椎野⑥

 二回目の代表委員会が始まった。

 まずは前回与田くんが提案した、推薦などで望まずになった学級委員が見返りを受けられるようにする件について話し合いが行われた。「学級委員はクラスの代表で負担が大きいからという理由だったが、それはしょうがないことだし、やりがいもそのぶんある。代表者だけが利益を得られるようにするなんて不純もいいところで、そんな提案を認めたら、ここにいる全員が悪い政治家と同じように見られてしまう」とか、「学級委員の仕事を真面目にやる気がない人が、その見返り欲しさに、誰かに推薦するよう頼んでなってしまうかもしれないから問題だ」といった否定的な意見が大半を占めた。

 対して与田くんは、「見返りといってもたいした内容ではないし、学級委員以外の生徒も望まずに大変な仕事をやらなければならなくなった場合は同程度の権利を得られるようにすればいい」や、「見返り目当てのやる気のない人が推薦してもらって学級委員に選ばれてしまうとしたら、そのクラスにはもっと適任だと思われる生徒が他にいないということだから、仕方がない。それに今だって、進学の際のアピール材料にしたいなどの、純粋にやる気があるわけではなく学級委員になる生徒もいるだろう」、「生徒皆に代表委員会や生徒会活動に興味を持たせたいなら、多少批判されてもこれくらいのことをやったほうがいい」などと返したけれども、さほどの賛同は得られずに、採決の結果、否決となった。

 そして、話し合って決めたクラスのいじめ防止案を、一年の一組から順に発表していく時間を迎えた。

 委員会の初めからあった、わたしの緊張の目盛りが一段階上昇したなか、一年生はみんな実に堂々と案を述べていった。

「では、次は……」

 日高さんがそう言って、わたしのほうにチラッと目をやった。「頼んだ通りにやっているところを見せてよ」という無言のメッセージがその視線から感じられた。

「二年一組、お願いします」

「はい」

 返事をしたものの、わたしは口ごもった。

「えーと……。その……」

 少しして、日高さんが話しかけてきた。

「どうしました? 早く言ってください」

「あ、はい……。えー……」

「話し合いはしたんですよね?」

「はい」

 わたしはうなずいた。

「けれど、何もないということですか?」

「いえ、あるにはあるんですが……」

「んん? なら発表してください」

 日高さんは表情が険しくなり、いらだっている様子だ。

「はい……」

 そこで、わたしの隣にいる与田くんが口を開いた。

「僕が代わりに言いましょうか?」

 すると日高さんの顔の不快感が増した。

「椎野さんはあがり症なんですかね? 無理をさせたいわけではありませんが、今後のため、慣れるために、私はせっかくだからこのまま椎野さんが話したほうがいいと思います。大丈夫ですよ、ゆっくりで。待ちますから」

 日高さんはあの昼休みの、わたしに頼んだときと同じように、穏やかになってしゃべった。

 しかし、わたしは沈黙した。周りの冷ややかな空気を感じる。

「多分、待っても無駄です。どうやらうちのクラスの案を言いたくないようですから」

 そう与田くんがまた言葉を発した。

「言いたくない? 緊張して言えないとか、何も言うことがないとかではなくて、ですか?」

 日高さんは問いで返した。

「はい」

「それはいったいどういうことですか?」

「椎野さんは、クラスで話し合う前になぜか、仕切りは自分がやるから僕におとなしくしているように言ったんです。そしてみんなに意見を募りましたが、これといったものは出ませんでした。班ごとに話し合ってもらうといったことも行いましたけれども、それでも駄目で、このままではまずいと感じた僕は、学級委員ではなく、いち生徒の立場で発言するぶんには構わないのではないかと思い、考えた案を述べ、それがみんなに支持されて、クラスの意見とすることに決まりました」

 与田くんはわたしに不満げな視線を向けた。

「ところが、ご覧の通りです。クラスでの話し合いの前といい、前回のこの委員会での提案を聞いて、僕の言動は問題があると感じたからなのかもしれません。ともかく、椎野さんは言いたくないようですし、僕の出した案なので、僕が話したほうがいいと思うのですが」

 日高さんは少しだけ考える様子になった後、仕方ないという感じで口を開いた。

「わかりました。では、どうぞ」

 そして与田くんは冷静に、わたしに代わって話し始めた。

「うちのクラスの案は、全校生徒に対し、一、体育祭と球技大会でやりたい競技や種目のアンケートを行い、代表委員会のメンバーはできる限りその希望に応えられるように、先生と交渉するなど努力する。二、例えば合唱コンクールに独唱や楽器演奏の部門を設けるといった、既存の行事に関する企画や意見の募集を行い、同様に委員たちはその声を反映させられるように努める。三、今はない、新しい行事やイベントの企画案の募集を行い、代表委員会は提出されたものを検討のうえ問題ないと判断した場合は、実施できるように同じく努力する、です」

 それを聞いて教室全体が「はあ?」という感じになった。前のとき静まり返ったのとは打って変わって、今回はより大きな驚きとともにざわついた。

「何を言ってるんですか? いじめの対策ですよ?」

 日高さんは怒るよりも純粋な疑問の表情で話しかけた。

「もちろんわかっています。説明します」

 与田くんは落ち着き払ったまま語りだした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る