若林④

 振り返ったあたしはすぐに納得した。なるほど、ぱっと見ただけでとっつきにくいとわかる、無愛想オーラ全開の男子がこっちに歩いてくる。

 人と接するのが苦手なだけならまだしも、嫌な奴という雰囲気もある。これで前より良くなったの? 今は気を抜いてるからか? 好きな人を追い求めてきたんじゃないから、別にいいといえばいいんだけど……。

 でも、明るさしか感じないけど実はネガティブなコもいるし、表面や付き合いの浅い人間の印象だけじゃどういう人か断定できないはずだ。藍子がそうだし、ああいう人のほうが心はすごく清らかな場合だってある、はず。

 あたしは気持ちをフラットな状態にして、与田くんに近づいた。

「すみません。あなた、与田一哉くんですよね?」

「え? はあ」

 その短い受け答えすら、やっぱり感じが良くなかった。でもでも、落ち着け、あたし。

「あたし、中枝中の生徒なんですけど、あなた、うちの学校を良くする取り組みを勧めにこられたんですよね?」

「……あー、はい」

 何校も行ったのか、どこの学校か思いだしているようになった後で、うなずいた。今のを見る限り、来たのがこの人なのは間違いなさそうだ。

「あれ、保健委員会が実行しまして、おかげでうちの学校、前よりかなり明るくいい感じになったんですよ」

「へー。そりゃよかった」

 ……ちょっとリアクションは薄いけど、喜んではいる、かな。

「それで、何か用ですか?」

「ああ、だから、お礼を言いたくて来たんです」

「え? そんなためにわざわざ?」

「いや……だって、あなたもそうなるようにって、わざわざ少し遠いうちの学校まで来たんですよね? そんな冷めたことを言わなくても」

「あ、まあ、そうですね。だけど、礼なんて言ってもらう立場じゃないんです。あれに関して、俺が果たした役割は半分にも満たないですから」

「と、言いますと?」

「言葉のままです」

「つまり、あなたはあれを伝えにいっただけに近いってことですか?」

「そうですね」

 やっぱりか。

「それでも、お礼を言われる資格はあると思いますよ。うちの生徒会役員、断るような態度だったらしいじゃないですか。それを、他の誰がやってもいいんだよってアドバイスして、資料を置いていってくれたんですから。ほんとありがとうございました。それから、あれを考えた人の名前とか教えてもらえませんか? その人、たちかな? にもお礼を言いたいので」

「駄目です」

 え? なぜ? しかも、そんなにきっぱりと。

「ど、どうしてですか?」

「そいつも俺と同じで、礼なんて望んでないからです。そちら、お名前は?」

「若林ですけど。若林唯」

「じゃあ、俺から中枝中の若林さんという人が感謝してたって伝えておきますよ。それで十分ですから、もう気兼ねなく楽しい学校生活を送ってください。あと、そんなにうまくいったんなら、そちらからもまた別の学校に勧めてくれたらありがたいって、生徒会や保健委員会の人に言えたら言っといてくださいよ。それじゃあ」

 与田くんはそう口にすると一方的に話を終わらせて教室に入っていった。

「あ、ちょっと」

 そしてカバンを持って出てくると、足早に帰っていってしまった。

「ああ……」

 チェッ。何だよ。話したら礼儀正しくはしてたけど、良い印象とまではならなかったし、何よりも、あれを考えた人のことを教えてくれたっていいだろうよ。

 たしか「そいつ」って言ったな。じゃあ、一人か。あの人と同じようにお礼はいらないってことは、似た感じのそっけない人なのかな? でも、そうだとしても、こっちがお礼を言いたいって言ってるのに、逃げるように帰っていくなんて失礼だよ、まったく。

 いいよ。他にも知ってる人はいるだろうし、自分で捜すからさ。せっかく来たんだし、どんな人でも一言お礼を言わないと気が済まない。

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