滝沢⑤

 多香子の話を聞いて頭に浮かんだのは、本人はそう思ってないみたいだけれど、噂になったように代々木は多香子に気があるかもということだ。

 代々木が中間テストで良い点を取ったことで抱いた違和感が最も大きい人は、試験勉強をやらないことをおそらく唯一知っていた多香子だろう。だから、それについて話しかけてくる確率は高い。それをきっかけにして勉強を教えてあげれば、恋愛に発展するかはともかく、それまでより親しくなれるだろう。しかも、その勉強の教え方が多香子の気持ちをすごく考えたもので、点数も良くしてあげたんだから。

 志帆の言葉で現実を知って、確かにショックは受けた。だけど変化後の印象通りの明るい学校生活を送れる喜びも得て、起こした行動じゃないだろうか。

 とするなら、ノートに書いたことは志帆の気を引くためじゃなく本心である一方で、現実に移すまではやっぱり考えていなかったと判断するのが妥当だろう。そうだったら、もう心配する必要はなくていいんだけどな。

 いや、待てよ。その場合でも、多香子も代々木に気持ちはないから、その失望と学校への復讐心が合わさってってこともあり得なくはないか……。

 いやいや、代々木が多香子に気があるっていうのは仮定の話なんだから、そんなに不安を感じても仕方がない。

 ただ、安心するには真相にたどりつくしかなくて、それには代々木本人に確かめない限り、これ以上どう探っても無理なんだろう。

 でも、訊いて本心を語ってくれるなら、何も苦労はしていないからな。

 だけど代々木に接触しないと、多分ゴールは近づいてこない。このことが気になりながら卒業式まで過ごすなんて事態になるのは勘弁してほしい。


 私は、考えた結果、代々木が勉強を教えたことはけっこう広まり、代々木もそれはわかっているだろうから、多香子からの本当の話は聞いていない感じを装って、どういうふうに勉強を教えたのかという切り口で話しかけてみることにした。

 勉強に関してなら、そして他の人のテストの点をアップさせるという注目度の大きい出来事があったんだから、これまでほとんどしゃべったことがない私が話しかけても違和感は少ないはずだ。代々木は自分の勉強法をあまり言いたくないのだから、会話は弾まないだろう。でも、だからこそ勉強以外の話もしやすくなる。趣味などから代々木の人間性を知ったり、現在の心理状態を見たり、わずかでも本音を言い合える関係になれるようにするとともに、チャンスがあれば核心に迫っていく。

 人にはそう思われないが、私は鈍感なのに加えてけっこう不器用なので、うまくできるか緊張する。

 だけど大丈夫。代々木とは同じクラスで、いつでも何度でも話はできるんだし、一回の接触で的確に収穫を得られなきゃいけないわけじゃないんだから。

 そう、自分を落ち着かせた。


 志帆には直接、沖原にはメモで、代々木と話してみることに決めたと伝えて、あとは行動に移すだけになった。

 しかし、うまくはいかないものだ。話がどう展開するかわからないし、他の人には聞かれないように代々木としゃべるタイミングをうかがったが、代々木が教室から出ないのに加え、こういうときに限っていつも近くに誰かしらがいたりして、チャンスはなかなか訪れなかった。

 だったら、帰り道はどうかな。代々木の家や行く方向は知らないが、校門を出てすぐくらいの場所でなら違和感なく二人きりで話せるんじゃないか? 誰かに見られるかもしれないけれど、クラスメイトなんだからおかしくはないし、声を聞かれなければいいのだから。

 そう思いついた直後、さらにひらめいた。

 代々木の心理状態をつかむのであれば、校内や出てすぐよりも、学校を離れて周りに知っている人がいなくなったときのほうができる確率は高いだろう。もちろん屋外だし完全にわかる仕草や行動までとることはないにしても、学校やその近くよりは素の感情が垣間見える可能性はある。だから校門を出てすぐ声をかけるのはやめて、こっそり後をついていって様子を見る。これまで校内では気づかれたらまずいと思ってそうした尾行はほとんどやらなかったけれど、今は多香子に教えた勉強について訊きたいというのがあるんだから、実際に気がつかれたり、心の内を読み取れない感じだったら、近寄って会話を始めればいい。

 よし。これでいってみよう。

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