潮崎⑦

 今回の話の中身はこうだった。

・前回話したものを現実に役立てられるように、学校における問題の代表といえるいじめを例に当てはめると、「いじめを悪いと思っていないからやる」「いじめをしている意識がなくてやっている」(以上①)、「いじめている相手が嫌いだからやる」「その相手ではなく、他に腹の立つことがあって、八つ当たりでやっている」「からかったりするのが楽しいからやる」(以上②)、「友人がみんないじめる側にいて、やらないわけにはいかない状況だからやる」(④)などのパターンが考えられる。

・そして解決するには、まず他人どうこうよりも自分がいじめをしないように努めること。全員がやらなくできるようになれば、④も同時に解消するのだし。自分が過去や現在、挙げた以外のかたちも含めて、①や②で思い当たるものはないか、あればどうやったらやらないようにできるかを、僕(飯田先生)がいろいろ方法を提示するけれども、自分でも良いやり方はないか考えてみてほしい。

・いじめに限らず、活かせるかもしれないポイントを挙げると、①は、本当は気づいているのに自分で自分をだまして、いじめをしている自覚がない状態にしてしまっているなんてことがある。それは自分の悪いところは認めたくないといった自分を守るためで、無意識にやってしまう場合もあるし、ある程度はしょうがないけれど、人間は誰しも欠点があり失敗するもので、それで自分を丸々否定する必要はないと意識するなどして、冷静に物事を見られるようにすると、欠点や失敗の改善にもつながるし、人生が良い方向へ進んでいく確率が高くなるだろう。

・②は、他の三つが一度クリアすればいいケースが多いなか、好ましくない感情はくり返しわいたりするために、解決や改善の困難度が大きいといえる。単純化すれば、自分、そして世の中の全員が、良いことをするのが心地よく、良くないことをすると気分が悪くなれればいいのだが、それができれば苦労しないと思う人も多いだろう。それでもできる限り理想に近づくための方法として一つ言わせてもらうと、これは大人に問題があるけれど、良いことを我慢してやるように、そして悪いことを我慢してやらないように指導しているときが多いから、その逆の、良いことをやらないのと悪いことをやるほうが解放された状態になって、気持ちが満たされるという作用を生みだしている面がある。だから反対に、良いことは「やってはいけない」、悪いことは「しなければならない」と意識すると、逆の健全な方向への欲求が高まって、うまくいくかもしれない。何が楽しいとかつまらないとか好き嫌いなどの感情は、固定されたものではなく変わることはよくあるから、諦めないのと工夫次第でなんとかなる可能性は十分にある。ただ、やはり難しいことも踏まえて、いじめについて一言つけ足しておくと、無視するのもいじめになってしまうからそこまではよくないが、無理に仲良くしようとせずに最低限の関わりで済ませるのも、それでいじめをやらなくなれるなら、決して悪い方法ではない。

・③は、物事には大抵コツがあり、それがわかれば苦手なものでも飛躍的に上達できることは少なくないから、できる人に訊いたり調べたりするといい。また、くり返し練習すると自分でコツを見つけられたりするので、シンプルな努力も悪くないだろう。

・④は、②以上に解決が大変で、すぐにでも誰かに相談したり、その状況から逃げるべきというケースも多いだろう。自分に問題はないわけだが、できることがあるとすれば、集団や組織にはルールがつきものだけれど、必然があるものだけでなく、誰も得をしないような理不尽な暗黙のルールも大概生まれてしまうので、皆で意識して、おかしなルールが普及しかけても定着しないように、もししてしまっても、なくすように努力すること。おそらくこの学校にも探せばたくさんあるから、今度空いた時間にみんなで話し合ったりして、なくすようなことができればと考えている。

・例えば、自分は好き好んでいじめをしているから改善する気はないと思うかもしれない。けれど、前回言ったように得よりも損につながることのほうが多いし、自分がいじめをしてよいということになると、逆に自分や自分の大切な人がいじめられても文句が言えなくなってしまう。いじめグセが身について、後々困るなんてことになるかもしれないし、いじめより楽しいことはいくらでもあるのだから、やらなくできるように頑張ってみてもいいんじゃないか。いや、頑張るというより、いじめをしないほうが心地よくなれるように変化するのを楽しめばいいと思う。


 こういうことじゃないだろうか。

 先生は初めからああいう話をしようと思っていた。そして、別に面談という場でなくてもよかった。

 だけど授業と同じように耳を傾けてもらえない状況が想定される。一対一でやる面談ならば、その心配は減る。が、それでもずっと先生のほうがしゃべっていれば、聞き流されるようになってしまうかもしれない。

 だから、本気で悩みなんかを聴く気もあるんだろうけれど、一回目は生徒に言いたいことを話させるのに徹した。

 それは、こっちの話を聴いてくれるんだから先生の話もちゃんと聴こうという気にさせる効果を狙っているし、自分が語ることを正しいとは限らないと前置きしていたように、鵜呑みにしないで意見を言ってもらいたくて、しゃべりやすくしておくというのも同時に考えたんじゃないだろうか。


 今日、先生が面談の日程の変更を全員の前で伝えた。理由ははっきりとはしないけれど、今までサボっていたとか、早く話したいことがある誰かの要望なんかで、本来の順番が後ろにずれた感じだ。

 相変わらず面談に対する感想は聞こえてこないが、みんな「悪くはない」と思っている雰囲気だ。先生の話は言うなれば「自分をうまく操縦する方法」で、誰しも多かれ少なかれ聞いて損はないと感じる部分があるんじゃないかな。さすがにいじめをゼロにしたりまではいかないものの、今の調子ならクラスを良くなったと堂々と言える状態にできる可能性は十分にあるだろう。

 飯田先生は頼りない印象だったけれど、考えてみれば教師になるくらいだから賢いんで、本気というか、底力のようなものを発揮すれば、ちゃんと結果を出せるってことなんだろうな。

 僕は今のクラスに気が合う人はいないし、毎日の学校での生活の大半は退屈だ。だからこそ今回の先生の行動程度のことでやたら気にしてはいろいろ考えてしまうし、それを見透かされそうなゆえに、面談についてどう思うかを誰にも訊く気持ちにはなれない。

 飯田先生のことは嫌いじゃないし、どんどんクラスを良くして評価を上げていくといったサクセスストーリーで、今後さらに楽しませてもらいたいものだ。

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