第5話 イレギュラーな展開。
「あのぉ……何か言ってくれませんか? 」
音楽の教科書を抱えて、眼鏡越しに上目遣いでそう問いかける地味な少女。
ぶっちゃけ、想定外だった。
まさか、この大人しそうな女の子から逆に話しかけられるなんて。
容姿とは裏腹に、凛とした口調で。
つまり、彼女はちゃんとコミュニケーションを取れる、俺とは全く違う存在だったんだ。
故に、何も考えられずに呆然と固まっている。
まるで、メデューサの目を見て石化でもさせられたみたいに。
それよりも、今、最も重要なのは……。
……俺が彼女と友達になろうと考えてチラチラと見ていた事がバレていた事実。
これは、非常にまずい。
それに、ここからどうやって『友達になろう』まで持っていけば良いんだ。
畜生っ!! 無理ゲー過ぎるだろうが!!!!
何故、これまでにもっと、人と話して来なかったのだろう。
そう後悔すらした。
中学の時だって、女子なんて、謎に優しくしてくれた真田さんと、無駄に話しかけてくる菱谷くらいしか会話した事ないし。どうしてかあの二人とだけは自然に話せたのは不思議だが。
何にせよ、アイツらが執拗に声をかけてくれたおかげであって。
照れを隠すために、現実逃避のために、野球に打ち込んで来た。
結果、俺のコミュニティは共に白球を追いかける部員だけ。
しかも、それもヒロキと気まずくなった事によって消え去ったし。
……てか、考えてみれば、ずっと前から詰んでたんじゃねえか?
ネガティブな感情がまるで走馬灯の様に脳裏に押し寄せる。
いや、むしろ、高校デビューなんて無理だろって。
だって、今、目の前にいる女子からの問いかけにすら、受け応えが出来ないんだぞ。
それを考えれば、俺なんか陰キャでボッチがお似合いなんだよ。
……ありがとう、今宮さん。
貴方のおかげで、俺は現実を理解したわ。
これまで、必死で頑張ってたのが、バカみたいだ。
そう思うと、俺は諦めてその場から離れようと後退りをした。
脂汗をかいて逃げようとする俺に対して、彼女は小さくため息を吐く。
「ごめんなさい、私の勘違いだったみたいですね」
そんな言葉だけを残すと、背を向けて去ろうとした。
次第に小さくなる後ろ姿。
ホント、俺は情けない男。
だって、何も喋れなかったんだぜ?
めちゃくちゃダセェだろ。
ダサいを通り越して、惨めだ。
……そんな時、思い出したシーンは、真田にフラれた時の"あの言葉"だった。
『実は、ヒロキくんと付き合っているの』
いや、今まで何の為に自分磨きをしてきたんだ。多分、心のどこかで見返したいって思ってんだろう。
それに、どうして、こんな遠い高校までやって来たんだ。
何のために野球を捨てたんだ。
……反骨心をバネにしたからこそ、進学校に合格したんだろう? 誇るべきじゃないか。
それに、菱谷だってきっと応援してくれてる。
だからこそ、さっきだってアシストをしてくれた。
その善意にも泥を塗る事になる。
何よりも……。
これからもずっと、ダサいままの俺で良いのか? いつまでもウジウジと陰キャのままで良いのかよ。
……それで良い訳がないだろうがっ!
自分を見失うな。
絶対にリア充に、なるんだ!
心の中に芽生えたのは、強い願望だった。
今、この場で逃げれば、全てを失う気がした。
故に、俺は今宮さんを必死に追いかけた。
「ち、ちょっと待ってっ!! 」
叫び声と共に彼女を引き止める。
「えっ……? 」
それから、困惑する彼女の目の前に立つと、俺は大きく息を吸い込んだ後で、周りの視線など気にせずに、こう伝えたのであった。
「実は、仲良くなりたかったんですっ! だから、昨日からずっと見てましたっ! もし良かったら、オトモダチになってくれませんか?! 」
覚悟を決めて姿勢正しくお辞儀をすると、ピンッと右手を差し出した。
突然の出来事に騒然とする、廊下の生徒達。
だが、不思議と気にならなかった。
……それから、辺りを巻き込んで空気は静寂に包まれる。
まるで、時間が止まってしまったかのように。
不安になる。逃げ出したくなる。
しかし、もう後には退けない。
だからこそ、ゆっくりと返事を待った。
……そして、相変わらず困惑の表情を浮かべていた今宮さんは、ゆっくりと口を開いた。
「……ともだち、"から"なら……」
友達。ともだち。トモダチ……。
このワードが鼓膜を揺らした瞬間、眼前はモノクロの世界から色彩豊かなキャンバスへと変わって行った。
「や、やった……」
俺は、思わず泣き出しそうになる気持ちを抑えながら、力なくそう呟いた。
すると、感極まる俺に向けて、今宮さんはこう告げた。
「そう言う事なので、今後はお友達から始めます。結論は、まだ保留という事で。今後とも、よろしくお願いしますね、"田中くん"」
……んっ? 今、なんか妙な事を言った気が。
なんだ? 保留とか口にしていたが。もしかして、これから俺はお友達になる為の審査にでも掛けられるのか?
そんな腑に落ちない微妙な回答を受けた所で、予鈴のチャイムが鳴った。
そこで、やっと現実に戻った。
辺りで呆然と俺を見つめる視線。
力みすぎて、余りにも大胆な行動を取った現実を理解した。
俺は、先程自分が仕出かした奇行を前に恥ずかしくなると、「じ、じゃあ、今宮さん、これからもよろしくねっ! 」という言葉だけを残して、音楽室まで走り去っていった。
やばい、やばい、やばい。
悪目立ちをしすぎた。
このままでは、あの時の様に……。
そんな気持ちとは裏腹に、少しだけスカッとする自分がいた。
……にしても、せっかく今宮さんが友達審査の段階にシフトしてくれたんだ。
今後は、嫌われないように頑張らなくては。
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