第8話 無自覚
「トミヨ婆さんって何をしている人なの?」
僕は道すがらボルト兄さんに尋ねた。何度か顔を合わせてはいるが、挨拶をしても無視されるし、他の住人と話しているところも見たことがない。
「あの人は根っからの研究者だからな」
10年前に神官を辞めてからというもの、トミヨ婆さんは家に引きこもってステータスやスキルの研究に勤しんでいるという。ただでさえ人と接するのが苦手だったようで、今ではその人見知りに拍車がかかっているのだとか。
研究については《モンスターの生態と魔力反応について》という見出しで国王から賞をもらった事もあるらしい。転生前の世界でいうところの論文みたいなものだろうか。
「ほら、着いたぞ。ここがトミヨ婆さんの家兼研究室だ」
今にも倒れそうな木板の建物。所々に穴が空いて、中は広そうだがこれじゃあ風も通りっぱなしだろう。
「御免ください」
寄りかかっただけで折れてしまいそうな扉を開けると、埃とカビの臭いが鼻を刺激した。内装なんて概念は無く、研究に使うのであろう書類や道具なんかが散乱している。
「誰だい? 勝手に入ってきてるのは」
姿は見えないが部屋の奥の方からハスキーな老婆の声が聞こえてくる。
「俺だよ、オレオレ」
「おおボルトか。ちょっと待ってておくれ」
異世界でオレオレ詐欺を始めたらかなり儲かりそうだ。
冗談はさておき、トミヨ婆さんとボルト兄さんはかなり親しげな様子で話しているが、仲が良いのだろうか。
「来るなら言ってくれれば茶でも出したのに」
「婆ちゃんのお茶は不味くて飲めないよ」
「ハッハッハッ」
極めて高音な笑い声をあげながらトミヨ婆さんが現れた。辛うじて白衣は着ているが中の服はまるでボロ雑巾だ。昔話に出てくるヤマンバをイメージしてもらえれば分かりやすいだろう。
トミヨ婆さんはこちらに目線をやると「そちらは?」と明らかに嫌そうに尋ねた。
「こいつは俺の弟でバルトっていうんだ」
「ほぉ……この子がね」
「ど、どうも」
丸いメガネをクイッと上げながら、こちらを興味津々に見つめてくる婆さん。初めて見る表情に呆気を取られていると、代わりに兄さんが話を進めてくれた。
「弟のスキルが変わっていて、効果も使い方も分からないと言うんだ」
「前に言っていたスキル【普通】についてだね。ワタシの方でも調べてみたんだが、そんなスキルは記されている限りは見当たらなかったよ」
そう言うと彼女は大きな鏡を持ち出して僕の前に置いた。
「これはステータス写しといって写し出された者のステータスやスキルを調べる事ができるのさ」
「そんなことをしなくても『ステータスオープン』で見れるんじゃ」
「まぁやってみれば分かることだ」
兄さんに背中を押されて鏡の前に立つ。
*****
名前:バルト・クラスト
年齢:10(自覚=81)
レベル:1
腕力:15
器用:15
頑丈:20
俊敏:15
魔力:15
知力:20
運:20
スキル【普通】(自覚=攻撃系、不詳)
*****
ほとんど変わっていないように見えるが、明らかに違う点が2箇所ある。
「アンタ、もしかして転生者かい?」
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