第7話 事実を小説になぞらせる。
昨日、友達申請をしたばかりの今宮さん。
昨日まで、俺と同レベルの地味地味ファッションだった今宮さん。
まさかの目を見張る程にイメチェンをした今宮サヨさん。
昨日までボサボサだった長い黒髪は、トリートメントのおかげか艶やかにまとめ上げられ、牛乳瓶の様に分厚かった丸眼鏡を捨てた事で現れたブラウンの瞳、それを彩る長いまつ毛。
平均的な身長とは裏腹に胸も……。なかなか実っていて、スリムなくびれとのバランスは絶妙。
……控えめに言って、天使だ。
そんな彼女が、まるで自信に満ち溢れた様に、俺を見つめている。
「ねえ、何か言ってよ」
時間から取り残されて固まる鼓膜を、昨日聞いたと同じ声、同じフレーズで揺らす。
……えっ? これって夢だよね。
だって、彼女ったら今さっき、『この前の話、前向きに考える』みたいな事言っていたし。
それって、つまり……。
いやいや、何かの聞き間違いだよ。
確かに、俺は勘違いを促す言い回しで"友達申請"をしてしまったのは事実だが、こんなにもラブコメのテンプレみたいな展開を引き起こす筈もないし。
で、でも、告白を前向きになんて言われたら……。
や、やばい、嬉し恥ずかしでどうしたら良いのか……。
騒つく教室の中で、心の奥底では、混乱と喜びと動揺が荒波のように押し寄せて、状況の把握が追いつかない。
……だが、その焦りをかき消すかの如く、隣に座る菱谷は俺の気持ちを代弁した。
「い、いやいや、ちょっと待ってよっ! あ、あなた、今宮さんよね。どんな変化なの?! 」
彼女も地味っ子の変貌に驚いた様子でそう確認を取った。
すると、今宮さんは堂々とした口調でその問いに答える。
「そうよ、私は今宮サヨ。実は昨日、田中くんから受けたドラマチックかつ情熱的なアプローチに胸を打たれてしまったのっ! 例えるならば、【君たちはどんな青春を求める】に出てくる主人公の……」
なんか、知らない小説の知らないフレーズを駆使して先日の友達申請を"告白"と勘違いする形でトキメキを説明している。早口で。
要約すると、夢中になって読み耽っていた本と全く同じシチュエーションがタイムリーに引き起こされたらしい。俺によって。
それは、前半の重要な展開の一つである、廊下で周囲も気にせずヒロインに想いを伝える部分と完全にリンクしていたとの事。
それに感動と共にときめきを感じた今宮さんは、わざわざ昨日のうちにヒロイン風の容姿にイメチェンしたみたいだ。
つまり、知らない女の子のコスプレ。
早口や荒げる呼吸。
その端々に見える、小説オタク感。
……彼女は、想像以上にヤバいやつだ。
直感的にそう思った。
いや、この状況を見れば誰でもわかる。
そんな思考を巡らせて固まったままの状態でドン引きを決め込んでいると、ニュー今宮さんは周りの目など全く気にする事もなく、自信満々にこう言った。
「……と言う訳で、私はこれから、田中くんと共に、かの傑作【君たちは…】をなぞった素敵な青春をしたいと思うわ。菱谷さんも、しかと二人の恋路を見届けると良いわ! 今後、あなたは主人公の親友枠として現実に舞い降りたこの物語のサポートを頼むわよっ! 」
感情に身を任せて、馴れ馴れしく菱谷の肩を揺らす。
「ドウイウコト……? 」
訳もわからず呆然とする腐れ縁。
……それから、言葉を失うクラスメイト達にも、こう言った。
「あなた達にも、サポートをお願いするわっ! 強いて言うなら、田中くんとは徐々に仲良くなってあげて。最初からクラスに溶け込むんじゃなくて、こういうのは情緒とアクセントが大事だから! 」
あまりの迫力に、「わ、わかった……」と、思わず頷く周囲。
そして、最後に俺をじーっと見つめてこう告げた。
「最後に、田中くん。あなたは、真っ直ぐに私を愛しなさい。たまに、喧嘩もあるとは思うけど、それは愛を育む上で大切な事だから。後、そこまで積極的にはしなくても良いわ。どちらかと言うと、"相手の気持ちを探るように"さり気なくアプローチをお願い」
まるで映画監督にでもなったみたいに演技指導が始まる。
ちなみに、俺はまだ一言も発していない。
だが、あまりにも強大な圧に負けた様に、涙目になりながら、「は、はぃ……」と、思わず頷いてしまった。
弱々しい返答を聞いた今宮さんは、満足したのか、「うん、よろしい」とニコニコ笑った。
……そんな時、菱谷は教室全体がずっと抱いていた本音を大声で叫んだ。
「なんなの、これ〜〜〜〜!!!! 」
彼女の雄叫びに示しを合わせるかの如く、ホームルーム開始のチャイムが鳴った。
たった5分で、クラスの雰囲気は大いに変わった。
少し遅れて入ってきた担任が異変に首を傾げる。
「一体、どうしたの……? 」
……では、先生の困惑に乗じて、俺も心の中で思いっきり叫ばせてもらおう。
アイツ、マジで、ヤバいやつやないか〜い!!!!
どうにかして早く告白と勘違いしている誤解を解かなければ。
でなければ、俺の高校生活は知らない小説になぞられて終わる。
そう思うと、俺は真実を伝える為の勇気を振り絞る覚悟をしたのであった。
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