第3話 コミュニケーションの壁。
新しい朝が来たっ!
希望の朝だぁっ!!
昨日はイレギュラーが故にスタートダッシュを失敗してしまったが、高校2日目になる今日からは違う。
……菱谷は、俺の過去を隠してくれると断言してくれた。
その言葉を信じる事にしたからこそ、リア充計画は滞りなく進行出来るのだ。
とはいえ、アイツは同時に『ガンガン絡む』と堂々と宣言しやがった。
確かに、明るくて天真爛漫で可愛くてコミュ力お化けの彼女。
そんな人間と共に行動し続ければ、どうなるか。
昨晩一通り考えた。
捻り出した答えは。
……いや、何もしなくても自然に友達増えません?
中学時代から友達過多状態だった状況に、羨望の眼差しを向けていたのは事実。
つまり、アイツの"ユニークスキル"を使わない手はないのである。一切なっ!
という事で、早速、春休みからずっと記してきた秘密のノート『リア充育成計画』にもう一つ項目を増やした。
作戦名は、至って簡単。
『陽キャの金魚の糞作戦』
どうだ、惨めだろ。まあ、待て。
内容は全く違う。
この作戦のメリットは、菱谷の背後に隠れながら友人を増やし、コミュ力やクラスの流行を聞き出す事によって、気がついたらリア充になってしまうという完璧な計画なのだ。
つまり、一挙両得!
……思いついてしまった俺が怖いよ。天才か、マジで。
という事で、今日から早速実行に移す事を決意した。
同時に、日々の生活に一週間毎のミッションを課せる。
効率的にリア充へ向かう為には、目標を一つずつ突破していくのが大切。
……という事で、今週のテーマはこちら。
【クラスの女子と気軽に挨拶をする】
以前の俺なら、間違いなくハードルが高い、いや、高すぎる壁だったのかもしれない。
真田にフラれた時の記憶が蘇りそうで……。
しかし、今は菱谷という力強い存在がいる。
横に居るだけで簡単にクリア出来てしまうかもしれない。
そうしたら、来週のミッションを前倒し出来るであろう。
考えれば、アイツが同じ学校だった事は幸運だったのかもしれない。
そう思うと、俺はすっかり日課となった髪の毛のセットを終えて朝食を済ませる。ちなみに、父母は転勤で実家には居ないから自作だ。
そして、『リア充育成計画』を大切に鞄の中へ仕舞い込むと、まだ夢の中にいる妹を気にする事もなく、玄関でピカピカのローファーを履いた。
……だが、その瞬間。
「ピンポ〜ン」
チャイムが鳴る。
んっ? なんだ、こんな時間に。
そう首を傾げながらもゆっくりと扉を開けて視線を落とすと、そこに居たのは"菱谷"だった。
彼女は、何故か少し不機嫌そうな表情を浮かべている。
「ど、どうした、いきなり」
思わぬ展開に動揺しながらそう問いかけると、彼女は何も言わずに口を膨らませながら自分のスマホを指差した。
そこで、慌てて学生バックから放置され続けた自分の携帯を取り出す。
すると、昨日の22時付けで彼女からのメッセージが入っていたのである。
『明日は6:30に迎え行くからちゃんと準備しといてねっ! 』
おやおや、気が付かなかった。
考えてみれば、昨晩から今朝にかけて、俺はリア充になる為の計画を続けていた。例のノートで。昔からアナログ人間なんです。
……それにしても、コイツ、わざわざ家まで迎えに来るなんて……。
考えると少しだけ照れる。
妙な勘違いが脳裏を駆け巡る。
だが、すぐにその妄想を消した。
「ご、ごめん、どうせ誰からも連絡なんて来ないから、スマホを気にしていなかったわ。じゃあ、行こうか」
無意識的に率直な理由を伝えると、彼女は不機嫌な顔から、ニヤッと小馬鹿にした様な表情へと移り変わった。
「……それなら一回限り許す。にしても、よくそんなカッコ悪い本音を恥ずかしげもなく言えるよね〜」
菱谷に言われて、自分が今発した言葉の惨めさに改めて気がつくと、顔を真っ赤にした。
「は、ハァ?! う、嘘だしっ! むし、無視してただけだわ!! 」
「まあ、前から優斗は嘘つけないもんね〜」
取り繕う俺に対して嬉しそうにそう返答。
確かに、中学時代、コイツに対して何度かその様なエピソードはあったが……。
そんな風に過去を思い出して耳を真っ赤にしていると、菱谷はこんな事を呟いた。
「次からは、ちゃんとスマホを気にしてね。後、明日から同じ時間に迎えに行くから、しっかりと準備しといてねっ! 」
……一瞬だけ好きになりそうになった。危ない。これだから彼女生まれてから0人勢は。
だが、俺は高校で達成すべき大きな目標がある。
それに、真田の時の様な勘違いは二度としないと誓った訳で。
そもそも、菱谷は俺が高校デビューというステップアップする上で必要な存在。
故に、邪念をかき消すかの様に、「じゃ、早く行くぞ! 」と、自宅を後にすると、菱谷は親を追いかける子犬の様に「は〜い」と後ろを付いて来るのだった。
登校中は、俺のテンションに合わせてくれているのか、相変わらず静かだった。
*********
……ま、まずい。完全に出遅れた。
流石に、二日目ともなると、学区内の連中の溶け込みは早かった。
クラスメイト達は、元々の知り合いなのか地元が近いのか、もうすっかり教室で友達の輪を広げてやがった。
昨日の緊張感は、どうやら新生活に対する不安だったらしい。
