第8話 彗星の如く現るヒロイン。


 あの一件から数日が経過した放課後、菱谷のアシストのおかげで何とか今宮さんを屋上に呼び出すことに成功した俺。


 彼女は、何を言われるのか分からない様子でこちらを見ている。

 むしろ、期待の眼差しを向けている。


『どのシーンに持っていくつまりかしら』的な。


 ……いや、貴方の現在の行動を思い起こせば分かるやろ、普通は。



 それにしても、今宮さんがイメチェンしてからのここ何日かは、怒涛の展開が続いた。


 授業が終わる度に教壇に立っては、クラスに向けて【君たちはどんな青春を求める】になぞられた今後の展開を説明、並びに、協力を求める事柄について黒板を用いて確認したり。



 本来、そんな奇行を行ったら、周囲は離れて行くものの筈だが、想像以上な説明の上手さでまるでセミナーのごとく、数名の生徒を魅了。

 文化祭気分で乗っかる女子も多数。

 更には、ネタと勘違いした人は『面白いやつ』と認識して彼女を受け入れた。



 ……何よりも、包み隠せぬ美貌によって、男子達の目はハートマークに。


 周囲から聞こえる男どもの声は、「菱谷ちゃんと今宮さんの二大巨頭とか、俺たちは恵まれてるな」とか、「ブボボボボ〜。我も早速【君たちは……】を読んでしまったでござるよ! 」なんて、すっかり浮き足立ってやがる。


 気がつけば、あっという間に1年C組の中心人物に成り上がっていた。やはり彗星のごとく現れた今宮さんにも引けを取らない菱谷も流石なものだが。ほんと、腐れ縁とはいえ、なぜ俺ごときに絡んでくるのか不思議だわ。



 なんにせよ、今宮さんは俺に対しての茶番も欠かさない。


 ワザとらしく「あぁ〜。ペンを落としちゃったわぁ〜。私ったら、ホントドジっ子。……チラリ」とか何かの反応を求めてきたり。


 その癖、無難に拾ってあげると「そこはもう少し……」などと、文句を言ってくる始末。距離が近いから緊張するんだ。



 まあ、彼女のおかげで、クラスメイトの男子数名は「羨ましいなぁ〜。田中くんが"岩井元基役"に抜擢されるなんて」と、思わぬ形で会話相手を獲得出来たりしたのだが。その岩井元基とやらの存在は知らないが。



 後、素直に思う。



 こんなもん、ラブコメであってたまるか。


 ただの演劇の稽古じゃねえか。


 そのパンドラの箱を開けてしまったのは、俺自信なのだが……。



 どちらにしても、今宮さんが俺に執着する理由なんて、たまたまその時に読んでいた小説と同じ行動を取ったからって話だしな。



 ……まあ、何にせよ、流石にここまで大規模に風呂敷を広げられてしまったら、俺のリア充計画は破綻の一途を辿る他にない。


 よって、登下校の道中、菱谷と『今後の学校生活を穏やかなものにする為』という建前の下、彼女への"告白"が間違いだった事を伝える機会を得られたのだ。


 ……だが、呼び出した今宮さんは、全く悪気のない様子で首を傾げていた。



「あら、もしかして132ページのあのシーンをやりたいのかしら? 」



 物陰から菱谷が見守る中、相変わらず小説の世界に酔いしれる彼女に対して萎縮する。



 やばい。この娘、手遅れかもしれない。


 それに、やっぱり事実を言うのって緊張するものだ。胃が痛い。もう2箇所くらい穴が空いた気がする。



 とは言え、伝えねば。


 これは、俺の責任だから。


 正直、勘違いをさせてしまった事に対しては、本当に申し訳なく思っているし、心苦しい。



 ……だが、それでも。



 震える右手を思い切り握って決意を固めると、物陰の菱谷をチラッとみた後で、俺は大きく息を吸い込んだ。



 そして、今宮さんに大声でこう伝えたのであった。



「こ、この前の廊下でのお願いは、決して告白ではなかったんだっ!! ただ、お友達になりたかっただけの話でっ!! 勘違いをさせてしまったのならば、本当に、本当にごめんなさいっ!! 」



 そう伝えると、ペッコリと90度の角度でお辞儀をした。



 ……ち、ちゃんと、言えたぞ。



 それから、暫くの時が流れる。


 まるで、世界から切り離されてしまったかの如く。



 もしかしたら、あまりにも残酷な現実を目の前に、悲しんでいるのかもしれない。



 そう思いつつも、恐る恐る顔を上げた。



 ……すると、今宮さんは……。



「まあ。まさか、小説の後半部分の展開をやりたいとは思わなかったわ。あなたも気が早いわね」



 ケロッとそんな事を言った。



 全く、伝わりませんでした、はい。

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