肩に腕を回した。
「
「まあね、ずっとらぶらぶですよ」
わたしがそう返すと、みんな口々に「いいなぁ」と漏らした。
部の中で一番仲が良かった
「ラブラブかぁ……私のとこはもう家族、って感じ。たまにはきゅんきゅんしたいなぁ」
陽菜には十年付き合っている彼氏がいる。中学から社会人になってまで続いているカップルはなかなかいないだろう。付き合いが長くなるとそういうこともあるのか。
優大くんとはもう付き合って五年も経つけど、今でも普通にときめいている。わたしは自分で思っている以上に彼のことが好きなんだと思う。
他のメンバーの恋愛事情も色々聞いていたら、気づいたときにはお酒を結構飲んでしまっていた。かばんから手鏡を取り出すと、ほっぺが赤くなっているのがわかった。
隣に座る柚葉は飲み過ぎたようで、わたしの膝を枕にして寝てしまっている。
店内の時計を確認すると午後九時。優大くんには八時には帰る予定、と言ったことを思い出し、慌ててスマホを確認した。案の定彼からメッセージが入っている。
わたしは割り勘分のお金を陽菜に預けると、柚葉の頭をそっと
「ねえねえ、一人?」
居酒屋さんの最寄り駅で電車の時刻を確認していると、ふいに誰かに声をかけられた。声の主も酒を飲んでいたのか、顔が赤い。
どう対処しようか考えていると、だらしない笑顔を向けてくるナンパ男の後ろに大好きな顔を見つけ、わたしの顔は自然と緩んだ。
「彼女になにか用か」
ドスの効いた低い声で、優大くんはナンパ男を睨んだ。男は優大くんを見た途端、急に姿勢を低くし、足早に逃げていく。
わたしは優大くんを見上げた。
「迎えに来てくれたの?」
「そりゃな。てか紗穂、どんだけ酒飲んだ?」
「えーっと、ちょっといつもより多めかも」
わたしが目をそらしながらそう言うと、優大くんは盛大なため息をつく。「水買って帰るか」と独り言のように呟いてから、当たり前のようにわたしの手を取って歩き出した。
アパートの最寄り駅より一つ手前の駅で降り、二人で夜道をのんびり歩く。水も飲んだし、だいぶ酔いもさめてきた。
わたしはちらっと優大くんの横顔を見てから、気になっていたことを聞いてみる。
「優大くんさ、指の大きさはかろうとしてた?」
「……バレてたか」
「だって薬指ばっか触ってたじゃん、バレバレだよ」
「触って大きさわかんのかなって確かめてた」
眉尻を下げて困ったように彼は笑う。わたしはそんな可愛い一面もある優大くんの顔をのぞき込む。
「今度一緒に見に行こうよ。それでさ、あれやってほしい」
「あれ?」
「箱をさ、パカッてするやつ」
わたしがにやりと笑うと、優大くんは少しだけ目を細める。
「それやるやつ、実際いないだろ」
「えー、いいじゃん。人生で一回だけだし!」
◇
後日、指輪を一緒に見に行き、無事にゲットした。家に帰ると優大くんは急に「着替える」と言い出す。
「着替える?」
不思議に思って聞き返すと、彼は真面目な顔で頷いた。
「人生で一回だけなんだろ」
「なるほど。じゃあわたしも着替える!」
わたしはクローゼットから去年友だちの結婚式で着たパーティー用ドレスを取り出した。袖がレースになってて可愛いんだよね。
髪の毛は編み込みのハーフアップにしよう。優大くんと初めて会ったときの髪型だし。まあ優大くんは覚えてないかもしれないけど。
洗面台で髪の毛を整え、リビングに行くと、優大くんはビシッとスーツを着ていた。
え、わたしの彼氏かっこよ。あとで写真撮らせてもらおう。
一人で深く頷いてから、優大くんの前に移動する。
優大くんは
「俺と、結婚してください」
「喜んで!」
もちろん即答だ。お互いの薬指に指輪をはめ終えると、ソファーに腰かけた優大くんはふぅと息を吐き出した。
「緊張した」
「優大くんでも緊張とかするんだ」
「当たり前だ」
顔をしかめながら、彼はネクタイを緩める。ジャケットも脱ごうとするので、わたしは「ちょっと待って!」と優大くんに詰め寄った。
「まだ脱がないで! わたしが脱がすから!」
「は?」
眉間にしわを寄せた優大くんの正面に座る。優大くんの太ももの上に座るといった方が正しいか。まあ、なんでもいいや。
依然として怖い顔をしている優大くんを無視し、わたしは彼のネクタイに手を伸ばすが、優大くんにガシッと腕を掴まれてしまった。
「紗穂、明日の予定は?」
しかも彼は明日の予定を聞いてくる。このタイミングで?
「オフだけど」
「ならいいな」
「え、なにが」
「先に手出したのは紗穂だし」
「先に手……出してるね、たしかに」
わたしは自分の体勢を改めて確認した。
優大くんはわたしの体をグイッと引き寄せ、キスをする。あ、写真撮るの忘れた。と、一瞬違うことを考えていると、彼はそれに気づいたのか、容赦なく舌を絡めた。
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