滝沢⑥

 今日のすべての授業が終わり、放課後になった。代々木は部活に所属していないし、ほとんど毎日すぐに帰宅する。今もカバンを机の上に置いて、まさに帰っていきそうなたたずまいだ。

 するとやはり、代々木は腰を上げてカバンを持ち、向きを変え、後ろのドアから教室を出ていった。

 心の中でゆっくり十を数えてから後を追うことにした。気づかれてもいいとはいえやっぱり少し緊張するし、焦って近づき過ぎないためと、単純に気持ちを落ち着かせる意味もある。

 ……はち、きゅう、じゅう。

 よし。

 廊下に出ると代々木の姿はなかったが、ちょっと先にある階段を普通に下りていったのなら問題はない。

 今いた三階から一階まで若干だけ速く階段を下っていったら、見つけた。代々木は一階の廊下を歩いていて、どこかに逸れることはなく数メートル先に迫った下駄箱にたどりつきそうだ。

 階段を下りてすぐのところにいる私と代々木の距離は少し近い。代々木が靴を履き替えている間に会ったり見られたりしないように、ゆっくり進むことにしよう。

 待てよ。代々木はうちのクラスに友達と言えるような相手はいなそうだけれど、他のクラスにはどうなのかな?

 そう思ったのは、視線の先の下駄箱のそばにいるおとなしそうな男子が目に入ったからだ。ぱっと見は普通なのだが、今の代々木より明るさがなく、うまく言葉にできないけど印象がガリ勉ふうの時期の代々木に近い。

 いや、近くはないかもしれない。以前の代々木が地味過ぎて目立つのに対し、その人は地味で目立たないイメージだ。地味なのだから目立たなくて当たり前ではあるが。

 だけど、やっぱり前の代々木とその人には重なる部分も感じる。カバンを持っていて、同じく下校するところのようで、代々木と一緒に帰るためにそこで待っていたという想像をかきたてずにはいられない。

 もしその通りだったら計画が狂っちゃうなと心配したが、代々木に目を移してから改めてその人に視線を向けると、そのわずかな時間に、まるで幽霊だったかのように綺麗に姿が消えていて、辺りを見回してもどこにもいないから、違ったみたいだ。

 ふー、よかった。


 靴を履き替えた代々木が離れていった頃合いを見計らい、私も下駄箱に行って靴を替え、校舎と校門を立て続けに出た。

 そこから左のまっすぐに伸びる道の途中に代々木の後ろ姿はあった。一人、普通のスピードで歩いていっている。

 その後を少し距離をとって私はついていった。そして、代々木を観察する。

 足取りは? 軽やかならハッピーで、重そうなら嫌なことがあるのかもしれない。

 姿勢は? 良ければ元気で、うつむいていたらネガティブな精神状態かもしれない。

 そのほか、歩く速度、意識が外に向いていそうか内に向いていそうか、などを見た。何かしら、少しでも、心の中や人間性がわからないだろうか、と。

 淡い期待は見事に打ち砕かれた。ずっと変わらず、学校にいるときと同様に代々木は無機質的で、感情というものがまったく感じられない。

 どうしようかな。今日は諦めて別の日にまた同じように後をついていってみるか、それとも、そんなことをしても無駄だと判断して予定通り声をかけちゃうか。

「あれ?」

 い、いない。見失ってしまった。代々木が行った角を曲がったら、瞬間移動でもしたように、姿がどこにもない。

 あれー? 何だろ? 自宅かどこかにたまたま入っちゃっただけなのか、私に気づいて隠れたのか。

 だけど、一度も振り返っていないのに、こっちの存在を認識したなんて可能性があるだろうか?

 そうか、鏡。どこかの鏡、あるいはガラスに映った私が目に入ったのかも。そうなら、ずっとまじまじと代々木のことを見ていたし、かなり怪しく感じたはずだ。

 しょうがない。本当にそうだったのかわからないけれど、どっちにしても明日にでも勉強の件で話しかけてみることにしよう。考えてみればもうすぐ夏休みだし、できることならその前に決着をつけたい。

 私がついてきているのに感づいて、気味悪がって逃げたのかもしれないから、「昨日その勉強のことを訊こうと思ったんだけど、あまり話したことがなかったから声をかけにくかったんだ」とでも言えば、きっと大丈夫だろう。まさか、こっちの真意がすべてバレているなんてことはないはずだ。

 決まり。


 後をついていった翌日、代々木が学校を休んだ。私は嫌な予感がした。

 その予感は的中した。次の日も、また次の日も代々木は休んで、ずっと学校に来なくなったのだ。

 ただ、「不登校になった」と言えるか微妙な日数で、夏休みに突入した。

 そして夏休み中の、たった今、志帆からの連絡で、私はネット上にうちの学校を爆破するという予告の書き込みがあったことを知った。

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