青春渇望男子のリア充活動日記。

寿々川男女

第1話 なんでお前が。


 一度で良いから、青春がしたい。


 春先が鼻をくすぐる季節に新生活を控えた自宅で、俺は使い込まれた野球グローブをクローゼットの奥深くに封印すると、鏡の前ですっかり伸び切った髪をセットしながら容姿を確かめた。


 まずは喜怒哀楽の練習。主に喜と楽を中心に。


「おはよう、ニコッ」


 よし、いい笑顔です。


 続けては……。


「登校中に会うなんて偶然だね。それにしても今日はいい天気だから授業をサボりたくなるな」

「今日はみんなで寄り道でもするか。カラオケとかどうだ? 」

「そろそろ文化祭の季節かぁ……。いや待てって、実行委員会に俺を推薦?! 」


 自分しか映さない狭い洗面所で、入念なシュミレーションをする。


「……よしっ。これで会話は完璧だ」


 一仕事終えた様に、得意げな口調でそんな言葉を呟く。

 

 ……明日は、待ちに待った高校の入学式。


 きっと、素晴らしい青春が待っている。


 故に、数多のシチュエーションを想定した上でリア充になる為の準備を整えた。


 同時に、来たる美しくも淡い日々の妄想に耽る。


 たまたま隣の席になったスポーツ女子との甘い時間、委員会で知り合った美人な先輩との秘密の関係、小柄ながら素敵なプロポーションで擦り寄ってくる後輩……。


 想像したら、たまらんなっ!!!!


 もしかしたら、入学早々に、彼女が出来ちゃったりして。

 

 モテたい、モテたい、モテたい……。


 

 動物的本能にも似た欲求が、これまでの積み重ねを棄てる覚悟を決めさせたのだ。


 もう、中学時代の様な部活漬けの毎日には戻りたくない。


 それに、あの時の様な"惨めなフラれ方"は、もうしたくない……。


 故に、もう一度、反転して映る自分の顔に覚悟の形相を携えて、頬を「パンっ」と叩いた。


「……うわ。"優斗"が鏡としゃべってる。気持ち悪……」


 寝巻き姿で怪訝な表情を浮かべた一つ下の妹と、鏡越しに目が合う。


 彼女の心からの発言により、先程まで思い描いた理想は泡沫の様に消え去る。同時に、秘め事を見られたことに対する強い恥じらいを感じた。


「は、はぁ?! 高校生だったら当然の行動だろうがっ! "唯"にだって、いつかこの気持ちが分かるわ! 」


 羞恥心を隠した上で、そう取り繕う。


 すると、我が実妹は苦笑いを浮かべた。


「……いや、元が悪いんだから、どんなに頑張っても無駄だよ。それに、高嶺の花だった"ユキ先輩"にフラれたくらいで命よりも大事とか言ってた野球も辞めて、高校デビューしようとするとか、痛すぎ。ホント、ダサい。もう少し自分を知った方がいいよ」


 数多浴びせられる、辛辣な発言の応酬。


 しかし、何よりも俺の心を抉ったのは、"例の事件"についてだ。


 ……思い出しただけでも、死にたくなる。


 同級生の"真田ユキ"という黒髪クールアンドビューティーな中学一の美少女に、少し優しくされただけで勘違いをして、風が冷たくなった秋口、普段は絶対に考えられない程の勇気を振り絞って体育館裏に呼び出して告白、撃沈。


 ……何よりも、断られた際、去り際に言われた「私、"ヒロキくん"と付き合ってるの」という発言。


 これっ! これよっ! 実は、彼女はすでに俺の親友とコッソリ付き合ってたんだ。

 ヒロキは、部活も一緒だった小学生からの数少ない友人。

 だが、ヤツはその事実をずっと黙っていたんだ。


 ……俺の気持ちを知りながら。


 彼は俺に何度も謝罪を繰り返した。


 しかし、気まずくなって結果的に、友情は脆く崩れ去ったのである。


 同時に、俺がフラれた話は噂話として学年中に広まった。


 それから、卒業までの約5ヶ月は歪な時間を経た。


 通い慣れた筈の学舎が違う場所だったかのような錯覚を感じる程に居心地が悪かった。別に虐められたりはしなかったが。


 ……なんにせよ、もう同じ轍は踏まない。


 そう覚悟を決めると、俺は近所の高校で野球をする事を辞め、受験までの期間を死に物狂いで勉強をした末に、密かに学区から離れた進学校の合格を決めた。


 万が一、過去にダサいフラれ方をしたなんて噂になったらコトだし、あえて誰もいない所へ。


 同時に、リア充ルートを歩む事を決意したのであった。


 中学時代は比較的大人しい日々を過ごしたが、今度は違う。


 輝かしい青春の中心人物に、俺はなるっ! ドンっ!


