第30話 目は口ほどに物を言う

「今、何が……」


 バジリスクに向かって飛び出したかと思われたダリオンだったが、次の瞬間には石化の呪いが解けた他の学生と共に僕の隣へと戻っていた。


「ボクのスキルだよ。細かい説明は後に回すとして、もうボクのスキルは使えないから逃げるか君たちが戦うかしかこの危機を脱する方法は無いよ」


 彼が今“何をしたのか”非常に気になるところだが、ダリオンの言う通り、そんなことを気にする余裕はない。ふと目を向けると、未だバジリスクの恐怖に足を震わせる者たちがいる。これでは戦うどころか逃げることも困難。


「動ける者だけで時間を稼ぐしかない」


 アレクシオスは顔面を青く染めながら冷静に言う。

 動ける者、動ける者――ダリオンはスキルが使えないし屁っぴり腰になった他の学生を無理矢理戦わせることもできない。かといって、考えている時間も無くなってきたようだ。

 

 バジリスクは細長い舌をシュルシュルと動かし、体勢を起こして今にも飛びかかってきそうな雰囲気である。


「奴の眼を潰すしかないわ」


 一歩前に進み出たイシュクルテは服の一部を帯状に切り裂くと、それを自身の頭に目を隠すようにして巻いた。それから剣を抜き、まるで“ホームラン予告”をするかのようにバジリスクへ鋒を向ける。


「これで、お前の魔眼は私には効かないぞ」

「シャアアアアアアッ!」


 確かに魔眼は効かないかもしれない。

 でも――


「目は時に最悪の枷となり、感覚は時に最強の武器となる……」


 彼女は自分に言い聞かせるように呟いた。金属の冷たい感触が手に伝わり、全身に緊張が走る。耳を澄ますと、バジリスクの鱗が草木を押し開く音が聞こえる。その音を頼りにイシュクルテはゆっくりと右足を出した。


「危ない!」


 僕がそう叫んだ時、地を這うようにして急接近したバジリスクの右眼に、彼女は渾身の一振りを浴びせた。


「ギュアアアアアッ!!」


 強烈な殺気と同時に血が大量に吹き出し、バジリスクはその大きな巨体を揺らしながら悶絶した。


「イシュクルテ!」


 決して油断していたわけでは無かったろう。片目を失ってもなお――いや、失ったことで更に殺気立った奴は尻尾を左右に大きく振り回しながらイシュクルテの体を吹き飛ばした。

 

 眼からは未だに大量の血が流れているが、悶々と息を荒げて立ち尽くすその迫力は、尋常ではないほどの恐怖心を芽生えさせる。


「アレク、彼女を頼む。ダリオンは皆を連れて退却してくれ」

「どうするつもりだい?」

「僕が時間を稼ぐ」

「いくらなんでも、それは無茶だよ!」


「2人とも、これは僕にしかできないことなんだ」

「分かったよ……それにしても、ふふっ」


 この期に及んでアレク、何故君は笑えるのか。

 僕が怪訝な目を向けると、彼は「すまない、ようやく“アレク”と呼んでくれたから嬉しくてね」と微笑んだ。


「聞いたか! 死にたくない者は全員、後退せよ!」


 皆が逃げ去る間、バジリスクも僕も微動だにしないまま向き合っていた。

 左の魔眼は今も健在。ならば左眼を見なければ良いだけのこと。スキルの効果で無意識化に応戦をすれば呪いを受けることなく時間稼ぎができる。


 剣を抜いて構える。

 イシュクルテのように一矢報えずとも、騎士団の援軍が到着するまでの間に奴をここに止められれば御の字だ。


 ふうっと深呼吸をして気配を感じると、足元で何かが動く音がした。それは明らかに地中深くから僕の命を狙い、静かに、しかし確実に近づいてきていた。冷たい汗が背中を流れるのを感じながら2つの殺気に集中する。


「シャアアアアアッ!」


 バジリスクが威嚇をした瞬間だった。突然地面が激しく揺れ、足元から巨大なモグラの魔物が飛び出してきた。


「コイツは“ダークディグラー”か……」


 間一髪で避けたものの、そのまま突っ立っていたら風穴が開くどころでは済まなかっただろう。


「おーい! イシュクルテは無事、意識もある!」


 アレクが何か言っているようだが僕の耳には届かない。

 長く鋭い爪が顔を出し始めた朝焼けに反射し、その赤い眼は恐ろしいほどの威圧感を放っている。


『人間よ……』


 瞬間、頭の中で聞こえたのは、自分の思考とは明らかに異なる響きだった。

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