津島②

 オレは、天気は晴れよりも曇りのほうが好きだ。なかでも、どんよりとして雨が降りそうなのに降らない日は、ツイているようでいい気分になる。まさに今がそんな空模様だ。

 オレと代々木はたまに一緒に帰る。

 といっても、友達どころか少しも親しい間柄じゃない。ちょっと前に会った別の中学の女子には仲がいいと嘘をついたが。

 家までの道が途中まで同じらしく、下校の際に姿を見かけることが多かったなか、あるとき代々木から声をかけてきて、タイミングが合った日は並んで帰るようになったのだ。ただ、毎回会話はほぼしない。何か言おうと思っても話題が見つからないし。

 下校時に頻繁に目にした以外でも、オレはこいつのことをよく知っていた。ガリ勉姿で有名だから認識しているだけならオレに限ったことではないけれども、オレよりも周囲から馬鹿にされているようで、気になってしょっちゅう観察していたのである。普段クラスなどで誰ともほとんどしゃべらないみたいなのに、オレに話しかけてきたときは、同類と思ってかと少し腹立たしい気持ちや、でもいつも平然とした顔をしているのに実はつらくて仲間が欲しかったんだろうと同情めいた感情もわき上がったが、校内と変わらないポーカーフェイスで、実際はどういうつもりなのか、何を考えているのやら、まったく心の中が読み取れない。もしそう口にしたら、お互いさまだと返されるかもしれないが。

 それにしても、こうしてこいつと一緒に帰るのはけっこう久しぶりだ。

「きみだったんだ」

 唐突に代々木が言った。

「え?」

「僕のクラスの沖原くんと渡部さんと滝沢さんに警戒するような眼で見られていると感じていたけれど、少し前に渡部さんと滝沢さんに訊かれたんだ。学校に復讐する気持ちがある感じの言葉をノートに書いてたでしょって。だから本気で何かしちゃうんじゃないかと思って気にしていて、本当にそうなら尋ねるのはまずいかもと散々迷ったけれど、どうしても確かめておきたかったんだってさ。それで考えて、わかったんだ。そのノートといい、三人の視線を僕に向けさせていたのはきみだったんだってね」

 ……。

「なんで、勉強とか、あんな人を助けるようなことを始めようと思ったんだ?」

「別に人助けのつもりはなくて、自分が思う『こうしたほうがいいんじゃないの?』ってことを表に出したくなったんだ。ちょっとしたきっかけがあって」

 あれか。学校がわざとおかしなことをやってると思っていたのを渡部に間違っていると気づかされた件。それで、自分ならこうする的な行動をやり始めたというわけか。

「人間は『何を言われるか』よりも『誰に言われるか』のほうが影響が大きいと思うから、僕みたいな立場の人間がストレートにみんなに話したところで、ろくに聞いてもらえないか、何か魂胆でもあるんじゃないかといったうがった受け取り方をされかねない。だから、多少だけれど接点のある人たちに、それぞれに合ったかたちで伝えることで浸透させようと思ったんだけど、渡部さんたち三人の僕を気にする視線がどんどん強くなっていって、続けていくのが難しくなったんだ」

「それで飯田に自分の代わりをやってもらうことにしたんだな?」

「うん。申し訳なかったけれど、『いじめられて学校に行けなくなった』と先生に嘘の相談を持ちかけて、『その対策を考えたから実行してほしい。それも、いじめる相手がいるクラスだけでやると僕の関与に気づかれかねないから、飯田先生のクラスで始めて学校中に広めてもらいたい』って頼んだんだ。その広める方法も考えたのでって言ってね」

「そして自分は他の学校に広めることにしたわけだ。それも計画的だったのか?」

「まあ、半分は流れというか、いくら飯田先生が善い人でも学校に行かないくらいしないとそこまでの頼みは聞いてもらえないじゃないかと思ったし、時間ができたなか、同じように学校に行ってないってことで、他の中学校の不登校と称される人たちに話を聞いてもらえるんじゃないかと考えたんだ。ところがその最中に飯田先生が、力を注ぐべき受け持ちのクラスがあるのに、他の組の生徒の家を頻繁に訪れているようだが、どういうことなんだと学校に苦情が来たらしくて、先生と会えなくなってね。それで学校に戻って、また先生に考えを伝えることにしたんだ。その際に、小学校のクラスメイトで、僕が学校に行かなくなったことを聞きつけてわざわざ家に様子を見にきてくれた与田くんという人がいて、事情を説明していたんだけど、連絡して学校に戻ることを話したら、いざとなったら周囲に違和感を持たれずに僕をサポートできるように学級委員になってくれたっていうから、せっかくだし他の学校の人たちへは改めて僕の考えを詳しく伝えたうえで与田くんに任せて好きなようにやってもらうことにしたんだ。与田くんは僕なんかよりも遥かに賢いし、何の心配もなかったからね」