 故に、呆れる唯を尻目に、まだ糊の匂いがするピカピカの制服に将来への期待を込めたのであった。


「ムヒョヒョヒョヒョ〜。これで、可愛い女の子達が〜」


 再び妄想モードに入って目尻を垂らした俺を見た唯は、まるで汚物でも見るかの様な目で、こう言った。


「うわ……。引くわ……」


 言っているが良いさ。今度、お兄ちゃんが最高の彼女を我が家に招いてあげるからね。


 そんなポジティブな考えの中、俺は明日から青春の象徴となる制服という名の衣装を丁寧に畳むと、早めの就寝に就くのであった。


 僕、田中優斗は、明日から華々しく青春デビューする事を宣言しますっ!!


*********


 ……と思っていた時期もありました。


 マジで、なんなんだ。これは夢か?


「なんで、よりによって……」


 入学式を終えて指定された席に腰を落とした瞬間、思わず小声でそう漏らす。


 続けて、隣の席に視線を移した。


 そこにいるのは、良く見た事のある顔だった。


「あれっ?! 優斗、この高校だったんだっ! てか、そうならそうと言ってよ〜。じゃあ、中学に引き続き、これからもよろしくねっ! 」


 まだ緊張感が漂う教室の中で、天真爛漫な表情を浮かべて元気すぎる声を上げたのは、ショートカットをサイドテールにしている事が特徴的な小柄な少女、"菱谷翔子"だった。


 コイツは、昔からやたらと絡んでくる、とてもうるさい女。正直、苦手だ。


 中学の三年間は、ずっと同じクラスだった。

 そんな因果もあってか、やたらと馴れ馴れしく"ウザ絡み"を続けてきた。


 当時は学校のムードメーカー的存在で、友人も多い、いわゆる完全なリア充。

 


 比較的、学校生活が暗かった俺とは裏腹に。多分、俺に関わってきたのは同情。



 ……そして、何よりもヤツは我が心のウィークポイントである"真田ユキ"の親友である人物。



 あれだけ中学で噂話が広まっていたんだから、間違いなく俺が彼女にフラれたことも知っているだろうし、その後、唯一の友であった幼馴染と気まずくなってほぼ孤立していたのも目の当たりにしている。


 コイツだけは空気が読めないのか、態度が変わらなかったが。



 つまり、何が言いたいか…….。


 …………。



 …………俺の高校生活、詰んだかも。

 


 きっと、菱谷に、過去の黒歴史を暴露されるんだ。


 そう思って落胆する。ジタバタしたくなる。叫びたくなる。


 故に、頭を抱えて絶望の表情を浮かべる。



 ……なんでだーーーー!!!! いきなりハードル高すぎるだろ!!!!


 そんな風にひとしきり心の叫びを吐露していると、菱谷は俺の肩を揺らしながらこんな問いかけをしてきた。

 


「ねえねえ、いきなりどうしたの? ……あっ! もしかして、知ってる顔がいたからホッとしたとか?! それなら良かったよ〜。アタシも誰も知り合いがいないって思ってたから安心したしっ! 」



 落胆する俺とは裏腹に、見当違いな確証を押し付けてくるガサツ女。


 これでは、卒業してからノートにコツコツと記し続けてきた『リア充育成計画(作:俺)』の意味がなくなる。


 知らない人しかいないから、自分の過去を知らないからこそ、自然にキャラ変も出来るわけで。


 

 つまり、八方塞がり。

 


 全ての計画は、入学初日にして大きな壁にぶち当たった。


 

 ……今後、どうすれば良いんだ。


 そんな風に干物の様になる俺を尻目に、刻一刻と時は過ぎる。


 始業のチャイムが鳴ったのだ。



「はい。皆さん席に着いて〜。それでは、最初のホームルームを始めま〜す」


 アラサーと思しき担任がピットインした事で、予期せぬ形で高校生活は始まるのであった。

 


 ……小声で「よろしくねっ」と呟きながらはにかんで俺を見つめる"爆弾"を横目に。

 

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