潮崎②
「お前、面談出る?」
「は? 面談?」
「そうだよ。飯田がやるって言ってたじゃん、近々放課後に」
「そうなの?」
「らしい。俺も聞いてなかったけど」
「何なの、それ。何を話すの?」
「知るかよ。まだやってないんだから」
「でも、こういう内容だって説明はしなかったの? ただ面談しますとだけ言ったってこと?」
「あー、なんか、みんなと一対一で話したいんだとよ。具体的に何を話すかは知らねえ」
「そんなこと言って、こいつもちゃんとは聞いてなかったんだろうと思って別の奴に訊いたら、本当にそう話したらしい。いじめの調査じゃねえか? 時期的に他にないだろ。前もってそれを伝えると口裏を合わせられると思って言わなかったんじゃねえの」
「それか、辞めるから思い出作りに一人ずつとしゃべっておきたいとかな」
「それはないっしょ。だったら、やるのが早過ぎるよ」
「三月までじゃなくて、もうすぐ辞める気なんじゃねえ」
「そんな途中で辞めたりできるの?」
「できるだろうよ、別に」
「おい。話が逸れてるんじゃねえか?」
「そうだ、面談だよ。出席番号順にやっていくみたいだから、お前、俺より先だろ? だから、出るんなら、どういう内容だったか教えてくれよ。それでたいした話じゃなかったら、面倒だから、俺サボるからさ」
「えー、どうしようかな。そんなら俺も面倒くさいし……あ。潮崎っ」
学校で休み時間に自分の席で、聞こえてくる会話に何気なく耳を傾けていたら、その声の一人に急に呼びかけられて、僕は軽くビクッとなった。
「え?」
僕は斜め後ろで話していた三人の男子に顔を向けた。
「お前さ、面談出る?」
面談のことを知らなかった瀬尾が尋ねた。
「出るに決まってんじゃん。こいつ真面目なんだから」
面談のことを知っていた宮坂が口を挟んだ。
「まあ、出るつもりだけど」
面談のことをやはり知っていた僕は答えた。
「ほらな」
宮坂は満足そうに微笑んだ。
「じゃあ、どういう内容だったか、やった後で俺に教えてくんない?」
瀬尾は真剣な顔で頼んだ。
「いいけど」
僕は言った。
「サンキュー」
「何だよ。お前も頭使えるんだな」
宮坂が瀬尾の頭をからかって撫でた。
「馬鹿にすんな」
瀬尾はそれを払いのけた。
それをきっかけに三人はふざけだし、少しすると席を立って廊下へ出ていった。
それにしても、真面目か。小学生のときからけっこう言われる言葉だ。
僕は自分が真面目だとは思わないし、真面目なふりをしようともしていない。なのにその単語を使われるのは、他に適当な褒め言葉が見つからないというのが多いと思うけれど、今みたいに褒める必要がないケースでもあるから、ある程度本気でそう思われてるんだろう。
その原因として思い浮かぶのは、一つに、僕が休み時間に宿題や予習をよくやるというのがある。それは帰ってから勉強をやりたくなく、できるだけ学校にいる間に済ませてしまいたいからだが、宿題をやっているとは思わず、あるいはわかっていても休み時間に勉強しているんだからというので、そう判断されているのかもしれない。
もう一つ考えられるのは、僕が誰もがやっていそうなちょっとした悪さでもあまりしない点だ。なぜかというと、だいたいのことは単純にやりたいと思わないし、それで叱られたり、罰のリスクを負うのは割に合わないと考えていたりするからで、道徳的な観点で真剣に考えてそうしているわけじゃない。それでも真面目だと言う人がいるかもしれないけれど、僕からすれば、それこそ真面目と思われたくないためだけに、本当はやりたくもない悪さをわざわざやっていると感じられる場面を目にするときがずいぶんあり、自分たちの常識に忠実であろうとするそういう人たちのほうが、健気で、実際は真面目じゃないかと思う。
こうして分析してみると、僕の行動の基準は合理的かどうかが大きいように思う。自分のことを「僕」と言うのもそうだ。
礼儀を必要とするときに、つい「俺」と言ってしまわないように、ずっと「僕」にしている面が大きい。それなら「私」にすべきだろうという指摘も考えられるが、さすがにそれだと普段は自分も周りも違和感が強過ぎて、余計なエネルギーやトラブルを生じかねない。「僕」が最も楽で無難で、合理的だ。
思うに、合理性で言動を決める人間は、より適したものが見つかれば簡単にそっちに移ることもあるわけで、どんなに批判されようとも自分の信じる道を突き進む真面目な人間とは対極にあるといえるのではないだろうか。
だから、やっぱり僕は真面目じゃないだろう。
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