第2話 青春リターン。
……あっという間に、高校初日は終わった。
俺の想定していた展開とは裏腹に。
菱谷のせいで、俺の高校デビューに向けたキャラ変は綺麗さっぱり封印されたのだ。
本来なら、何気なく同級生達に『キミ、どこ中なの?! 俺は家が少し遠いから知り合いがいなくて不安だったんだ。良かったら友達になってよ』とか声を掛けて"友達100人作る計画"を実行するつもりだった。
……しかし、結果的には彼女に付き纏われてしまい、その隙すらも与えてくれなかった。
「ねえ、優斗っ! なんでこの高校選んだの? 」
「あっ! 購買行くんだ! じゃあ、アタシもついて行くよ! 」
「てか、あんなに好きだった野球はやめちゃうの? 」
節目の度に、無駄に付き纏ってきた。無視したが。
結果的に、最も大切かつ、貴重な入学初日は不発に終わった。
あまりにも悲しすぎる……。
そんな気持ちの中で、俺は終業のチャイムからしばらくして、まだ余所余所しい教室から逃げるかの如く、早足で帰宅したのであった。
アイツがトイレに行っている隙を見て。
「はぁ……」
校門を過ぎると、俺は大きくため息を吐く。
どうせ、これから菱谷によって過去の自分を暴かれるんだ。
これじゃ、高校デビューなんて夢のまた夢だ。
友人とワクワクカラオケ大会も、ハンバーガーショップでの他愛もない会話合戦も、かわちい女子からの告白タイムも、全部が妄想で終わる。
何のために、誰も知り合いがいない高校に来たんだ。
これでは、ただわざわざ片道一時間半も掛けて通っているだけじゃないか。
……いや、待てよ。
無理して勉強したからこそ、進学校へ入学できた。
つまり、今後は大学デビューという選択肢もあるじゃないか。
俺は、持ち前のポジティブシンキングを携えて、未来を前向きに捉える。
そうだよ。これからは他人を気にすることなく、勉強に青春を捧げて、難関大学で悠々自適なセカンドライフを楽しめば良いだけの話じゃないか。
大学では、テニスサークルに入って、美しい汗を流す。
新入生歓迎コンパで、素敵な女性と運命的な出会いをする。
更には、難関校相応の大手企業に就職。
幸せな結婚まで見えてきた。
……想像するだけでも、人生は薔薇色。
良いな。悪くない。
先を見据えれば、現在の八方塞がりも必要なステップの一つだと考えられる。
では、早速、今から赤本を買いに……。
……そう決意を固めた矢先だった。
「わっ!!!! 」
耳元で大きな声が聞こえる。
「き、キェ〜〜〜〜!!!! 」
驚きの余り、奇声を上げてしまった。
同時に、慌てて振り返る。
……すると、そこに居たのは爆笑する菱谷だった。
「なに、キェ〜って、除霊じゃないんだからっ!! 」
的を得たツッコミを聞くと、俺は次第に恥ずかしくなり、顔を真っ赤に赤らめた。
「う、うるせえよっ! てか、何だよ、付いてくんなっ! 」
思わずそう叫ぶ。
すると、俺から青春を取り上げた元凶は、眼前まで間合いを詰めて来てニコッと笑った。
「良いじゃん。アタシ、遠い高校に優斗が居てくれた事、とっても嬉しかったんだよ。『あっ、マブダチが居る』って。だから、一緒に帰ろうよ」
甘い香り、整った顔を象徴する様なぱっちり二重の目、身長とは裏腹な胸。
心拍数が俺の思考を狂わせる。
こんな女に、なぜという否定と葛藤しながら。
だが、今、彼女が発した言葉には、薄らと"不安"のフタ文字を感じ取れた。
故に、本能的に優しくしなければ、と思ってしまった。
だからこそ、表情を隠す様に慌てて背を向けると、俺は彼女の顔も見ずにこう告げたのだった。
「どうぞ、ご勝手に」
その言葉を聞いた菱谷は、嬉々とした声で「うんっ! 」と返事をした。
そこからは、余り会話がなかった。
空気を読んでくれているのか、はたまた、俺の気持ちを察してくれたのか、ただ、後ろを付いてくるだけ。
これまでの態度とは裏腹に、穏やかだった。
……あれ? 菱谷ってこんな奴だっけ。
そんな違和感を感じつつ、不思議と気まずさはなかった。
そして、まるでパラレルワールドにでも迷い込んでしまった様な時間を終えると、俺達は最寄りの駅へ到着した。
彼女の家は、南口。俺は北口。
つまり、これでやっと一人になれるって訳だ。
「……じゃあ、俺はこっちだから」
素っ気なくそう告げると、彼女はいつもと変わらない笑顔を見せた。
「そうだねっ! 今日はありがとうっ! 」
普段の彼女にやっと戻った。
なぜか、少しだけホッとする。
そんな不思議な感覚を隠す様に、「じゃあな」と帰路へと足を進めた。
手を振る彼女に顔を見られない様に急ぎ足で。
……それから、自宅のある住宅街に差し掛かった所で、俺のスマホが『ピコン』と鳴る。
通知には、"しょーこ"という名前が刻まれている。
あっ。そういえば、昔無理やり連絡先の交換させられたんだっけ。一回もやり取りした事ないが。
そんな気持ちと共に、メッセージを開く。てか、あんだけ長い時間いたんだから、言いたいことがあるなら、直接言えばいいのに。
そう思いつつ、文面に視線を移した。
……すると、そこには。
『優斗、心配しなくても中学の時の話は誰にもしないから。多分、この高校を選んだのも、昔の事があったからでしょ? 野球続けないのは少しだけ寂しいけど、一緒に充実した高校生活を送ろうねっ! これは、約束っ! 』
……送られて来たメッセージを見て、完全に、全てを見透かされていたのだと驚いた。
こいつ、エスパーか何かなのかと。
同時に、朝からずっと心を掻き乱していた不安因子は綺麗さっぱり吹き飛んだ。
……あっ。まだ青春を捨てなくて良いんだって。
そう思うと、俺は夕焼けに向けて小さく拳を掲げた。
菱谷って、案外いい奴だったんだな。今日の態度はこれまでとは違ったな。さっき近づいて来た時、いい香りがしたな……。
待て待て! せっかく、これから高校デビューを飾る手筈が整っているというのに、妙な事を考えるな!
なんでアイツの事ばっかり浮かんで来るんだよっ!
あのウザいリア充だぞ。
あらぬ気持ちが渦巻く中、高まる心拍数を未来への期待と解釈する。
……その時、既読のまま開きっぱなしの通知画面にもう一通のメッセージが入った。
『優斗も、ユキにフラれた事を引きずってまだ傷心だろうけど〜。明日からもマブダチとしてガンガン絡むので、そこんとこヨロシクっ! 』
不適な笑みの絵文字と共に、俺のウイークポイントは抉られた。
……やっぱり、こいつは好きではない。なんだ、マブダチって。
故に、『うっせえわ』とだけ返事をした。
俺は、先程まで一瞬抱いた不思議な感覚を投げ捨てると、ピンと背筋を整えた。
明日から始まる充実ライフ、菱谷ウザ絡みありきで作戦を練り直さねば。
自然と、口角は上がっていた。
そして、俺はまず最初に立ちはだかった大きな壁を乗り越えたのであった。
不意に浮かぶ顔は、あのサイドテールの菱谷だった事は気のせいだと思う。
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