つまり、一日目を乗り越えた彼らは、友人と話す心の余裕が生まれているのであった。
それに……。
「菱谷さんって、西中出身なんだ! なんでこんな遠くの高校に来たの? 」
「翔子ちゃんって呼んでも良いかな?! 」
「てか、みんなでメッセのグループ作ろうよ! 」
菱谷は、愛嬌や容姿の整いも相まってか、いきなり女子達から話しかけられている。
「おっ! 良いねぇ〜。アタシも、みんなと友達になりたいしっ! 」
つまり、大人気。しかも、単騎のクセして多勢を目の前にしても、当たり前の様に友人になってやがった。
その様子を隣の席から羨望の眼差しで見つめる俺。
モブ、つまり、村人A状態……。
しかも、今日一日は他の連中が入った事により、俺へのダル絡みはほぼ皆無だった。
クッ。万事休すだ。
俺にもう少しだけコミュ力があれば、自然に彼女達の輪に溶け込めたであろう。
「菱谷、初対面の人たちに迷惑をかけるなよ」的なイケメンコメントを言えたのかもしれない。
しかし、そんな勇気がある訳もなく、ただ、悔しがる事しか出来ないちっぽけな俺。
……気がつけば、最後のホームルームは終わって、夕方になっていた。
交友関係を広める筈のランチも、次第に結束力が高まる教室への居心地が悪くなって便所飯を決め込んだし。
これでは、今週のミッションである【女の子に挨拶をする】を達成出来る訳もないし、菱谷を使った『金魚の糞作戦』も実行できない。
「今日は何処の部活見学行く?! 」と、背後から聞こえる男子達の会話が耳元を掠めると、俺は一人着席したままで焦りを感じた。
吹き出す汗。サラサラではない。ベタベタだ。
……俺、やばくね? てか、リア充って無理ゲーだろ。
絶望にも近い心の叫びが、脳裏で何度もこだまする。
このままでは、まずい。
菱谷も、今まさに隣でクラスの女子から「懇親会も兼ねて、帰りにカラオケに行こうよっ! 」という実に羨ましいお誘いを受けているし。
そういうイベントは俺に舞い降りるべきなのに。
どうせ、アイツはホイホイ付いて行くんだろうな。
今日の帰りは一人か。はぁ……。
どちらにせよ、どうにかしなければ、俺はクラスで腫れ物扱いをされてボッチになる。
やはり、菱谷の虎の威を借るのは難しい様だし。
あの作戦は、没一択だ。
そう思うと、結局自分の未来を変えるのは自分自身しかいないのだと痛感した上で、縋る様な思いで辺りをキョロキョロした。
声をかけるのにハードルの低そうな人間は居ないか。
レベルに見合った友人候補はいないものか。
スタートダッシュが大事なのは、ネットの情報で重々承知しているから。
……すると、窓際の後ろの席で、終業のチャイムにも気付かずに一人で読書をする丸メガネを掛けた地味そうな女子を発見した。
おっ、彼女からは俺と同じシンパシーを感じる。
直感的にそう思った。
あの子なら、もしかしたら……。
そう思うと、緊張と焦りによる震えが生じた身体を無理やり起こした。
ちゃんと、挨拶をするんだ。
些細なキッカケを作るんだ。
俺は、あの子と友達になるんだ……。
……だが、そんな時、俺は菱谷に引き止められた。
「じゃあ、帰ろっか! 優斗! 」
「えっ……? お前、カラオケ行かねえの……? 」
思わぬ選択をした彼女を前に、狐に摘まれた様な表情でそう問いかけると、菱谷は首を傾げた。
「いや、何言ってんの? 約束したじゃない。一緒に登下校するって」
当たり前みたいな顔をする。
……ちょっとだけ嬉しくなった。別に下校は約束してないが。登校もな。
ただ、孤独を通り抜けた俺には妙に沁みた。
だが、すぐに首をブンブン振り回す。
「うっせ、約束なんかしてねえわ。てか、付き纏ってくんじゃねえよ」
俺はそう伝えると、菱谷を置き去りにして逃げる様に教室を出る。
すると、早歩きで付いてきた彼女は、ニヤニヤとした。
「今日、誰とも仲良くなれてなかったねぇ〜。……あっ! もし良かったら、今日知り合ったミカちゃんとかヨウコちゃんに『優斗は同中でいい奴だ』って布教しといてあげようか? そうすれば……」
……俺の本心を知ってか知らぬか、慈悲を与えてきた。
正直、かなり有難い。
さっきカラオケに誘っていた二人組も、なかなかな美形だったしな。
後、彼女達から広がる友達の輪もあるかもしれない。
……そう思ったが、何故か脳裏に浮かんだのはひとりぼっちで読書を愉しんでいた彼女だった。
なんか、不思議と同じシンパシーを感じたあの少女を。
それに、今日はっきりと分かった。
俺のコミュ力は、菱谷レベルから遠く離れているのだと。
もっと自分磨きをしなければ、独り立ちのリア充街道など夢のまた夢になるのだって。
だからこそ、もう少しだけ自分自身で友人を作る努力をしなければならないと考えた。
そこで、『金魚の糞作戦』の破棄する事を誓った。
「……いや、大丈夫だわ。自分で友達作ってみるよ」
過去との決別の如く清々しい顔でそう伝えると、菱谷は微笑んだ。
「そっか。まあ、少なくともアタシは優斗の"マブダチ"だから問題ないかっ! 」
その言葉に、少しだけ救われた気がする。
同時に、ちっぽけな勇気を貰った。
よし、明日は、あの少女に挨拶をしてみよう。
俺が、俺自身の力で、な。
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