第8話 肉弾戦

『どうしたんだ琢磨。先ほどから感情が激しく高ぶっているように感じられるが…』

『元米空軍パイロットの宇宙飛行士とこれからガチの殴り合いをするって話だろ?それは興奮せずにいられないだろ』

『フフッ、そこは普通恐れるところではないのか?』


 琢磨は子供の頃から、体を使うような喧嘩は同年代の人間とした事が無かった。本気でやり合えば肉体的な能力の差で、下手をすれば殺してしまう様な気がしていたからだ。しかし今目の前にいるそれは、元軍人の宇宙飛行士だ。人間を肉体的に評価するならば最高レベルにあたる存在だろう。それがなにやらよく分からないものと融合している。一方自分の方もそれに負けず劣らず強化されている様子だ。一瞬のうちに日本からここまで高速移動をしてきた事で、それは理解している。あとは自分の身体と精神の能力次第だというのだから、己の力を初めて全面的に開放できる。昂るなという方が無理だろう。


 ヒイは地面から飛び起きて立ち上がると、イオイラに対して身構えた。イオイラは数歩進むと右足でまわし蹴りをしてきた。ヒイは後ろに下がってそれを躱す。イオイラの右足は宙を切るが、そのまま回転して今度は左足で後ろまわし蹴りを放ってきた。しかしヒイはその左足を両手で握ると、掴んだ足に頭突きをくらわした。イオイラのふくらはぎ部分にはひびが入る。イオイラはすぐに掴まれた足からヒイの腕を振り払って後ろに下がった。


『奇麗な動きだ。流石は本格的な格闘術を身につけているだけはある。しかし戦いの最中に相手に背を向ける様な技はどうなんだろうな?』ヒイとも琢磨とも分からない存在が念でイオイラに語り掛ける。


『調子に乗らない事だ』イオイラはそう言うと、今度は両の拳をボクシングの様に不規則に前面に突き出してくる。ヒイはそれらを一つずつ躱すわけではなく、地面に背をつけてスライディングの様にイオイラの足元に滑り込む。当然拳は下に向けては放つことはできない。ヒイの足がイオイラの体を通過したところで、体をくの字に曲げて揃えた両足がイオイラを背後から蹴り飛ばす。背中にその蹴りを受けてイオイラは前につんのめった。


 ヒイは一旦足を引いてからその勢いで縦に回転し、今度はうつぶせになって両膝を曲げ、両腕を地面につけて曲げた膝を伸ばしてイオイラの左ふくらはぎに右足で一発、更に左足で背中に蹴りを食らわした。イオイラは今度はバランスを崩すだけではなく、その体ごと前に数メートル吹っ飛ぶ。


『我らもやつに背を向けたではないか』

『言われてみればそうだな』


 吹き飛ばされはしたもののイオイラはすぐに立ち上がり、自分の体についた土埃を払いながら言った。


『どうやらお前が融合したのもただの人間というわけでは無さそうだな』

 イオイラの体は少し傾いていた。先ほど頭突きを入れられた左足は、今のケリで欠けが出来ていた。うまくバランスが取れなくなっている様だった。


『私がここで破壊されるわけにはいかない。月で起動できているのは今の所私だけの様なのでね。ここはひとまず引かせてもらおうか』そういうとイオイラは陰派を使って円陣を展開し、それを足場に上空へと飛び去った。


『追いかけよう!』琢磨の思念が叫ぶ。

『いや、地上での移動速度であればこちらの方が上だが、地上と垂直方向への移動速度に関しては陽波では陰波には敵わない。どうせすぐにまた会えるだろう。我々は地上に配置された残りの二体、フウとミイを起動させる事にしよう。二体が存在している日本にひとまず帰還するのがいいだろう』


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