椎野⑦
「さまざまな芸術作品や流行語など、人はつくるほうの意味の『創造』をすることが好きだと思います。他の動物にはない、人間の醍醐味といえると思います。ですが、学校は基本的に決められたことをやらされる場所であり、創造力をあまり発揮できません。創作的なことも行いますが、授業では成績が絡んできますし、そうでなくとも先生が満足するものを作らなければという心理が働いたりするために、十分なほど楽しめる機会は少ないと思います。遊び道具もほとんど持ち込みが禁じられているそんな学校の環境で、唯一とまではいかないでしょうけれども、思う存分創造力を発揮できることがあります。それはいじめです」
与田くんは一呼吸置いてから続けた。
「いじめは、言葉や暴力、ネットを利用したりなど、いろいろなやり方があって、アレンジもでき、いかに大人の目を盗んでやるかという点でも、非常に創造力を発揮できます。ですから今述べた案のような、健全で、誰かに気兼ねせずに思いきり創造をできる場を増やす必要があると考えます。いじめに対してダイレクトに働きかけるような提案ではないので、『そんなこと』と思われるかもしれませんが、生徒によっては『学校はいじめくらいしかやることがない』という状態になっているのではないかと思います。その通りだとすれば、いじめをやめさせる対策をいくら立てても、そういう人たちは他にやることがないのだから、より巧妙に隠れていじめをするようになるか、学校に来なくなるだけではないでしょうか。いじめをする人が学校に来なくなるのなら、そのほうがいいという意見もあるかもしれませんけれども、生徒の代表である僕らが生徒を見捨てるような態度をとるのはおかしいでしょう。いじめの対策はこれでOKだとはもちろん思いませんが、生徒皆に意欲的に取り組んでもらうために、手始めに行うこととして、このような提案にしました。以上です」
教室が静かになった。
代表委員会のメンバーみんなが、今の意見をどう判断すべきかを真剣に考えていると感じられた。
休み時間。わたしは本人の席にいる与田くんに近づいていって、声をかけた。
「与田くん」
「ん?」
「ありがとう、委員会のとき。助かったよ」
実は、わたしが答えるのに詰まり、代わりに与田くんが話すというのは、打ち合わせた行動だった。
与田くんが自らいじめの防止案を出すしかないと思い発言したのはあのとき説明した通りだが、学級委員ではなくいち生徒の立場を明確にする目的で席へ移動していって行い、それは述べたものがクラスの意見となった場合にわたしが文句を言われたりしないように、日高さんの要求に忠実に応えていて落ち度はなかったと誰もが思うよう計算してくれたからで、委員会でわたしが与田くんの案だから言いたがらなかったのも、与田くんがそのわたしに不満げな態度をとったのも、やはり日高さんがわたしに腹を立てたりしないように与田くんが考えてくれて、前もってこうしないかと伝えられていたのだった。
わたしは芝居をするなんてどうなのかという気持ちがあったけれど、意図を詳しく説明する必要があるあの案について話すのは与田くん本人が、それも堂々と行うためには、そうしたほうがいいかなと思ったし、本音ではやっぱり日高さんにマイナスの印象を持たれるのを避けられそうで助かるのもあって、受け入れた。
結果、狙い通りに、クラスの意見がない事態を回避でき、日高さんに悪く思われずに済んで、本当に与田くんには助けられた。
「別に礼を言うことなんかないよ。俺が活動しやすくしたかっただけだから」
軽い調子で与田くんはそう口にした。
「ふーん」
助けてくれる気持ちも絶対にあったと思うけれど、まあいいや。それにしても、前にも思ったが、なんで学級委員をやる気になったんだろ? 前期に候補だったときは間違いなくやりたくなさそうだったし、相変わらず他のことは無気力という感じなのに。
「あと、思ったんだけどさ、与田くんの委員会での発言をトータルすると、学級委員って、すごく創造力を発揮できて、楽しいものなんじゃない?」
「え? あー。まあ、そうかな」
「絶対そうでしょ。少し学級委員の仕事に興味わいたし、わたしもチャンスがあったら何か提案してみようかな」
現在、与田くんのあの提案を受けて、全校生徒に対し行事に関する意見を募集する張り紙が校内のあちこちの壁に貼られている。
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