若林⑧

 代々木くんという人は確かにこの学校内の有名人だ。けれど知られているのは、見た目のインパクトによる、その存在だけのようだ。ただ、仲がいい人はいないし、部活、それから与田くんはしていた学級委員などもやっておらず、知る素材がないというのが正しいのかもしれない。与田くんと今付き合いがあるのかどうか知っている人も、尋ねたなかにはいなかった。

 だけど、気になる話も聞けた。代々木くんのガリ勉姿は長い間ずっとだったのが、現在の中二の一学期に突如目立たない普通の格好に変わり、一学期が終わる直前から二学期の大半の期間にはまったく学校に来ず、突然また登校するようになったと思ったら、しばらくして元のガリ勉姿に戻ったりと、情緒不安定とも思える時期を経て、今の三学期になってようやく落ち着いたっぽい様子だというのだ。

 そうした変化や行動の理由を知っている人もおらず、与田くんが始めたあの取り組みのメインテーマは心の健康なのだから、関係がある可能性はある。

 その通りなら、あれを考えたのはやっぱり与田くんかもしれない。自分の役割が少ないというのは、要するに代々木くんが不安定な状態になってなければやっていなかったからという意味で、代々木くんがお礼を言われるのはおかしいうえに、不安定な時期を思いだしてぶり返したりさせないために、あたしを近づかせたくなかったから、代々木くんについて何も教えなかったとか。

「すみません」

「え? はい」

 一人の男子生徒に話しかけられた。

「代々木拓実について、いろいろ尋ねているみたいですが?」

「はい……」

 あれ? もしかして……。

「代々木くん、本人ですか?」

「いえ、違います。誰かから聞きませんでした? あいつは、いかにもガリ勉といった見た目の、すごく地味な奴なんですよ。オレは津島っていいます」

 たしかにガリ勉とは違うけれど、あなたも十分地味な印象だから、そうかと思っちゃったんだよ。誰かが呼んできてくれたりしたんじゃないかって。

 しかし、この人が地味と言うくらいだから、代々木くんはよっぽどなんだな。

「どういう目的かはわかりませんが、もしあいつに関する詳しい情報を知りたいんなら、ほとんど聞けなかったんじゃないですか? 友達なんて人間はいないはずですから。ただ、オレはこの学校で唯一仲がいいと言えるくらいの関係なんで、わかる範囲で何でも教えてあげますよ」

「本当ですか?」

 この人が仲がいいというのは本当な気がするし、今までの説明をしちゃって、意見を聞いて、この後どうするか決めるかな。

 そしてあたしはこれまでのことをかいつまんで話した。

「だからその取り組みの中身を考えたのが代々木くんなら、一言お礼を言いたいんですけど、家に行ってみようか迷ってるんです」

「なるほど」

「代々木くんと与田くんが現在付き合いがあるかどうか、ご存じないですか?」

「はい、わかりません。オレも、代々木の学校の外でのことまではちょっと。それに小学校は別だったので、その与田という人もまったく知りません」

 そっか。じゃあ、訊いても無駄かな? でも、まあ一応。

「どう思います? 代々木くんが考えたのか、それとも与田くんや他の誰かなのか」

「オレは、あなたが今思い浮かんだと言った、その与田という人が代々木の不安定なのを目にしたことで始めたんだと思います。代々木が考えたというのは、ほぼあり得ません。というのも……誰にもしゃべらないでください」

 津島くんは最後の部分を、周りを気にして声を潜めて口にした。

「知っている人間はほとんどいませんが、あいつがしばらくの間学校に来なかった原因はいじめなんです。いじめていた、いや、もしかしたら今でもいじめているかもしれない奴に聞かれたらやばいので詳しいことは言えませんけど。だから、そういったものを考える余裕なんてなかったはずです」

「本当ですか? その以前に見た目が普通になったのはおそらく恋をしたからで、学校に来なくなったのは、それが失恋となったショックでじゃないかって話を複数の人から聞きましたけど」

「ですから、あいつのことをちゃんとわかってる人間なんていないんですよ。姿が変わったのが恋心でというのはその通りですが、それを生意気で気に入らないとでも思われたのか、あるいはその意中の相手をいじめた奴も好きだったとか、多分そんな動機でいじめられ始めたんだと思います。そもそも他人とのコミュニケーション能力がまったくと言っていいくらいないあいつが、女性と交際するなんてできるわけがないんだから、恋が実らなかったことでそんなに長い期間学校を休むほど落ち込んだりはしませんよ。いじめが理由だからこそ、与田という人は他の中学に勧めるくらいやる気になったんでしょう。失恋なら、いくらダメージが大きかったにしても、代々木本人を慰めるか、違う女のコを紹介したりするはずで、学校で心の健康の取り組みをやろうなんてちょっと変じゃないですか? それに、仮に失恋が原因でも、代々木がその取り組みを考えるに至ったというのは確率的に低いんじゃないですかね?」

 確かにそうだな。

「じゃあ、代々木くんが学校に戻ってこられたのは、ここの学校の先生のおかげみたいな話を聞きましたけど、実際は与田くんが助けたからなのかな?」

「その先生というのは飯田先生のことだと思いますが、二人とも力になったんじゃないでしょうか。うちではそういう取り組みはやってないですし、まったく聞いたことがないので、与田という人は勧めにきてないんじゃないかと思いますけども、それは飯田先生を見たか会ったかして、この先生がいるから代々木はもう大丈夫で、この学校に勧める必要もないと判断したゆえじゃないですかね。それならしっくりくる」

「なるほど。あ、あと、学校に戻ってきた時点では普通なままだった代々木くんが、しばらくしてまたガリ勉の見た目になったことについて心当たりは?」

「そのほうがいじめられにくいと気づいたからだと思います。変化していじめられるようになったんだから、すぐにわかってよさそうなものですけど。まあ、ガリ勉のほうがからかわれたりしやすいはずというのが頭にあったのかも。あるいは、気づいていたけど普通の姿が気に入って、できればそのままでいたい気持ちだったのかもしれないですね」

「やっぱり、念のために代々木くんに会いにいって経緯を話して、あれを考えていないか確認するのは、いじめの嫌な記憶を思いださせたりしかねないから、やめておいたほうがいいと思いますか?」

「はい。多少とはいえ仲の良い人間として、やめといてほしいです。あいつがお礼を言われる立場ではないのは確実だと思いますし」

「わかりました。どうもありがとうございました」

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