第29話 能力
「ソリッヒルを手懐けるとは、さすがバルトくんだね」
相変わらずダリオンはムシャムシャと何かを噛み締めているが、おちゃらけているのは口だけで目は真っ直ぐと目の前の戦火を見据えていた。
我ら学生部隊が現場に到着したのは、アレクシオスがライアン先生からの魔法通信を受けてから2時間後のことだった。しかし、既にそこかしこに死体が転がり、森は炎に包まれていた。
「……間に合わなかったのか」
グッと唇を噛んだのは先頭にいた僕らだけではないだろう。これでは応援とは呼べない、そう感じていた僕たちはダリオンの放った一言で目を覚ます。
「皆、何ぼけっとしてるんだい? 早く要救助者を探さないと、本当に手遅れになるよ?!」
「そうだな。手分けして捜索するんだ。魔物がまだ付近にいる可能性も考え、魔法適正の強い者とバディになって行動してくれ」
アレクシオスの適切な指示により、方々に散らばった死体を漁り、生存者2名を確保することができた。息も絶え絶えな2人の傭兵にポーションと治癒魔法をかけ、応急処置をする。
「はあ、はあ、逃げろ……早くッ」
「魔物の種類と数は!?」
「逃げろ、お前らじゃ勝てねえ……」
傭兵の1人は治癒が間に合わずそのまま息を引き取り、もう1人は譫言のように「早く逃げろ」と呟きながら意識を失った。
「先生はなんて言ってたんだっけ?」
「……騎士団が来るまでの命綱となれ。魔物の群れを王都の領内に入れるな、と」
「そんなの無茶だ!」
誰かが叫んだ。こうなると、歯止めが効かなくなるのが人間という生き物。
「そうだ、この状況で王都に侵攻する魔物の群に突っ込めっていうのか?!」
もはや寮を出立した時の意気は既に無い。凄惨な現実を目にしたのだから仕方のないことかもしれない。だが――。
「お前らはそれでも騎士を志す者どもか!」
その声は後方、後からやってきた女子学生の列から聞こえてきた。一瞬で場は鎮まり、皆が振り返る。
僕は振り返らずともその声の主が誰なのか分かっていた。白髪を靡かせ、蒼く美しくも鋭い眼光を辺りに向けている。
「戦場がもっと生温いとでも思っていたのか?! 辛い訓練の日々が終わればいつでも故郷に帰れるとでも?! 甘えるな! もう私たちにそんな自由も希望も無いのだ。生きたければ戦うしかないのだ!」
イシュクルテの紡ぐ言葉の一つひとつが心にダイレクト沁みる。そうだ、彼女の言う通り、きっと僕らは勘違いしていたのだろう。「きっと大丈夫だろう」などという楽観的な考えは戦場では一番の命取り。それは自分だけでなく仲間の命をも奪ってしまうほど強力な呪いだ。
「……竜人族ごときが偉そうに」
そう誰かが呟いた直後、脳さえ震わすほどの地響きが鳴ったかと思えば、空を覆うほど巨大な魔物が僕らを見下ろした。
「そんな、まさか……」
「なんでここにバジリスクがいるんだよお?!」
それはまるでおやつを見つけた子どものように涎を垂らしながら、その禍々しい眼で僕らを睨みつけている。
「はっ、皆そいつの目を見ちゃダメだ!!」
叫んだが遅かった。
バジリスクの眼は“魔眼”と呼ばれ、他の生物がその眼を見てしまうと石化の呪いを浴びてしまうのだ。僕の声に気がついた、あるいは自身で顔を伏せた者は助かったが、部隊の過半数が呪いによって石になってしまった。
魔眼の次は物理攻撃を仕掛けてくるはず。その前に石化した生徒を移動させないと。
「あーあ、ここで使うのは勿体無い気がするんだけどねえ」
「ダリオン、何を……?」
「大丈夫。バルトの考えていることは手に取るように分かるからさ。生物は命があることに意味がある――なんてね」
ダリオンは次の瞬間飛び出していた。
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