沖原⑥

 代々木が廊下に出て向かう先はほとんどがトイレで、相変わらず気になるところはなく、何日か経った。

 やっぱり無駄な労力なんじゃないかと思い始めたが、その矢先の昼休みに代々木が教室を出た。そしていつも行く、近くのトイレをスルーして、廊下を直進して離れていく。

 けっこう遠くへ向かいそうな雰囲気のなか、気づかれないように警戒しながらついていくと、着いたのは俺たち二年生のクラスの教室と同じく校舎三階の、端に位置している図書室で、止まることなく中に入っていった。今のところ多分、俺がそばにいることさえ気がつかれていない。

 こっから先は逆に姿を見られないように気をつけないほうがいいだろう。へたに隠れる意識でいると、代々木以外の誰かに違和感を持たれて、それがあいつに伝わることで気づかれかねない。普段ほとんど足を踏み入れないが、俺だって図書室にいておかしくないんだし、目にされてもいいというスタンスで、あいつを観察していると悟られないようにだけ気をつけよう。

 しかしそんな計算など必要ないくらい、代々木は振り返ったりすることなく歩き続けて、奥にある本棚のところまで行った。

 そしてわずかに棚を眺めたものの、読む本は決まっていた様子ですぐに一冊を手に取り、半分以上空いている座席のなかの一番間近のテーブルの端の席に座って、見始めた。

 ここまでの動きに関しては、あいつはガリ勉姿時代も教室で読書はしていたから、注目に値するようなところはない。距離があるので読んでいるのがどんな本かわからないけれど、学校に置いてあるものなんだから、やばい内容かと心配する必要もないはずだ。

 読み終わるまでずっと待っていたらしんどいかななどと考えたが、十分程度で席を立った。元あった棚に本を片づけ、図書室を出ていくようだ。

 俺が目を向けているのに気づいたから読むのをやめたということはなさそうだ。ちなみにどんな本を読んでいたのか急いで見にいったら、タイトルも作者もまったく知らない、外国人が書いた小説だった。

 そこからまだどこかに行くかもしれないと思い、気をゆるめずに後をついていった。しかし、まっすぐ教室に戻っていく。背中からもその意思しか感じられない。

 あーあ。また無駄骨か。結局、俺の予想通り、代々木にやばいことを現実に起こす気なんて全然ないに違いない。おとなしい奴がキレると手がつけられないほどになることがあるが、それは普段不満を口にしたりできずにため込んでいたぶんの怒りまで一気に噴きだすというのもあるんだろう。渡部は経験上か直感的にか、そういうんで代々木が暴発するイメージを抱いてしまっているのかもしれないけれども、それなりの期間あいつを見てきた俺からすると、己の思うがままに生きてるんだから負の感情をためているなんてはずはなく、危ないことをする可能性はかなり低い。本当なんだろうが、ノートにそんな暴力的な言葉を書いていただけでも意外で驚きだ。まあ、あいつだって血の通った人間なんだから、それくらいならするときもあるんだろうな。

 その瞬間、俺はかすかな違和感を覚えた。

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