若林③
今、あたしは雛井中学校の敷地に足を踏み入れた。
ここはうちの学校の保健委員による取り組みのもととなるものを持ってきて勧めた、与田一哉という人が通う学校だ。
与田という人は自分からは名前を言わなかったらしいが、生徒会役員が訊いて覚えていた。そしてこれは本人が自ら名乗った学校名も覚えておいてくれて、まあ、そんな突然訪問するような人間はどこの何て奴なんだというのでしっかり記憶しちゃったのかもしれないけれど、おかげで助かった。その人に会うために、放課後になってすぐくらいの時間が一番いいんじゃないかと考えて、やってきたのだ。
公立なこともあって、見た感じ特徴のない平凡な中学校だ。うちの学校も公立だし、よそのことは言えないが。与田という人も、うちに来たときに同じような感想を抱いただろうか。
ここはうちの学校と同じ東京の区だけど距離はけっこう離れていて、あたしは午後の授業をサボって歩いてきたのだが、少々疲れた。
「すみません」
校舎内に入り、廊下を一人で歩いていた、人の善さそうな女子生徒に声をかけた。その人は返事はしなかったものの、話を聞く表情でこっちを見た。
「あたし、見ての通り他校の生徒で、この学校の与田一哉という人に用があって来たんですけど、どこに行けばいいかわかりますか?」
「え? さあ?」
そりゃ、そうなるか。おかしな訊き方だったな。
「えっと、学級委員をやっている人らしくて、でもクラスが何年何組かわからないんですが、知りませんか?」
学級委員であるということも、与田という人が自ら口にしたそうだ。話を聴いてもらえるように、自分はちゃんとした人間だとアピールする感じで。
「いえ……ちょっと待っててください」
その人はあたしにその場にとどまっているよう指示するような身振りをしながら、どこかへ行ってしまった。どうも誰かに訊きにいったみたいだ。
与田という人は行動力があるんだろうし、この学校じゃ誰もが知っている存在かもと思っていたが、さすがにそれは甘い考えだったか。
「わかりましたー」
そう言って、さっきの人が小走りで戻ってきた。
「二年一組です。場所は……」
親切丁寧にそのクラスの教室へのルートを教えてくれた。
「ありがとうございました」
あたしは頭を下げてその人と別れた。よかった、本当に善い人で。
さっそく移動して二年一組の教室の前に到着すると、今度はドアのそばに立っていた、そのクラスの生徒と思しき男子に話しかけた。
「すみません。与田くんて人、いますか?」
「え? 与田?」
その男子はやけにびっくりした後、振り返って教室内を見た。
「カバンがあるから帰ってはいないみたいですけど、いないです」
「そうですか」
どうしよう。来るのを待つか、それとも、捜しにいくか。
「あの、与田くんは学級委員なんですよね?」
「あ、はい。そうですけど」
「じゃあ、真面目な人なんですかね?」
「は? 会いにきたのに知らないんですか?」
「はい。学級委員である与田くんという人に用があって、見ての通り別の学校から来たんですけど、会ったことはないし、どういう人なのかもちょっとしか」
本当はちょっとというより、ほぼ何も知らないというのが合ってるけど。
「真面目……うーん。悪さとかはしないから、そう言えなくもないですけど、印象的には逆ですね。ただ、学級委員になってから、だいぶ良くなったなとは思います」
はあ? 何だ、それ。よくわかんないな。
「じゃあ、簡単に言うと、どういう人なんですか?」
「そうですね、一言で説明するなら、とっつきにくい奴です。無愛想で何事にもやる気が感じられないし。でも、今言ったように、学級委員をやるんでか、かなり改善したわけですけど」
うちの生徒会役員も近寄りがたい人だったって話だったけれど、初対面だったせいかと思ったのに、そんな人なの? それであんな学校を明るく楽しくする材料を勧めてきたってのは、どういうことなんだ?
生徒会の活動の一環だって説明したっていうから、単なる使いみたいな立場で、本人にやる気があったわけじゃないってことなのかな?
「あ、来ました。あいつです」
話していた男子があたしの後ろを指さした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます