4.憧れだったはずなのに
「あーあ、嫌だなー」
放課後の部活が終わって制服に着替えていると、
「二月といえばバレンタインだろ? まーた去年みたいに
「なるほどな」
ブレザーに
サッカー部のエースである藤堂先輩はルックスが抜群に良い。街中でスカウトされたこともあるんだとか。本人はサッカー選手を目指しているのでそういった芸能関係には全く興味がなかった。
オレたち後輩は去年、そんな先輩がもらったバレンタインチョコを「こんなにもらっても食べきれない」と、こっそりもらっていた。
先輩にあげた本人たちにバレたらどうするんだろうと純粋に疑問だが、あの先輩のことだ、上手く
昂輝はのろのろとYシャツのボタンをしめながら、大きく肩を落とす。
「はあー、俺も本命チョコとかもらってみてぇー」
「昂輝って好きな人いるの?」
オレがそう聞くと、彼は首を傾げて「いないけど?」と言った。
「じゃあ別に本命もらったところで付き合わないってことじゃん」
「それとこれとは話が違うんだよ。本命もらったら自慢できるし。
「しょっちゅう連絡? あー、
「そうそう。お前いっつもスマホ見てにやにやしてんじゃん」
佐倉
それからあっという間に佐倉先生の大ファンになり、今まで刊行されている小説は全てそろえている。しかも最近、偶然にも佐倉先生ご本人を本屋で見かけ、勢いのまま連絡先までゲットした。一生の運を使い果たしたと思う。
佐倉さんにも、バレンタインをあげる相手がいるのだろうか。
「うわやっべ、下校アナウンス始まった。早く帰んぞ、幸助」
着替えの遅い昂輝を待っていたのに、彼はそそくさと正門に向かって走り出した。
◇
家に帰ると、姉貴がなにやらキッチンで作業している。母さんが
「ちょっと
「ごめんごめん。すぐ
姉貴はドタドタとボールやらヘラやらを片付け始める。「ただいま」とオレが声をかけると、姉貴に片付けを手伝わされた。
片付けが終わると、姉貴は乱雑にキッチンに置いていた雑誌を持ってリビングのソファーに腰掛けた。
「なに作ってたの」
オレがソファーに座りながら聞いてみると、姉貴は雑誌を開いて「これ」と指をさす。
「ガトーショコラ?」
「うん、バレンタインに
姉貴の彼氏である湊先輩は男子バレー部のキャプテンをしている。女子バレー部キャプテンの姉貴と付き合っていることは学校では割と有名な話だ。モデル体型の二人は並んでいるだけで絵になる、とよくみんな言う。
姉貴から雑誌を受け取り、パラパラと
姉貴はスマホをいじりながらオレに問いかけてくる。
「幸助は誰かにあげる予定あんの?」
「いや? ないけど」
「ふーん。あ、佐倉先生にあげれば?」
「え、なんで」
急に出た名前に戸惑い、声が裏返った。
「オレがあげても変じゃない?」
「変なわけないでしょ」
姉貴はなに言ってんだという風に鼻で笑った。
ということで夕食後、オレは姉貴と一緒にガトーショコラの試作品を作ることになった。今年のバレンタインは金曜日。部休日だから学校終わりに会えるかもしれない。
さっそく佐倉さんに連絡を取り、金曜日の放課後に会う約束を取りつけた。佐倉さんは県外に住んでいて学校からは電車で片道三時間かかるのだけど、佐倉さんは途中まで来てくれるらしく、電車で一時間ほどの駅で待ち合わせとなった。
バレンタイン当日、去年同様藤堂先輩からもらいもののチョコをもらい、オレは学校が終わるとすぐに駅に向かった。ガトーショコラは昨日の夜作って、姉貴の指導のもとラッピングも完璧だ。
佐倉さん、喜んでくれるだろうか。足取りが軽くなる。
駅の改札を出たところで佐倉さんを発見した。
「佐倉さん! お待たせしました!」
佐倉さんがオレの声に振り返ると、横にいた男性が彼女の手をぎゅっと握った。
うわ、めっちゃイケメン。
思わずオレはその男性を凝視してしまう。
黙ったままのオレに、佐倉さんは「
「……こちらのイケメンさんは……?」
訊ねると、佐倉さんはハッとしたように男性に握られた手を振りほどこうと腕をぶんぶんと振る。だが彼の手は一向に離れず、やがて佐倉さんは諦めたように息をはいた。
「えっとね…………親友の弟」
佐倉さんが苦笑いを浮かべて言葉を
「そこは彼氏って言ってよ、佳奈美さん」
すると佐倉さんは「
「か、彼氏……さん、なんですか?」
二人のこの距離感ならそうだろうと思ったが、なんかモヤッとする。オレが確認を求めるようにそう聞くと、佐倉さんは「一応……」と微妙な返しをしてきた。
照れているわけでもなさそうだし、一応彼氏、とはなんなのだろう。まさか騙されてるとか!?
オレの心の声が聞こえたのか、佐倉さんは慌てて否定した。
「い、いや、
「お試しですか……なるほど」
「そんなことより、渡したいものってなに?」
佐倉さんはそういって話題を切り替えた。
オレはリュックの中から紙袋を取り出す。
「バレンタインなので、チョコを。お口に合えばいいんですが」
「わあ! 手作り?」
パッと笑顔になった佐倉さんに、オレは「はい」と頷く。
隣にいた男性は余裕の笑みでオレを見た。
「用事は終わり?」
「う、うっす」
「じゃ、帰るよ、佳奈美さん」
「え、あ、うん。ありがとう遊佐くん。ホワイトデーにお返しするね」
「い、いえいえいえ! お返しはいらないです。新刊楽しみにしてるんで!」
ずんずんと進んでいく彼氏さんに手を引かれながら、佐倉さんは後ろを振り返り、オレに手を振ってくれた。
電光掲示板で帰りの電車の時刻を確認し、ホームに並ぶ。
彼氏さん、かっこよかったな。中世的な顔立ちで美人って感じ。佐倉さんはああいう顔が好みなのだろうか。
……彼氏役が必要なのだとしたら、オレにもできるのではないか?
その考えが浮かび、オレはハッと顔をあげる。ホームに雪が入り込んできて、ホワイトクリスマスならぬホワイトバレンタインだな、とどうでもいいことをあれこれ頭に浮かべた。
「……好きな人へのアピールってどうするんだろ」
ネックウォーマーに顔を埋めながら、オレは独り言を呟いた。
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