潮崎⑤

 自転車を走らせて浴びている風が、ちょうどよくて心地いい。

 今日は塾の帰り際に、あのコとドアのところで鉢合わせのような状態になった。

 僕のほうがわずかに早くて扉を開け、出やすいようにギリギリまでそれをキープしたら、笑顔で「ありがとう」と一声かけられた。

 そして珍しく僕が先に塾から離れていくことになり、あのコと重なる道は過ぎて、今一人で自宅へ向かっている。

「危ねっ」

 信号のない交差点で、危機一髪というほどではないが、車とぶつかりそうになってしまった。

 ちょっと自転車のスピードを出し過ぎていた。


「今日は、何か言いたいことはある?」

 二度目の面談の順番が回ってきた。二人だけの放課後の教室で、飯田先生は正面に座っている僕に尋ねた。

「いえ、ないです」

 またこれで終わっちゃうのかな? 何回やったところで、僕が話をすることはないだろう。それでもサボるつもりは今のところはないけれど、「じゃあ、終了」というのが続くのであれば、たとえ悪さをしないことで知られている僕でも気が変わってしまうかもしれない。

「だったら、こっちから話をしてもいいかな?」

 ん?

「はい」

 何だ。今回は何かやるのか。

「僕が、みんなの心を安定させたり、しっかり役に立つ担任になれるように、意見や悩みを聞くことにした話は前回したと思うけど、他にもやるべきことがあるんじゃないか考えたんだ。そして行きついたのは、人間をよく知るってことなんだ。例えば、動物に関わる仕事をしている人はその動物の、植物を扱う仕事をしている人はその植物の、特徴を理解して、そのうえで面倒を見たりしているはずだよね? いくら『こうしてほしい』とか『こうするべきだ』と思ったり、指示したりしても、その生物がそうしかできない性質なら、それを踏まえて人のほうは対応するしかない。ところが、人間に関わる、僕みたいな教育者や何かしら指導をしている人の多くが、言葉というものによって思いや考えを相手に伝えられるがゆえに、正しいことや言いたいことを口にするだけで問題を解決しようとし過ぎているんじゃないかと思うんだ。ひたすらな正論の伝達が人を良い方向へ動かす場合もあるけれど、まさに特徴として、人間はロボットみたいに常に命じられるまま行動するようにはできていないはずで、問題を解決するのに必要なのは、まず僕をはじめとする指導する側が人間をよく知ることなんじゃないかと考えたってわけなんだ」

 ……。

「そこからさらにたどりついたのは、指導する側だけじゃなく、このクラスでいえばきみたち生徒にあたる受け手側も、人間についてよく知ったほうがいいだろうってことなんだ。くり返しになるけれど、人間はロボットのように言われたことだけやるわけじゃなくて、自ら判断して行動するんだから、人間、そのなかでもとりわけ自分自身の特徴を知るほうが、圧倒的にうまくいくと思うんだよ。だからこの面談で、僕が調べたり、こうじゃないかと考える、人間の特徴を伝えようと思ってるんだ。もちろん、神様じゃないし、僕が話す人間の特徴が合っているとは限らない。それは違うんじゃないかと思ったりするだろうし、そう考えたらぜひ教えてほしい。そうやって対話することで、お互いに人間に対する理解が深まっていくと思うしね。ここまではいいかな?」

「……はあ」

「難しく考えなくていいからね。ゆっくり進めていくし、疑問に思ったことはすぐに言ってくれて構わないから。ただ、僕も試行錯誤の状態でやっていくから、訊かれたことをすぐに適切に答えられるかはわからないけども。そういうことで、さっそく話していきたいんだけど、いいかい?」

「……はい」

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