潮崎⑧

 今日は自転車置き場にあのコはいなかった。

 でも、自転車に乗って走りだしたら、すぐに前方に姿を見つけた。やっぱりいつもとほとんど変わらず、ちょっとタイミングがずれたに過ぎなかったようだ。

 それにしても、絶対に向こうも僕のことを気づいているだろう。なのに、ずっと、まったく態度が変化しないけれど、そんなに気にならないものか?

 まあ、嫌だというのを見せつけられるほうがたまったもんじゃないけども。学校で今まで何度かやる機会があったフォークダンスのとき、僕とペアになる順番が回ってきただけで嫌悪感をむき出しにして、触る素振りすらしていないのに、こっちの手が近くにあるだけで汚いものを避けるような振る舞いをする女子が大抵いたが、あのコは少なくともそういうあからさまなことはしないだろう。

 タイミングをずらそうとしてもいいものなのに、そうしてみた気配を感じたことは一回もないし。目立つ感じじゃないし、顔もすごく可愛いわけじゃないけれど、実はすごくモテる人って気がする。

 ん?

 そのコが何もない道の途中で急に止まった。うつむいている様子で、どうしたんだ? 何かを踏んで気になったか、それとも、具合が悪くなりでもしたのか?

 それは一瞬と言っていいくらいの短い時間で、また普通に自転車をこぎだしたが、あれ? いつもはまっすぐ進んで僕と別れるかたちになるところを、なぜか僕が行く右の道へ曲がった。

 焦ったけれど、もちろんそのコは僕の家を目指すはずはなく、僕の帰りのルートからも外れていった。

 だけど、どこに行くんだろう? 向かっているほうで思い当たるのはコンビニくらいで、ならわざわざこっちに来なくたって、本人が帰る道の近くにもあるだろう。もう暗いし、今までこんなことはなかった。

 僕は気になり、ほとんど迷うことなく後をついていってしまった。ただ、気づかれちゃまずいという意識はあり、普段もそうしているけれど、より一層距離をとった。だから見失うおそれがあったものの、人通りが多くないこともあって、大丈夫だった。

 そのコの自転車が再び停止した。

 そこは見覚えのある一軒家の前だった。僕と小学校から学校が一緒の、代々木拓実という奴の家だ。そして、あのコは現在代々木と同じクラスだ。

 そのコは気配を感じたっぽく、突然勢いよく振り返った。

 だけど僕は少し離れた建物の陰に身を隠しているから、見つかりはしなかったようだ。そのへん、僕に抜かりはない。

 そのコは代々木の自宅に視線を戻した。

 同じクラスなんだから知り合いなのは当然だが、友達と言えるくらいの関係なのか? まさか、付き合っているとか? こんな時間にやってくるんだし。

 とはいっても、代々木という奴は変人として校内で有名なのだ。あり得ないだろう。

 たしか代々木は現在まったく学校に来ていない、つまり不登校なはず。それが関係しているのか?

 そのコはずっと家屋を眺め、中の状況を知りたがっているように感じる。とすると、代々木を心配して、様子を見にきたということか?

 他のクラスのことはよくわからないけれど、代々木は一人でいるところしか目にしなかったし、仲のいい奴なんて、いても数えるほどだったろう。学校に来なくなっても違和感はないし、むしろそうなるのが遅かったくらいの印象だった。

 そんなあいつを心配して見にくるなんて、僕の勝手な想像も入っているあのコの人柄なら理解できなくはないが、本当にそうなのか?

 来たのがこんな時間であるのといい、心配は心配でも、単なるクラスメイトとしてじゃなくて、やっぱり恋愛感情があるからだったりして……いや、さすがにそれはないない。あいつの女子たちからの生理的な嫌われ度は、同じく高いと自認する僕が相手でも圧勝というレベルなんだから。違うクラスで、別にあいつを気にしてもいない、僕にそれがわかるくらいだし、男子の僕でも納得できるほどだったのだ。

 しかし待てよ。あいつは学校に来なくなる前に、風貌がすごく変わったんだったな。そんなモテるというまでじゃないけれど、こざっぱりといった感じだったし、あれだったらあのコと地味め同士でお似合いと言えなくもないか……。

 そのコは玄関方向に目がいっているみたいで、チャイムを押そうか迷っているように見える。

 でも、思いとどまったのか、何もすることはなく、また自転車をこぎだした。そしておそらく自宅だろうほうへ去っていった。

 ……。

 見た限り、相当気にかけているのは間違いない。世の中には変わった趣味の人もいるし……。

 いったい何なんだ、どういう理由で来たんだ、渡部志帆!……さん。

「あれ?」

 代々木の家のドアが開き、誰か出てきたと思ったら、それは飯田先生だった。

 んんん?

 何だ? どういうことだ?

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