 ……チェッ。そんなつもりはないように言っておきながら、結局は人の助けになることをやっているわけで、立派じゃねーか。あの、どこだったかの中学の女子も感謝してたし、頼む教師に飯田を選んだのだって、あいつを救ってやる意図があったんだろ。自分より下の奴がいると思って楽になれてたのに、また劣等感にさいなまれる。

「なんでオレがお前の邪魔をしたのか、わかるか?」

 お前がやばいことをやりそうな内容を書いたように装ったノートを渡部が見つけるであろうところに置いただけじゃない。沖原と滝沢の机の中に互いになりすました手紙を入れたし、今言った飯田が他のクラスの生徒の家を訪れているのは問題だろうと学校に苦情を入れたのもオレだ。

 あの三人の邪魔の黒幕はオレだとバレたし、聞きたきゃもう全部ぶっちゃけてやるよ。

「それは、オレより馬鹿にされてるお前の評価が上がることを恐れたためだ。理由は不明だったが、お前が隠れて人の助けになるようなことを始めたのはわかったから、効果が出て株が上がる前に人目にさらされれば、やめるかもしれないと思ったんだ。オレはそういう醜い奴なんだ。お前もそれに気づいてたから、邪魔をしたのがオレだとわかったんだろ? こうやって並んで帰るのも、もうやめにしたらどうだ?」

「違うでしょ」

「え?」

「きみは心配してくれたんでしょ。僕が今までしていなかった、みんなとの接触が増える結果、過大なストレスがかかったり、やってることが失敗してもっとさげすまれる事態に陥ったりしかねないんじゃないかって。きみはそういう人だと思うけど」

 ば、馬鹿を……。

「そんなこと……そうだ、一つどうしてもわからないことがあったんだ。なんで変化した目立たない姿からガリ勉ふうに戻ったんだ? だいたい、あの平凡な見た目に周りを慣れさせて変わり者のイメージを払拭すれば、考えていることを素直に表に出して大丈夫になったんじゃないのか?」

「今の格好のほうが落ち着くっていうか、やっぱり性に合ってるって感じたんだ。それに、前の姿だと、きみにもう相手にしてもらえなくなるかもしれないと思ってさ」

 なっ……。

「渡部さんたちからノートに書かれていた言葉を聞いたとき、驚いたんだ。まるで本当に自分が記したように、僕の気持ちの通りだったから。きみは渡部さんたちの注意を向けるために書いたんだとしても、本能的にわかっていたんじゃないかな。そんなことができるのは他にいないから、きみがやったんだと気づいたし、それほど僕のことを理解してくれている人とこうして帰れなくなるのは嫌だったんだ」

 あれは俺が思ってることをそのまま書いた部分も多かったんだ。お前にもああいう気持ちがあるだと?

 嘘だろ。自分のことを理解してくれているだとか、気を利かせた台詞を言ってるだけなんだろう?

 ……でも、わからなかったもう一個。一度チラッと頭をかすめながら、そんなはずはないだろうと思っていたが……。

「あの日、放課後すぐ帰らずに遅くまで残っていたのは、オレを待っていたのか?」

 渡部と二人きりになって、学校がおかしなことをわざとやってるんじゃないと知った日。オレも用事があって遅くなり、その帰りに二組の教室を覗いて会話を聞いたが、いつもすぐに帰るこいつがなぜ教室に残ってたのかがわからなかったけれど、まさかオレのことを待っていたのか?

「あの日というのがいつのことかわからないけど、多分そうだよ。他の理由で遅くまで残っていたことなんてないからね。たしかその日は一緒に帰れなかった覚えがあるけれど、そうしたい気持ちが強かったんだ。きみといるときが一番安らぐし。だから、きみが構わないならだけど、これからもきみと帰るつもりだよ」

 オレといるときが一番安らぐ?

 それに、本当にオレと帰るために今の姿に戻ったのか。その気になれば、他の奴らの輪に入っていけるだろうによ……。

 顔に湿り気を感じた。

 だけど、雨が降ってきたわけじゃなかった。

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この革命は100%うまくいく 柿井優嬉 @kakiiyuki

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