滝沢②
一学期の期末テストがあり、そこでクラスの女子の藤森多香子というコがまあまあ良い点数を取ったようなのだが、テスト前に代々木と一緒にいるところを見た人がいて、どうも勉強を教わっていたみたいだという。多香子はそんなに真面目に勉強に取り組むタイプではないため、もしかして代々木の恋の相手は多香子で、二人は付き合っているんじゃないかという噂が持ちあがったのだ。
私たち三人が代々木の動向をうかがっているといってもたかが知れている。特に休み時間に教室を出ていったときなど、本来それからの行動を最も注視すべきだけれど、後をつけていったりしたら不自然で気にしているのがバレるリスクが当然高くなるから、危ない行為と関係なさそうだというおおよその目星がついたら、深追いしないことのほうが多かった。代々木は廊下へ出ていくときに何かを持っていくといった怪しいところはほぼなかったし、教室にいる割合のほうがだいぶ多かったので、問題はないと思っていた。
多香子に勉強を教えて、恋人の関係であるとしても、それだけなら実際に問題はないわけだが、まったく把握していない行動をとっていたことになるし、その情報が事実でも誤りでも構わないけれども、代々木に関することは今できる限り正しく知っておきたい。
だけど、多香子とは何でも遠慮なく話せるほどの仲ではないし、交際しているのかというのは訊きづらいので置いておいて、とりあえず勉強を教わった点について本当なのかを確かめることにした。
代々木には聞かれないように体育の着替えのときにでもと思っていたら、その着替えの時間に、私と同じくそこまで多香子と仲が良いわけじゃないコたちが先に、考えることは一緒なようで、付き合っているかのほうが興味があるはずなのに、本当に代々木に勉強を教わったのかどうかを尋ねた。私は真実を知れればいいからラッキーと思い、それとなく近づいて、話に耳を傾けた。
「私が家で全然勉強しないもんだから、親が家庭教師をつけようかって、かなり本気で言いだしてさ。じゃなきゃ、三年になったら塾に行くって話になってたんだけど、前倒しするかって言うんで、どうしようって思ってたの。そこで、『そうだ、代々木が中間でいい点だったみたいだから、あいつに勉強を教えてもらって期末で点数をアップできれば、親は満足して今まで通りで済むかも』って考えたんだ。私、代々木と席が隣だったから、たまにだけどしゃべるときもあったし、あいつなら私の理解が悪くてもイラついたりしないで何回でも説明してくれそうと思って、頼んで教えてもらったってわけ」
すると、訊いたコたちは最初から決めていたのか、すぐさま、代々木と付き合っているのか、違う場合でも代々木に思いを寄せられてはいるんじゃないか、といった質問を投げかけた。
「付き合ってるわけないでしょ。あんなのって言ったら点数良くしてもらったんだし悪いけど、私はバカだと思われたくないから好きな人に勉強を教わろうとは思わないし、代々木だって格好が変わったのは私が勉強を教わる前なんだからね。まあ、勉強で関わる前から私に気があった可能性もあるにはあるけど、教わってるときそんなふうに感じたことなんて、ただの一度も、わずかもなかったし、ないと思うよ」
多香子のその話は、おそらく耳にした全員がすべて本当のことを言っていると思っただろう。人の趣味はわからないものの、多香子は活発な目立つ存在で、変わったといってもおとなしくて地味な代々木を好きなようにはとりわけ見えないし、嘘をついてまで付き合っているのを隠すような性格じゃないと思うし、勉強を教わった経緯の説明も納得がいくものだったからだ。
多香子は私たちが欲しがるような代々木の情報など持ち合わせてなさそうだし、自ら何かを尋ねたりする必要はないだろうといったんは判断した。
しかし、それからほどなくして私の机の中に、「Y・Tについて、何やらF・Tが知っていることがあるようだ。なんとかその内容を入手してくれ。Oより」と書かれたメモが入れられた。
送り主のOは沖原で、Y・Tは代々木、F・Tは多香子で間違いないだろう。「知っていること」とは、多香子が着替えのときにしゃべったのを指しているのか、それとも他に何かあるということだろうか? 着替えのときの話を沖原は聞いてないんだから、あれだと思えるけれど、多香子が代々木に勉強を教わり、二人は付き合っているかもという噂は耳に入っているはずで、着替えの際の話では、勉強を教わったのは本当、付き合っているのは間違い、だけの内容だったわけで、だけどメモには多香子が代々木について「知っていることがある」と書かれているのだから、他の何かがある感じだよな。
でも多香子はあのとき代々木に関して自分だけが知っていることは全部話したって様子だった。それに、他に何かあるとして、沖原はそれをどこまで、そしてどこでどうやって知ったのかな? 沖原のほうが詳しい情報を手に入れられそうなのに、わざわざ私に頼むってことは、多香子に直接訊いてくれって意味だろうか? きっとそうなんだろうな、うん。
元々多香子に代々木について尋ねる気はあったから構わないが、着替えのとき私がそばにいたのを多香子は覚えているかもしれないし、なんて訊こう?
いいや、いいや。あまり前もって考え過ぎるとぎこちなくなりかねないし、軽い気持ちで、その場で頭に浮かんだことを適当に問うてみよう。
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