滝沢④
はあ?
「何のために?」
「たしか、自分のやり方が他の人でもうまくいくのか試してみたいとか言ってたけど」
「……ふーん。それで多香子はその頼みを引き受けてあげたってこと?」
「そう。だから期末で私がいい点を取れたのはおまけみたいなものなんだ」
それが「本当のこと」なのか? 内緒で話すような内容じゃないけれど。
「だけど、よく引き受けたね。親に言われても、勉強をやる気はなかったんでしょ?」
「だってさ、代々木がそんなこと言ってくるなんて、なんか興味わかない? 代々木って、あらゆるつまらないものの代表って感じだったのに、あんなにガラッと格好を変えて、もしかしてめっちゃ面白いのかもって思ったし、ついでにテストの点が良くなって親を少しでも黙らせられたらラッキーだし。嫌なら別の人に頼むし、やってみて嫌だと感じたらすぐにやめていいって代々木は言うしさ。それに、代々木に他に頼める人なんてそんなにいないんじゃないかと思って、ボランティア精神が働いたっていうのもあるかな」
ふーん。
「でも、なんで着替えのときにその話をみんなにしなかったの?」
「代々木に、もしすごくうまくいって、みんなから同じように教えてほしいってなったりしたら面倒だから、なるべくこのことを他の人には話さないでって頼まれたんだ。ただ、代々木が言うには、秘密ってことにすると逆にしゃべりたくなっちゃうと思うから、話してもいいことにするって。だけど、誰かに教えるなら、できれば自分で編みだしたことにしてほしいって。でもさ、私がちゃんとした勉強法を編みだすなんて、おかしいじゃん? それに代々木に勉強を教わったことはみんなにバレちゃったし。だからああいう、私が代々木に頼んで、テストのために普通に教えてもらった話にしたんだ」
「そういうことか」
「結局秘密にしないでいいんだし、代々木と付き合ってるって噂にまでなっちゃったんだから、みんなに正直に言ってもよかったんだけど、代々木が嫌がってんのにペラペラしゃべるのは、テストの点を上げてもらえたんだし、気が引けてさ。でも、タッキーにくらいなら、みんなに言い触らさないでくれるだろうし、平気だろうと思ったんだ。そういう訳だから、できたら誰にもこのことをしゃべらないでほしいんだよね」
「わかった」
今聞いた内容だったら、ひとまず沖原たちに伝えなくても大丈夫だろう。
「それで、その勉強法ってどんななの? よかったら教えてくれない?」
「うーんとね、まず代々木が言ってたのは、そもそも人間は頭を使う動物だから、勉強が嫌でしょうがないようにはできていないはずなんだって。なのに嫌いな人が多いのは、他人と比べて苦手なコンプレックスが原因だったり、やらなきゃいけないとか結果を出さなきゃいけないみたいな苦痛な状態に置かれたりしてるからだろうって。あ、それから、勉強はつまらないもので、好きな人は他にやることがない暗い奴みたいな悪いイメージがあるから、無意識に嫌いになろうと自分で自分に暗示をかけているようなところもきっとあるんだって。大人になってから勉強の面白さに気づいてやるようになったって言う人がいるけど、それはそういったマイナスなことから解放されたのも大きいだろうって言ってた。だから、人と比べたり、やらなきゃいけないなんて思わないでよくて、人間は頭を使うのが楽しいと感じる部分が備わっているものだから、それを意識してゲームをするような感覚で勉強に取り組んだりして、嫌なイメージをできるだけなくして、やる気になれるようにするように言われたんだ。他にも、五分勉強したら五分好きなことをしていいようにするとか、代々木が用意した勉強を続けられるようにするメニューがいくつもあって、試してみて、自分に合うものは取り入れるようにするの。で、その後でやっと、『言葉で理解できないときは図を描いてみる』とか勉強のやり方についてのアドバイスが、こっちもいろいろあるんだけど、代々木は勉強をやる気になれるようにするほうが大事だと思ってたみたいで、そっちのほうにたくさん時間を使ったんだ」
「へー、意外。イメージだと、代々木は淡々と勉強のやり方だけを教えそうなのに」
「だよね。あんなに空気を読めない感じで、他人の気持ちとか頭の片隅にもなさそうな代々木が、まさかメンタルが一番大事だみたいな指導をするなんてさ。よっぽど私がそうでもしないとちゃんと勉強をやらないように見えてるからかなと思ったけど、訊いたらそうじゃないんだって。なんでも、物事を上達させる基本は自転車にあるんだってよ」
「自転車?」
「うん。小さいとき、みんな、乗れるように練習するでしょ。何をするのでも上達には反復練習が必要って言われるもので、それはその通りで、自転車もくり返しするわけだけど、ポイントは、自転車の場合ほとんどが、本人が乗れるようになりたいって本気で努力するとこなんだって。だからこそ大抵乗れるようになれると思うから、私じゃなくても勉強をやる気になれるようにする取り組みをいっぱいやったんだって。それは嘘じゃないみたいってわかったけど、ほんと代々木がどんな人なのかってことはますますわからなくなっちゃった」
「確かに」
「あ、もっとちゃんとそのやる気になれるようにする方法と勉強のやり方を知りたいんなら、代々木が書いてくれたやつがあるんだ。今は持ってないけど、見たい?」
「それは、家にあるって意味?」
「うん」
「どうしようかなー。わざわざ持ってきてもらうの、悪くない?」
「いいよ、全然。重いものじゃないんだし」
「じゃあ、やっぱり見せてもらいたいと思ったら頼むから、とりあえずはいいや」
純粋なそれに対する興味がけっこうあったけれど、あまり多香子と二人でいると、代々木の意識が私に向くかもしれないから、そうすることにした。
「わかった」
私たちは話を終えて、その場で別れた。
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